「私が嫌いな町」第2話


 横に長い木造の平家建てだ。
 私の位置からは縁側と玄関が見えている。
 和束さんは玄関先で待つようにと指示をして、扉を開いて中へと入っていった。

「ごめんください、電話でお約束をした和束です」

 彼の声が外まで聞こえてきたが、そのあとはまた音がなくなった。
 とても静かなところなのね、まるでここだけ現実から切り離されたみたい。
 冬風がたまに吹くだけで、草木の音や鳥の声、聞こえて当然のものが聞こえてこない。不安からポケットのあるカイロを握りしめると、かじかんだ手にじんわりと熱を感じる。
 そうしていると、扉が開いて彼が出てきた。

「お話を聞いてくださるそうです、あちらで待っていてほしいとのことです」

 彼が指し示したのは縁側であり、そこに濡れ縁台がひとつ置いてある。

「時田さん、あらためて条件を確認します。ここで見聞きしたことは、たとえ家族であっても決して口外しないこと。次に彼女の氏名ですが偽名を使わせてもらいます。これは事情があってのことですのでご理解ください。最後に電話でも話しましたがここでのことは記事にするかもしれません」

 歩きつつ了承をした。
 もとより誰にも話すつもりはなく、郵便ポストで苗字こそ見てしまったが、霊能者の素性を知ろうとは思っていない。最後の一点については、ここまで段取りをしてくれたことに対する報酬だと割り切っている。
 濡れ縁台へたどり着く前に同年代、もしかすると若い女性が縁側にあらわれた。

「どうぞおかけください」

 女性はそう告げると、足を投げ出して縁側に座った。
 まさかという思いだった。これまでの会話から女性だと予想できていたが、もっと年齢を重ねた人物を想像していたからだ。

「想像とは違いましたか?」

 考えていたことを当てられて、失礼を働いたのではないかと、戸惑っていると彼女は口元を隠して微笑んだ。

「ごめんなさい。お会いするとみなさん同じ反応をされるので、つい。悪気があったわけではありません」

 透きとおるような心地のよい声が耳に染み込んでいく。

「和束さんからお話は伺っています。初めまして、私はそうですね、蓉子と申します」

 姿勢を正して、蓉子さんはまた微笑んだ。
 不思議な人だというのが第一印象だ。声だけではない、所作や振る舞いを見ているだけで心が落ち着いていくようだ。

「さっそくですが、あらためて詳しい事情を時田さんの口から教えてもらえませんか」

 待ち続けた瞬間だ。和束さん以外には話すことも相談することも叶わず、正しいのか正しくないのかもわからないまま、自分だけで対処してきた問題に光が差そうとしているのだ。

「私たち夫婦には夢がありました、それはいつかここだと思える場所にマイホームを建てることでした。ある時、夫がこの御影新町を訪れてすぐさま気に入ったそうです。それからというもの普段とは違う夫の様子やこの町に対する情熱……いえ、執着と言葉を変えても差し支えがありません、ともかく私は夫がこの土地に魅入られてしまったのだと感じました。でもあそこは普通じゃありません。説得するにしてもすでに地元の業者と売買契約を結んだため、ここに住む以外の選択肢はないんです。それでもなんとかしようと頑張ってはきましたが……もうどうすればいいのかわからないんです」

 高まる熱量と興奮を抑えることはできない。それでも蓉子さんは、早口で支離滅裂な話を遮ることもせずに、ときおり頷きながら聞いてくれていた。

「お話はわかりました。智恵さん、おひとりで抱えて苦しかったでしょう、つらかったでしょう」

 慈しむような蓉子さんの言葉。
 それだけで心が救われた気がして、自然と両目から涙が溢れてこぼれ落ちていく。

「和束さん、申し訳ありませんが条件を変更します。ここでのことは記事にはしないでください」

 突然の条件の変更、これには和束さんが抗議の声を上げる。

「ちょっと待ってください、それはいくらなんでもひどすぎる。時田さんが困っていることは重々承知していますが、私だって慈善活動をしているわけではないんです」

 彼の言い分はもっともだと思う、しかし蓉子さんは首を縦に振らない。

「あなたには私から相応の報酬を支払います。なのでそれでおさめてはもらえませんか?」

 報酬を支払うとまで言われてしまっては強く出ることができないのか、和束さんは不承不承その提案を受け入れた。

「では本題に。智恵さんには二種類の方法があります。ひとつは住居を清浄な領域とすることで、不浄な霊や亡者といったものを寄せつけない方法。これには労力や時間、経済的負担さらにはご家族の協力が不可欠になります」

 いまいちイメージが掴めない私に、和束さんが隣で「結界とその定期的なメンテナンスですよ」と噛み砕いて説明をしてくれた。

「もうひとつは住居にさまざまな種類の念が籠ったものを集めて、それらを干渉させることで中立の領域を作る方法です。これは前者と重なりますが収集するための労力や、場合によっては経済的負担が生じるかもしれません」

 前者の方法が理想的に思えるが、家族の協力が必要となれば除外される。家族を巻き込みたくはないと決めた以上、選択肢はないといえる。
 後者の方法もあまり現実的だとはいえない。だけど集めるだけなら変わった趣味程度で説得できるかもしれない。

「質問してもいいですか?」
「どうぞ」

 疑問だらけだが、一からすべてを聞くだけの余裕はない。

「中立とのことですが、それはどう確かめればいいんですか?」

 すると同じ疑問を浮かべていたのか、和束さんも頷いた。

「当然の疑問です、実際に数値などであらわされるわけではありませんし、これは一部の人にしかできません。しかし智恵さん、あなたならば可能です。なぜならあの土地の状況に気づくことができたのですから」

 蓉子さんが言わんとしていることがわかった。要は自身の霊感や感覚に頼れということだ。収集についてもおそらくそうなのだろう。

「安心してください。事情があって頻繁に外出することはできませんが、頃合いをみて智恵さんのお宅へ伺いますので」

 願ったり叶ったりだ、そこまでしてもらってもいいのだろうか。

「あとはそうですね、部屋の間取りを変更することは可能ですか?」
「はい、まだ大丈夫です」
「それならば私の提案どおりにしていただけると助かります」

 それで家族が守れるのだ、断る理由などない。孝文さんには別の理由を考えて告げればいい。

「お渡ししたいものがありますので少々お待ちください」

 蓉子さんが室内を出ていくのを確認してから、和束さんと視線を合わせる。

「和束さん本当にありがとうございます。それとすみません、たいしたお礼もできなくて」

 謝罪する私に、和束さんは何度も首を横に振る。

「いやいや、記事にできないのは残念ですが報酬をもらえるのであれば文句なんかありませんよ。それよりも相変わらず不思議なところですよ、ここは。気づいていました? 本来ならば生物や植物が鳴らす音があるはずなのに、ここではなにも聞こえないんです」

 それは私も感じていたことだ。

「それに前回の件も含めて、彼女に対して俄然興味が湧いてきましたよ。山奥に住むワケありの霊能者、いつか彼女自身を記事にしたいものです」

 談笑を続けていると蓉子さんが大事そうになにか持って戻ってきた。

「お待たせしました、それでは智恵さんにこれをお渡しします」

 差し出されたものは木箱のようだった。古いものなのか全体が変色しており、表面に書かれている文字はかすれていて読めない。

「これは?」
「私の家で代々伝わってきたものです。強い浄化の力が込められています。大事なものですのでお譲りすることはできませんが、お貸しします」

 そんなものは受け取れないと固辞するが、蓉子さんは微笑んだままで譲ろうとはしない。

「これもなにかのご縁です。最初の一品とお考えください」

 少し悩んだがせっかくの好意に水をさすわけにはいかない、と受けとり慎重に鞄へと入れる。

「それから大事なことをお伝えします。おふたりとも、もうここを訪れてはいけません」

 その言葉に動揺を隠せない私たちの前で、蓉子さんは地面を指す。

「ここは一部の人間を除いて訪れてはいけない場所なのです。地元の住民ですら立ち入りを禁止されていますし、近づこうとはしません。もしこれを承諾していただけないのであれば、今回の件はなかったことにさせていただきます」

 これまでの彼女からは感じなかった、有無を言わせぬ迫力に了承をするしかなかった。

「和束さん、ありがとうございました」

 駅まで送ってくれた彼に手を振ると、弱々しい笑顔をみせてくれた。

「諦めませんよ、いつか彼女から許可をもらって記事にしますよ」

 すぐさま前向きな姿勢をみせる和束さんに、なんとも逞しいものだと呆れてしまう。

「それじゃあ、またいつか」

 ドアを閉めると、ゆっくりと発進した車はクラクションを鳴らして徐々に小さくなっていった。



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