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アラフィフからの留学を決断することができた理由

このnoteを始めてから毎日1投稿はする、と決めているのだが、今日は昼から博士課程の指導教官との面談で時間がなさそうだから短めの記事を投稿する(十分長ったらしいがw)。

多くの一般的な日本人は、自分のようなアラフィフの日本の社畜、もとい、会社員の癖に、何故、留学できると思っていたのか、不思議に思うと思う。自分の場合は過去の留学経験があるからまだそうでもないかもしれないが、それでも年齢を重ねれば重ねるほど留学することの足枷が増える。例えば、25年前に引きこもりニートの弟に殴られた右目に加齢により障害が出てきて手術する、など医療上の問題もこの歳になると出てくる。自分はこの件は本当に弟を恨んでいるので、何度でも挙げて奴の罪を世に晒し続けるけどな(怒)。

いい歳こいても留学できると確信を持てた理由とは?

自分が50代でも留学することは可能、と確信を持てた理由は、自分自身が20代の頃に出会った以下の二人の事を身をもって知っていたからである。
この二人がやっていた姿を自分で見ていたからこそ、自分にもできる、という自信を持つことが出来た。

1 バースで出会った55歳日本人女性

まず一人目は、自分が25歳の時にイギリスのバースという街に夏場2ヶ月だけ語学留学した時に同じクラスだった人である。その人は55歳の日本人女性で、九州の公立高校で英語教員(英語ネイティブではなく、昔よくいた英語が話せないタイプの日本人のただの教員免許取得者)をやっていた。彼女は結婚して子供もおり、ちょうどお子さんたちが成人した頃だったので55歳で早期定年退職していた。その退職記念で、ずっと夢だったという海外留学をしていた。しかも、海外での長期滞在は初めてで、バースの語学学校も自ら手配して入学していた。自分もエージェントなどは使わず自分で手配して入学したが、当時はインターネットも発達しておらず、とても大変だったのを覚えている。

彼女もバースには2ヶ月間だけの短期留学だったが、16歳〜34歳のクラスに混じってでいつも前向きに英語を学んでいた。それだけではなく、なんと、人生発のホームステイもしていた。ホームステイといっても、語学学校が事前に審査して定期的に面談している地元家庭にステイとなるので基本的にはハズレを引くことはない。だが、自分も今はその時の彼女の年齢に近いが、55歳で初めての海外長期滞在でホームステイは度胸があると今にして思う。

しかもその女性は日本に家族を置いてである。自分のように毒家族を捨てて留学するよりも厳しかったのではないか。毒家族だったらゴミとして捨ててくるだけだが(爆)、良い関係の家族がいる場合は留学していても気掛かりだったのではないかと思う。

2 東京の英語学校で出会った53歳日本人男性

もう一人は、自分が25歳から29歳の時に通っていた東京の英語学校で最後に在籍していた留学準備クラスで一緒だった53歳の日本人男性だった。

その男性は高校卒業後に埼玉県のとある市の市役所の職員になり、ずっとその市役所で働いていた。その世代の大抵の人たちと同じく20代で結婚していたから、すでにお子さん達も成人していた。なので55歳で早期定年退職をし、その退職金でイギリスの大学学部入学を目指していた。

我々のクラスは土曜日の朝10時からだったが、その男性は埼玉県西部から東京都心まで通っているにも関わらず、毎週、時間よりも早くきていた。自分も働いていたが、この土曜日のクラスは朝10時までには来ていた。だが、この男性は毎週、自分よりも早くクラスに来ていたのだ。もちろん、この男性も平日は毎日市役所で働いているし、埼玉県西部の自宅から学校までの通勤時間は片道2時間はかかっていたようだ。しかも、家族には留学の話はまだしていない、ということだったので、毎週土曜日に家族の目を盗んでこっそり学校に通っていたのだ(笑)。

ちなみに、同じ留学準備のクラスの3ヶ月間で毎週土曜日に朝10時前にちゃんときていたのはこの男性と自分だけ。他の10人ほど(全員20代)は遅刻、または欠席が続いてやめたようだった。

自分は先にブリストルの大学に入ったのでこのクラスは1期だけで修了したが、この男性はその後もこのクラスに残り続けた。最終的にイギリスの大学学部に入学したのかはわからない。だが、自分が出会った時点ではすでにイギリスの大学学部の担当者が来日した際に面談して口頭でオファーをもらっていたようだった。きっと、その後、その大学学部に入学したのだろう。ただ、家族をどう説得したかは想像すらつかん(爆)。

注)当時はインターネットが今ほど発達してなかったため、イギリスの大学の担当者を集めた留学フェアが盛んで、そのフェアで大学の担当者と面談して口頭オファーをもらって出願することが多かった。ただし、入学にはIELTSというテストで規定点以上の取得が必要であるため、オファーだけを先に取って日本で英語学校に通い続けることが当時は多かった。

この男性が言っていた留学理由は20年以上経った今でもはっきりと覚えている。

「男は仕事を定年退職した後に何をやるかを定年前に先に決めて仕込んでおかないとすぐにボケる。僕はずっと働き詰めだったけど、いつか留学したいと思っていたからそれをこれからやるんだ。帰ってきたら留学で身につけた知識で第二の人生を送る」

今と違い公務員は年金が手厚かった時代だからこその発想かもしれないが、とはいえ、このような人が53歳の時点で初めての海外留学で大学学部に留学しよう、と考えて行動することにはアラフィフになった今の自分でも驚きである。

人生の先輩の後ろ姿は若いうちに自分で見ておけ

自分が20代の頃にこれらの先輩方の後ろ姿を見たからこそ、今、彼らの年齢に近くなった自分はアラフィフで目の持病を抱えながらでも海外で博士課程をやっていられる。まだこの博士課程を修了するまでできるかわからないが、状況が状況だけに始めるだけでも大きな決断だった。だが、その大きな決断ができたのは彼らとの出会いがあったからだ。このような出会いの大切さは若い頃の自分にはその価値がわかっていなかったが、今となってはそれが良くわかるようになった。

今の20代以下の世代は中高年を避ける傾向にあるそうだが、それでいいのか?それは将来的に価値が出てくる経験、体験、知識を人生の先輩方から取得する機会損失になっていると思うぞ。その機会を自ら損失しているのは愚か過ぎないか?

だからといって、しょーもない中高年でも全員を敬え、とは言っていないので要注意。自分も日本ではどーしよーもない中高年を大量に見てきた。そのような奴らは確かにスルーで良い。

今はインターネットが発達したから自分みたいな奴が気前良くこの貴重な経験をタダでネットにアップしてくれる。だが、自分の五感を使って実際に存在する生身の人間から得る知見は20年以上経っても忘れることがないし、何より、自分の中で長い年月をかけて消化して納得することができる。そうすれば人生の大切な時に大きな決断をする原動力(根拠)になる。少なくても自分はそうだった。

アラフィフらしく説教くさい記事になったのでこの辺で今日は打ち止めにします(苦)。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回はマイルドな記事を目指します(笑)。

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