馬はどこから来たのか東国ハイウェイ仮説
東国ハイウェイ仮説と、消されたナガレの地図
僕は歴史学者ではなく、一人の古代史オタクだ。
ただ、長年ロジスティクスの仕事に身を置いてきたせいか、歴史の年表や王権の移り変わりよりも、先に気になってしまうものがある。
それは「システムがどう移動したか」だ。
モノはどこから来たのか。技術はどの経路を通って広がったのか。そして、その技術を受け入れる基盤は、どこにあったのか。
日本列島の古代史、とりわけ5〜6世紀の東国(関東・信濃)を考える時、僕は教科書の記述に違和感を覚える。
その違和感の正体を探る中で、ひとつの存在に行き着いた。
馬である。
とりわけ僕の好きな
群馬県。
その名の通り、古代から馬との関わりが深い土地だ。
5世紀後半になると、東国には大規模な馬産地が現れ、鉄の甲冑で武装した強力な騎馬勢力が登場する。武士の先祖たちと言われている。
さてー
馬はどこから来たのか。
通説では、朝鮮半島から九州へ渡り、大和へ伝わり、そこから東国へ広がったとされる。
もちろん、そのルートを否定するつもりはない。
しかし物流目線の感覚からすると、どうしても引っかかる。馬は土器や装飾品とは違う。生き物である。
大量の水と飼料を必要とする。繁殖技術もいる。
馬具を作る技術もいる。騎乗技術も必要になる。
つまり馬文化とは、単なるモノではなく、巨大なシステム
そのシステムが何段階もの中継地点を経て、伝言ゲームのように東国まで伝わったと考えるより、もっと直接的な流れがあったのではないか。
そんな風に考えがが生まれた。
近年の考古学的発見は、その問いに興味深いヒントを与えてくれる。
群馬や長野には、高句麗文化との類似が指摘される積石塚が存在する。東国の甲冑文化には、大陸北方の騎馬文化との共通性が見られる。
かまどなどの生活様式にも、渡来系文化の影響が色濃く残る。
「高句麗人が直接やってきた」と断定することはできないが、どうも直の交流を考えると腑に落ちることが多い。
まあ歴史はそこまで単純ではない。
だが、これらの痕跡を並べていくと、一つの仮説が浮かび上がる。日本海の海流をもとに考えてみた。古代の人々にとって、日本海は巨大な交流空間だったのではないだろうか。
海流があり、季節風がある。
人も技術も、その流れに乗って移動する。
百済系の交流は北九州や大和へ。
新羅系の交流は山陰へ。
そして高句麗系の交流は北陸方面へ。

そう考えると、越の国は単なる地方ではなく、日本海世界の重要な玄関口として見えてくる。
さらにその先には信濃があり、毛野がある。
日本海から内陸へと伸びる、もう一つの交通軸。
このルートを勝手に「東国ハイウェイ」と名付けてみた。しかし、この仮説を考えているうちに、もう一つの疑問が浮かんできた。
たとえ馬や技術者たちが海を越えて来たとしても、それだけでは話は終わらない。彼らを受け入れる側の準備が必要だからだ。
馬は生き物である。
海を渡った直後に休養させる場所がいる。
餌もいる。水もいる。内陸へ輸送するための道もいる。
現代で言えば、大規模な物流センターや港湾設備が必要になる。
つまり、流入そのものよりも重要なのは、受け入れ体制なのである。
そこで改めて北陸に目を向ける。
北陸は古くから日本海交流の結節点だったと考えられている。豊かな平野を持ち、多くの河川が流れ込み、天然の良港にも恵まれている。稲作による高い生産力もあった。そうした長い時間をかけて形成された基盤があったからこそ、新しい人や技術を受け入れることができたのではないか。大和中心の日本とみるより、こうした各地の動きが複数箇所で起きていて、とりわけ「東国」の歴史を見るときに、縄文以来、東国の発展発達した文化がダイレクトに高句麗と繋がった、とみても不思議ではない。まして道路も川筋も人のネットワークもより重要だ。つまり、北陸という窓口と、その背後に広がる信濃・毛野のネットワークがあって初めて成立した現象だったことになる。
歴史が面白いのは、「誰が支配したか」という勝者の記録だけではない。
その背後には、人が移動できる道があり、モノを運べる港があり、人々を養う食糧生産がある。
つまりインフラがある。馬を扱う人間が移動し、
馬を支える技術が移動し、馬を受け入れる土地が移動を可能にする。
馬そのものではなく、その背後にあるシステムを考えてみるとそういうことになる。
交流は一方通行ではない。列島から半島へ渡った人々もいただろう。
ヤマトという中心が成立する以前から、各地のクニグニはそれぞれの窓口を持ち、相互につながっていたはずだ。
歴史とは権力の歴史である。
しかし同時に、人間とインフラが紡いだ歴史でもある。馬の蹄の跡を追いかけていたら、いつの間にか、地下水脈のように消された地図を探していた。
歴史は記録に残る。
しかし流れは、痕跡としてしか残らない。
だからこそ、その痕跡を追うことが面白いのである。列島と半島の歴史はとにかく面白い。
モノコトフロー研究所
浅沼正治
監修:SHOGO
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