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記憶の中に鳴り続ける音

最近、私の国・カザフスタンでは、
「2016年の自分を思い出す」という流れが広がっています。10年前の写真を投稿し、当時の自分を振り返る人が増えています。

私は写真ではなく、音楽を通して過去を辿ってみることにしました。正確に言えば、あの頃の自分へと自然に連れ戻してくれる音を探したかったのです。努力はいりません。音楽を流せば、それだけで時間を超えていける。そんな感覚です。

結果的に、私は10年よりも、もっと遠くへ行ってしまいました。

プレイリストを整理していると、膨大な量の音楽が見つかりました。音楽を職業にしている人間としては、きっと不思議なことではありません。ジャンルも実にさまざまで、正直なポップスからストラヴィンスキーまで並んでいます。

なぜあの頃、あれほどストラヴィンスキーを聴いていたのだろう、と少し不思議に思いましたが、すぐに理由が分かりました。彼の音楽は、私を一瞬でオペラ劇場のオーケストラピットへと戻してくれるのです。《ペトルーシュカ》を演奏していた、あの時間へ。

ロシアや海外のポピュラー音楽も、さまざまな記憶を呼び起こします。アラム・ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲、カレン・ハチャトゥリアンのバレエ《チポリーノ》より「ポミドール氏の行進曲」。少し雑多ですが、それがパヴロダール音楽カレッジ時代の、私のリアルな記憶です。

《スターバト・マーテル》や、チャイコフスキーの《ロメオとジュリエット》を聴くと、冬の真ん中にいながら、太陽のイタリアに立っている自分がいます。初めての海外ツアーの記憶です。

カール・ジェンキンスの《Adiemus》は、ウラリスクでの、明るくて仲の良かったオーケストラの日々を思い出させてくれます。
また、仕事の記憶と強く結びついているのは、メンデルスゾーンの八重奏曲、そしてルロイ・アンダーソンの《タイプライター》。この曲は、ここ日本でもお店のBGMとしてよく流れていて、そのたびに、少し不思議な気持ちになります。

そんな音楽の混沌の中で、私は一枚のアルバムに辿り着きました。今でも鳥肌が立つ一枚です。その音楽は、単なる懐かしさではありません。時間を越えるポータルのように、現在と過去、そして未来を静かに結びつけてくれます。

東京。2006年。
HMVの音楽ショップ。
CDの海のようなフロアを、私はよく歩き回っていました。その日も、クラシックを数枚と、「試しに聴いてみよう」と思ったものを手に取っていました。その中にあったのが、ヴァイオリニスト・川井郁子さんのアルバム『La Japonaise』です。

2006年から、私はずっと彼女の音楽が大好きです。最初の一音から、その粘りのある艶やかな音色、映画のようなアレンジ、日本の旋律をこれほど豊かに奏でる感性に心を掴まれました。一音一音に心が引き寄せられ、どれだけ聴いても満たされない、そんな感覚でした。

今この文章を書いている間、実は音楽を流してはいません。それでも、川井さんのヴァイオリンは、頭の中で静かに鳴り続けています。

ときどき、ただ良い記憶を思い出したくなることがあります。過去には写真という視覚の記録だけでなく、音という感覚の記憶がある。それは、とても幸せなことだと思います。

たった一つの音、特別な音色、胸にしみる和声。それだけで、あの頃の自分がふっと戻ってくる。そして問いかけてくるのです。
✨あなたは誰だったのか。
✨何に心を動かされてきたのか。
✨どんな道を歩き、何を置いてきて、何を今も持ち続けているのか。

もし、あなたも音楽を通して過去に戻ることがあるなら、ぜひ教えてください。あなたにとっての「鍵」になるアルバムやアーティストは誰ですか。
きっと、私たちのプレイリストには、たくさんの共通点があると思います。

@アシェル📻💽⏳

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