アダム・スミスとファーガスン(2) フーコー「生政治の誕生」より
3 ファーガスンの市民社会論
二人のアダム、アダム・スミスそしてアダム・ファーガスン(ファーガソン)により経済は国家主権者の手の届かないもの、触るべきでないものであることが明らかになってしまった。主権者の統治において経済が目の前にあるのに、アダム・スミスはそれについては触れない方が効果が最大化するという。それでは主権者は何を統治したらいいのか。それが市民社会であるという。
市民社会についてフーコーの結論は「新たな統治テクノロジーに内的な、あるいは経済問題の出現によって統治技術や統治テクノロジーに対し提起された新たな問題に内的な、政治思想ないし政治的考察」(pp379)としている。そこに至る思考の過程を講義録に沿ってFAQ方式も使いながらトレースしてみよう。フーコーの講義とは順序を入れ替えているところもある。
・なぜ市民社会論を取り上げるか?
アダム・スミスの国富論を取り上げホモ・エコノミクスの話題に入った際に、経済は不可視(見えざる手)でアンタッチャブルであることがアダム・スミスの結論であることことから、では国家の主権者の統治において経済は目の前にあるのに何もするなとなるとでは国家主権者は何を統治したらいいのか?それに対しての回答として、アダム・ファーガスン(ファーガソン)の「市民社会史論」を取り上げている。その理由をフーコーは「アダム・スミスそして『国富論』に非常に近いテクスト」であり、「アダム・スミスにおける「国民」という語はファーガソンにおける市民社会とほぼ同じ意味」を持っており、さらに、アダム・スミスが経済学的観点から社会を研究したものに対応する、市民社会という観点から社会を研究した政治的相関物であるためとしている。その内容は、経済的人間がその内部において機能するような具体的要素、具体的包括性である。市民社会という言葉はありふれた特徴のない広い概念の言葉であるように感じられるが、フーコーによるとロックの「統治二論」の時代から経済の発展が著しく経済について不可視で不可触である要請がなされてから市民社会論は大きな変化を遂げてファーガスンによってまとめられた。(pp367あたり)つまり統治の新たな対象と考えられたためである。
・市民社会論とはなにか?
経済について知り得ず、商人の活動に手を出さない方が国内産業が栄えるならば、それらの人々の統治もできないのか?するようにするにはどのようにしたらいいのか?に答えものである。フーコー(pp363)「経済主体は、主権者の無関与を要請することになってしまう」「その固有のメカニズムにおける市場そのものにせよ、ケネーの科学的<経済表>にせよ、契約という法的観念にせよ、主権の領野に住みつく経済的人間が何においてそしてどのようにして統治可能となるのかということを規定できず、限定できません。」
それゆえ「その新たな領野は、いわば、法権利の主体と経済主体との問題を考慮に入れつつ当時築き上げられようとしていた統治術の相関物です。新たな参照面が必要とされるということ。」そのためには新たな枠組みある「総体」が必要という。
そのような経済人や商人などの「諸々の個人は、一つの新たな総体を構成することができるようになる限りにおいて、統治可能となります。個々人を法権利の主体という資格においてと同時に経済的行為者という資格においても包み込むことになるこの新たな総体は、ただ単にそれら二つの要素のつながりないし組合せを出現させるだけではありません。」としている。この「総体」の一部が市民社会であるとフーコーは仮定しているのである。フーコーは続けて「それに加えて、この新たな総体は、他の一連の要素全体を出現させることにもなるのであり、これによって、法権利の主体という側面ないし経済主体という側面が、まさしく一つの複合的総体の一部として、その部分的で統合可能な諸側面を構成することになるのです。そして、この新たな総体こそ、自由主義的統治術に特徴的なものである」としている。(pp363)
・とはいえまだ漠然としている。その「総体」に向けてどのような統治が可能なのか?
フーコーは次のように語る。
「市民社会、そしてすぐ後には社会と呼ばれるようになるもの、また十八世紀末には国民と呼ばれていたもの、・・・つまり統治テクノロジーに対して、経済の諸法則にも法権利の諸原則にも背くことのないような自己制限、統治の一般性の要請にも統治の遍在の必要性にも背くことのないような自己制限を可能にすることになります。・・・ 法規範に従う統治。しかし経済の種別性を尊重する統治。こうした統治が、市民社会を運営し、国民を運営し、社会を運営し、社会的なものを運営することになるのです。」(pp365) この自己制限については必ずしも自明・具体的でなく講義を通して読んでも経済に手出しをしたくてもしないように自己制限するというくらいの理解しかできずやや心許ない。
・フーコーらしく市民社会を定式化できないか?他の著作と連節できるような表現はないか?
ある。一つは反操行の観点。もう一つは狂気やセクシュアリティの観点。
反操行の観点からは「(19世紀以来)市民社会は、統治、国家、国家機構、制度などに対し、自分を認めさせ、それと戦い、それに対抗し、それに反逆し、それから逃れるような現実として参照されてきた・・・本来的で直接的な現実ではありません。」(pp365) この記述はうまく肉付けできれば、フーコーの講義の「真理の勇気」においてパレーシアが展開されたのちに、「パレーシアという概念を検討することによって、真理陳述の諸様式に関する分析、統治性の諸技術に関する研究、そして自己の実践の諸形式の標定が、一緒に結び合わされるように思われます。」(1984.2.1の講義pp12)と導きの糸がより合わされるところに活用・再構成できそうである。
狂気やセクシュアリティの観点からは「それは、相互作用による現実と呼べるようなものです。すなわち、権力の諸関係とそうした諸関係から絶えず逃れるものとのあいだの作用から、いわば統治者と被統治者との境界面に、相互作用的で過渡的な諸形象が生まれるのであり、この諸形象が、いつの時にも存在してきたというわけではないにせよ、それでもやはり現実的なものとして、今の場合には市民社会、別の場合には狂気などと呼ばれうるのだ」社会によって真理が波打ち際のように変わるように相互作用により変わっていくものであると、ただこれも具体的な物言いが欲しいところである。
・市民社会を概念化・分析してどんなことがわかるのか、何を考えるのか?
1つ目に社会的関係とは、純粋に経済的であるような絆を超えて集団的で政治的な統一性を構成する個々人のあいだの、法的な絆とは異なる共同体の絆が形成される。
2つ目に、この市民社会は歴史と社会的な絆とを連接する。これは、新たな社会組織、新たな社会関係、新たな経済構造、したがって新たなタイプの統治の絶え間のない形成であるような生成があるということ。
3つ目に、市民社会によって、社会的な絆と、統治というかたちの権威の関係とのあいだの、内的で複雑な関係を指し示し、明らかにすることが可能になる。
これらの市民社会の理論はそれ以前の(1)ホッブズから、(2) ルソーから、そして(3) モンテスキューとは異なる考え方である。下記においても過去の哲学者が引き合いに出される場合、彼らを指していると考えられる。
この3人に代表される考え方の「問題は、権力の行使を社会の根元そのものにおいてあらかじめ制限するような法的形態を、社会の起源にどのようにして見いだすことができるだろうか」に対し、アダム・ファーガスン以降は「逆に、従属関係の現象つまり権力の現象とともに存在する一つの社会であり、問題はただ単に、権力をどのように規則づければよいか、すでに従属関係が作用している社会の内部において権力をどのように制限すればよいかということ」であった。(フーコーpp379-380)(後述)
・それでは市民社会について掘り下げていこう。その本質的特徴をあげ、それぞれ手短に説明せよ。
第一に、歴史的かつ自然的な不変項として理解された市民社会。
第二に、自然発生的総合の原理としての市民社会。
第三に、政治権力の恒久的母型としての市民社会。
第四に、歴史の原動力としての市民社会。
それぞれの説明:
・・第一に、歴史的かつ自然的な不変項として理解された市民社会。
ファーガスンによれば「社会は個人と同じくらい古いもの」で、ファーガスンの子供の成長のユートピア的な想像の結論から、フーコーは「社会的絆は自然発生的に形成されるということ」「社会的な絆は恒久的なものであると同時に不可欠なものでもあるということ」と受け取っている。これは従来の哲学者が人の自然状態から社会を形成したという仮説とは大きく異なる。
・・第二に、自然発生的総合の原理としての市民社会。
自然発生的総合の例としてファーガスンは「この活動的存在が、自らの才能を用い、自らの周囲にある課題に取り組み続けているかぎりは、すべての状況は等しく自然である。・・・原始の状態にも、人間の発明を示す多くの証拠がある。」(ファーガスン、天羽・青木訳、pp12。フーコー注7, 8に対応)と述べている。
そして「服従の契約のようなものによる主権の構成がない」ということから社会が総合を行うとすれば、社会的な絆という概念が導入され、個別の満足の総和とではかられるとする。この社会的な絆により、幸福、善悪、価値、徳、個々人の幸福、社会全体への貢献の価値を包むとしている。
この社会的絆は経済における利害関心に対応し、しかもそれざれ増大させる働きがある。
社会的な絆の一つ目の特徴経済的な利害関心と社会的絆とは交わりがない。ファーガスンによる社会的絆をフーコーは「市民社会において個々人を結びつけるもの、それは、本能であり、感情であり、共感であり、個々人の互いに対する好感の動きであり、同情である。それはまた、他の個人に対する嫌悪であり、個人の不幸に対する嫌悪であり、場合によっては、自分から離れていく他の個人の不幸に対して抱く快楽」と説明している。(ファガースン第1編第3章pp25, フーコーpp371注13)
社会的な絆の二つ目の特徴はそれぞれ増大させるその仕方。経済的な増大は世界全体の総体を考えるが、社会的な絆の増大はもっと局地的なもので共同体としてもっと小さく個々人の間の絆、部族内部の絆が最も強い。国、国民というのはそのうちの一形態としている。そして、経済的利害関係は社会的な絆とは正反対。例として、小麦を別の国で売れば利益が出るとして実行するのは経済的な利害関係で、そんなことをするよりも自分の共同体の中に小麦を確保する方が好まれるとしている。
・・第三に、政治権力の恒久的母型としての市民社会。
フーコーは権力は「従属契約」は必要なく、「権力は自然発生的に形成される」とファーガスンから提示している。
「いかなる政治制度もないときから、人びとは、非常に異なった才能をもち、また、精神や情熱の傾向も様々なので、数々の異なったを役割を果たしていた。人間を集めて一緒にすると、各自が自分の持ち場をみつけるだろう。彼らは、集団のなかでは非難したり称賛したりする。選ばれた人びとのなかでは協議し審議する。人びとは個人として優位に立ったり、優位を与えたりする。こうして多くの人々が、職務が公式に割り当てられる前から、一緒に行動し、彼らの共同社会を維持できるのである。」(ファーガスン第1部第10章pp94、フーコーpp374注17)「人間にとって社会それ自体が必要であるのと同様に、何らかの形の従属関係が必要であるということは明らかである。」(ファーガスン第1部第10章pp94、フーコーpp374注19)これらのことからフーコーは「権力が規則づけられる前から、打ち立てられる前から権力はすでに存在していた」と受け取っています。そして、これもそれ以前の哲学者との考え方と異なっていると指摘しています。社会の形成にあたり、コミュニケーションのない人間は存在しないとして、人間、本性、他人、コミュニケーション、社会、権力が市民社会を構成しているとする。
・・第四に、歴史の原動力としての市民社会。
これまでの議論から市民社会は自然発生的総合と自然発生的従属、さらにホモ・エコノミクスの利害関心、利己主義、経済的活動が含まれる。ここで、ファーガスンは「経済的メカニズムの事実そのものによって、そこに不均衡が自然発生的に忍び込み、自然発生的に作り出され」「指導者」「服従者」の永続的な身分差が発生し、フーコーは経済的利害関心と経済的利己主義の具体化としている(ファーガスン第3部第2章pp178、フーコーpp376-377)
また、フーコーはファーガスンが「未開の局面、野蛮の局面、文明の局面」へを描写し、保護者と被保護者との関係、主人と従僕との関係、家族と奴隷との関係などといった形態が生じ、市民社会が包摂する経済ゲームが歴史的変容を生じさせていたり、社会的変容を「絶え間なく」起こさせたりしているとまとめている(ファーガスン第3部第2−3章をフーコーがまとめたもの)。ファーガスンはその様子を風に例えている「どこからか吹いてきて、好きなところへ吹いていく風のように、社会の諸形態はよくわからない遠い起源から生まれてきたものである。・・・それらは哲学の時代よりもずっと前に、人間の思索からではなく、本能から生まれたものもの」(ファーガスン第3部第2章pp178、フーコーpp378 注25)
・アダム・ファーガスン以降について述べよ。
上で、アダム・ファーガスン以降は「逆に、従属関係の現象つまり権力の現象とともに存在する一つの社会であり、問題はただ単に、権力をどのように規則づければよいか、すでに従属関係が作用している社会の内部において権力をどのように制限すればよいかということ」と述べた。これについて、
(1)十八世紀末にユング=シュティリングが、社会は、家族、同居者もしくは領地、そして国家という三つの軸というテーマで展開
(2)ペンセンに見られるような市民社会は三つの段階(家族社会→厳密な意味での市民社会→国家社会ないし国家的な社会)を順に経由するいわば発生論的で歴史的な分析。
(3)シュレーツァーに見られるような家族社会、市民社会タイプの社会、国家についての類型学的分析がある。
・その後の展開を国別で述べよ。
(1)ドイツでは、市民社会と国家とのあいだの 対立およびそれらのあいだの関係という観点から、市民社会が分析される。
(2)イギリスでは、ここでもやはり容易に推察される理由によって、市民社会に関する分析は、国家という観点からではなく、統治という観点からなされることになる。問題は、市民社会にとって、統治は本当に必要であろうかというトマス・ペインによって十八世紀末に提起されることになる有名な問題。少なくとも二十世紀に至るまでイギリスの政治につきまとった。ペインはアメリカの独立を正当化した「コモン・センス」の執筆で有名。さらにフランス、イギリスでも革命を起こそうとして故郷なき革命家とも言われたらしい。
(3)フランスで提起されるのは、第三身分の問題。ブルジョアジーこそが中世以来十九世紀に至るまでフランスの歴史を支えそれを担ったのだという考え、これは結局、市民社会と統治の問題、市民社会に対する権力の問題を提起するための一つのやり方。
・フーコーが最後に述べている「統治理性の再配分から自由主義的合理性」についてポイントのみ明瞭に述べよ。
中世からさらに16世紀以降、「宗教的テクストの真理、啓示の真理、世界の秩序の真理」に基づく「賢明さに従った」統治であった。これに対し、17世紀以降「権力の行使は、計算に従って規則づけられる」。フーコーは昨年度の講義からと言っているので国家理性から内政国家も含んでいる。それらは「力の計算、関係の計算、富の計算、支配力というファクターの計算に従って、権力の行使が規則づけられる」統治のことである。フーコーはこれこそが統治テクノロジーの近代的形式だとしている。
・この近代的形式において何が問題なのか?
国家理性の時代において――主権者自身の合理性、「私こそが国家である」と言いうる者の合理性。この「私」とは何か、並びで「私」と称する主権者の合理性をどのようにして行使することができるのかという問題。フーコーは述べてくれていないが、これは王権神授説とそれへの人権や社会契約論による否定がされているということ。
・さらに近代の自由主義的合理性を特徴づける統治の規則づけはどのようになされたか?
フーコーは「新たな問題が生じ、統治を規則づけるための新たな合理性の形態への移行が行われ」、「統治されている人々の合理性にもとづいて規則づけること」へと移行したとしている。その規則づけは「どのようにすればよいのか、統治術の合理化の原理をその上に基礎づけるにはどのようにすればよいのか」ということである。
・上でフーコーのいう「新たな問題」とは具体的に何か?
国家主権者が統治しきれなくなって被統治者の合理性が向上してきた例をネットで検索した(ChatGPTとgoogle AIの回答をもとにさらに検索してソースがあるか内容に妥当性があるかを確認した)。
(1)イギリスでは1846年に穀物法(Corn Laws)を廃止し、市場や関係者などの経済主体の自由に任せるようになった。
(2)同じくイギリスでは1833年、1847年に年少者や女性などへの労働環境や労働時間などが制定された。
(3)フランスではナポレオン以降、ジュール・フェリーの改革(1881-1882)により学校制度が国家管理のもとで国民皆教育の基盤が築かれた。
(4)都市衛生、上下水道、病院制度など公衆衛生政策の確立が都市の発展とともに必要とされた。
(5)ドイツ(プロイセン)のビスマルク体制下では、労働者階級の社会主義的蜂起を抑える目的で医療保険、労災保険、年金保険などの社会保険制度が導入された。これは労働者の将来のリスク予測や選好(合理性)を国家が制度的に取り込んだとされる。
(6)時代は降るがアメリカでのニューディール政策。失業保険や住宅支援を通じて「合理的に再配置」する対象として捉えた。(ケインズと関係あると主張するサイトもあるがケインズの著書が出たのはニューディール政策の一年後。ケインズの主張はどのように伝搬していたのか、信頼されていたのか裏付けできず)
・「統治されている人々の合理性にもとづいて規則づけること」とは誰の主張で何を指すか?
これも私にはよくわからなかったのでChatGPT、GoogleAIの結果を用いた。ジェレミ・ベンサムの功利主義、アダム・スミス以降のデヴィッド・リカード、トマス・マルサス、J.S.ミル、フリードリヒ・リストらの観点から、被統治者を経済的に合理的な存在(ホモ・エコノミクス)と見なしたり、利害を追求する個人として尊重し、直接命令や強制ではなく誘導・調整・環境整備によって統治する。
また、フーコーが述べていたように政策は数的データや統計にもとづいて構想され、統治の目的は支配者の権威の実現ではなく、統治される人々の合理的利益の達成であることが強調される。
・最後に
フーコーはここに「私がその位置をつきとめようとした分裂地点、重要な変容がある」としている。ここがフーコーの本のタイトルである「生政治の誕生」地点であると言わんばかりである。かくしてこの本は現在に近いところとしてドイツのオルド自由主義、アメリカの新自由主義に戻って読めるようになっている。
するとさらに見えてくるのは伏線として仕込んでいるアメリカの新自由主義が家庭のことに踏みこむ家庭を詳しく述べていること。例えばP274ー ロビンス、ベッカーを参照すると、フーコーが性の歴史第1巻で目論んだブルジョワ家庭内の少年の自慰、女性の近親相姦的な性被害の切り口とは違った観点からの議論がある。
ロビンスは「経済学は人間の行動様式の科学である」ベッカーは家庭のことにも口を突っ込んでくる。所得を消費する満足。家庭の新自由主義者についての教育資本についての指摘、pp300には投資した母親の子供からのリターンが「心的所得」「母親は満足を覚えるだろう」など、人を生かさせる政策、ある意味私たちは選択の自由があるように感じていても、そのような選択の幅は実は政策で決められていた(それこそが統治)という描像に達してしまい微妙な感覚が残ってしまい、さすがフーコーという感じがする。
資料 フーコー→ファーガスンの注の対応
フーコー「生政治の誕生」・・・・ファーガスン(ファーガソン)「市民社会史論」の注の参照該当箇所 *フーコーはフランス語訳を引用している。ここでは原典(英語・ラテン語)からの天羽・青木訳(京都大学学術出版会)を参照した。
1979年3月28日 注31 ・・・・・第3部第4章 pp208
1979年4月4日 注4・・・・・・第1部第1章 pp6
同 注5・・・・・・同pp9
同 注6・・・・・・同pp6-7
同 注7・・・・・・同pp12 l11 (l=line)
同 注8・・・・・・同pp12 l17
同 注9・・・・・・同pp12 l1
同 注10・・・・・・第1部第9章 pp86 l7
同 注11・・・・・・第1部第9章 pp86 l2
同 注12・・・・・・第1部第9章 pp86 l7
同 注13・・・・・・第1部第3章 pp25 全体
同 注14・・・・・・第1部第2章 pp17 l9
同 注15・・・・・・第1部第3章 pp29 ぴったりの表現ではない
同 注16・・・・・・第1部第3章 pp30 ぴったりの表現ではない
同 注17・・・・・・第1部第10章 pp94 l7
同 注18・・・・・・第1部第10章 pp95 l1
同 注19・・・・・・第1部第10章 pp94 l4
同 注20・・・・・・第2部第2章 pp126 ll4 (ll=line from left)
同 注21・・・・・・第3部第2章 pp178 l5
同 注22・・・・・・第3部第2-3章
同 注23・・・・・・第2部第2章 pp120 l10(右に・・・)
同 注24・・・・・・第2部第2章 pp120 l12
同 注25・・・・・・第3部第2章 pp178 l1-12
なお極めたい方は原典がある。出版年も明記されている。フランス語翻訳版についてはDesaint, Gauthierで検索。私はパッと見てなかったので終わりにしました。
参考
自由主義的統治と契約法理論
https://www.law.hit-u.ac.jp/legalculture/contract/090204sekiresume.pdf
https://nagoya.repo.nii.ac.jp/record/26449/files/05_LinqianZhang.pdf
https://nagoya.repo.nii.ac.jp/record/2002379/files/nueduca6802_05.pdf
https://hosei.ecats-library.jp/da/repository/00012254/sgcd_13_1_sanuki.pdf
https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/9988/files/komyunikeshonkenkyu_20_1.pdf
