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同情の、その先へ。

時は18歳。
短大生のあすやせは同級生から撃沈され、
口をつぐんだ。

4〜5人のグループでテーマを決めて討論し、
限られた時間の中でまとめる授業だった。
話しているうちに、
障害者と呼ばれる人々とどう関わるべきか、
という流れになった。

あすやせは、ぼんやりと考えた結果、
「慣れ」だと思った。

当時の、あすやせの理屈を披露する。
障害を持つAと、持たないBがいる。
確かに2人には「違い」がある。
その認識の発端は、
BからのAへの一方的な「同情」である。
そこから「助ける」という
行動が生まれるのだから、
「同情」は自然なことだし、
むしろ良きことである。
BがAを助けることは、
やがて「日常」になるだろう。
そうしたら「違い」は解消されるのではないか?
それが社会全体に広がるには、
経験という「慣れ」が必要なのでは?
というものである。

これらを説明しようとして、
「まず、同情から始めてもいいんじゃない?」
と口火を切った、その時。

いきなりリーダー格の子に、
「その同情というのが違う」と瞬殺され、
「ありえない」と断罪された。

すごく、びっくりした。
開口一番に否定されたのも初めてで、
ショックを受けた。
そして同い歳でありながら
すでに確固たる答えを持っている
その子を前にして、
素朴に口を開いた自分が恥ずかしくなり
黙りこんだ。

それから何を話し合って、
どうレポートにまとめたのか覚えていない。

しかし、この出来事と問いは忘れられず、
折に触れ思い出しては、今に至る。

アラフィフになって思い返すと、
18歳のあすやせ理論は乏しい経験からの
上から目線を感じる乱暴なものであった。
そして否定したあの子は
記憶が正しければ信仰を持っていたので、
幼少期からサポートの経験や
それによる知識もあったのかもしれない。

もしそうなら、なおさら聞きたかった。
なぜ人間には「同情」という
感情が備わっているのか?
必要だから、湧いてくるのではないのか?

時は8歳の頃にさかのぼる。
仲良くしていた友達の家に遊びに行くと、
玄関で出迎えた友達の背中越しに
年齢不詳の男の人らしき姿が
横切ったのが見えた。

家に上がりながら
「お兄ちゃん、いたの?」と聞くと、
「ん?」と振り向いてニコリと笑い、
「お兄ちゃんだけど、お兄ちゃんじゃないの」
と言った。

「え?」と聞き返すと、
微笑んだまま、同じ言葉を繰り返した。

それから何事もなかったように遊んで、
バイバイして家に帰った。
友情は変わらず続いたけれど、
家に上がったのはその1度きりであった。

時は10歳に飛ぶ。
学年が上がるのに合わせて
春休みに引っ越した先で、
仲良くなった近所の女の子がいた。

家の前の歩道で
おしゃべりをするだけなのだが、
話がぶっ飛んでいて面白かった。

夕飯の時にその話を披露すると、
母はなんとも言えない顔をして
あまり返事をしなかった。

学校が始まると、
その女の子は一言もしゃべらないので
有名な子だと知った。

それから自転車に乗って近所を回りながら
とめどなく悪態を吐く年齢不詳の男が、
その子の兄だということも分かった。

不思議だった。
女の子はベラベラと
荒唐無稽な話をしては
あすやせを笑わせたし、
自転車男はフラフラと彷徨っては
ばかっ!とか叫んでいたけれど、
無害だった。

でも学校が始まったら、
女の子はうちに来なくなってしまった。

その地の少し奥には
窓に鉄格子のある病院があり、
バスに乗ると通っている人たちを
しばしば目にした。

バス通りは車の往来が激しかった。
それなのに、うちの最寄りのバス停は
横断歩道に信号機がなかった。
中学生の頃に1度だけ、
同じバス停で降りた
白い杖をついた男の子の
手を引いて渡ったことがあった。
たまに見かける子だったので
そのままおしゃべりしそうになったが、
渡った先に迎えにきた父親らしき人が
足早に連れて行った。

そんな昔の記憶を辿るたびに、
「同情とは?」という問いが頭をよぎる。

あすやせは、特定の信仰を持っていない。
敢えていえば、八百万の神を信じている。
「お天道様は見ている」というやつだ。

それぐらいカジュアルに
神様というものを捉えているのだが、
いつまでも答えの出ないこの問いだけは、
世界中の神様に聞いてみたくなる。

そこで現代の神様Googleに
「同情とは?」と打ち込んでみた。
すると「同情から行動へと移行」
あるいは「同情から慈悲へと昇華」など、
世界の神様は同情の次の1手を説いているらしい。

ふと、ある日のフードコートが
脳裏に浮かんだ。

地下鉄の駅に併設されたフードコートで、
あすやせはカオマンガイを頬張っていた。
雨の平日、中途半端な午後の時間で、
4人卓に1人ずつという空きようだった。

2つ離れた卓に
インバウンドの5人家族がきた。
1人は車椅子だった。

東京は坂が多いし、雨じゃ大変だろうな、
と思いながら口を動かしていた。

家族は4つの椅子を動かして
車椅子のスペースを作ろうとしていたが、
すぐ隣の卓に人がいて手こずっている。

隣の人が気づいて手伝うかな、
それに対面の卓にも1人座っている。
2つ飛ばしてまで
あすやせがしゃしゃり出る幕でもないか、
と眺めていた。

誰も、動かない。

食べかけの鶏肉を口に放り込んでから、
もぐもぐと立ち上がった。
空いている方の卓をズズッと引き摺って
スペースを作ろうとしたら、
いきなり周りがザザッと動いた。

手狭になっていた原因の子が場所を変えて、
近場にちょうど1人分のスペースを作った。
対面の子はその間に椅子をずらして、
5人がバランスよく卓を囲めるようにした。

気づいていたのに、動かなかったのだ。

でも、力ずくで卓を動かす音を合図に、
驚くほど素早く2人は動いた。

そのおかげで5人家族は
最小限の移動で快適に収まったので、
あすやせは残りのカオマンガイへと戻った。

その時のあすやせには、
ただ、目の前で起きている不便を解消するか、
という合理性しかなかった。

海外旅行から帰国したばかり、
というのもあった。
どの国でも日本より、
あらゆる場所で身体の不自由な人々を
見かけることが多かった。
そしてたまたま居合わせた周りが、
実に自然にサポートするのを目にした。

それは日常の延長で、
まぁ、こういう時はこうするよね、
という、さりげなさであった。

だから、真似をしただけだった。
口をもぐもぐさせながら、
「まぁ、慣れだよな」とだけ思っていた。

心の中には「同情」など、見当たらなかった。

そう考えると、18歳のあすやせ理論も
あながち的外れでもないのかもしれない。

でも、あのフードコートで、
本当は何があすやせを動かしたのだろう。
あの2人とあすやせとは、何が違ったのだろう。

無意識に「同情」が働いたのではないか?

疑問はますます深まり、
未だ答えは見えない。

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明日の朝は痩せてればいいのに 最後まで読んでくれて、ありがとうございます。もしおやつ代をいただければ、“あすやせ”の希望につながります。