“腹落ちしないと動けない”会社員だった(独立系中小企業診断士の歩み)
こんにちは。久しぶりの更新となります。
中小企業診断士の内海飛鳥です。
前回のnote連載では、中小企業支援の現場で実際に行ってきた改善事例を中心に書いてきました(全50話。無料公開中)
今回からは少しテーマを変えて、
「中小企業診断士として働きながら、考えてきたこと」
を、もう少し個人の価値観やキャリアの話も含めながら、書いていこうと思います。
独立してからの話だけでなく、会社員時代に感じていたこと、なぜ今の働き方になったのか、どんな違和感を抱えながら働いていたのか――そんな話も、少しずつ残していければと思っています。
初回は、リクルート時代の話です。
「腹落ちしないと動けない」タイプだった
リクルート時代、主に法人営業と経営企画を担当していました。
営業では「ゼクシィ」の法人営業として、ホテルや結婚式場の支配人・社長に対して、広告出稿やプロモーション提案を行っていました。
経営企画では「カーセンサー」の統括側として、管理会計やKPI設計、計画作成、実績管理、見通し更新などを担当していました。
現場の担当者に対して施策の浸透状況をヒアリングしながら、「なぜ数字が動いているのか」を追い続ける仕事です。
当時の自分を一言で表すなら、
「腹落ちしないと動けないタイプ」
だったと思います。
「そもそも、なぜやるのか」
「本当に意味があるのか」
をかなり重視していました。
逆に、一度腹落ちしたことに対しては、とことんコミットするタイプでした。
クライアントに対しても、自分が正しいと思った提案は言い続ける。社内でも、納得できないことは、相手が上司や権力者でも普通にぶつかっていました。
そのせいか、上司からは、
「不器用だよね」
「武士みたいだね」
と言われることもありました。
今振り返ると、あまりサラリーマン向きではなかったのかもしれません(笑)
リクルートは、本当にすごい会社だった
一方で、リクルートという会社そのものは、本当にすごい会社だと思っていました。
特に印象的だったのは、
「目標に対する達成意識」と「フットワークの軽さ」
です。
有名な言葉に、
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
というものがあります。
実際、これを本気で体現している人が多かった。
「まずやってみる」
「自分で機会を作る」
「変化を恐れない」
そういう文化は、今でも自分の土台になっています。
優良企業として、高い給与を払い続けるためには、ここまで徹底しないといけないのか――ということも、身をもって学びました。
ただ、その一方で、違和感もありました。
個人目標や社内評価を意識するあまり、「顧客にとってベスト」とは言い難い提案をする人も…
もちろん、全員ではありません。
むしろ尊敬できる人の方が多かったです。
ただ、自分はそこに対して、少し冷めた目線を持っていた気がします。
「数字を作るだけの提案」と、
「お客様に価値を返す提案」は、違う。
この感覚は、今の仕事にもかなり影響しています。
「長く伴走したい」が、独立理由だった
独立願望自体は、入社時からありました。
親も兄も士業で個人事業主をしており、サラリーマンが身近にいない家庭で育ったので、「いつかは独立する」という感覚は自然にありました。
その上で、自分はまずリクルートという環境に飛び込みました。
新卒というカードを使って、20代のうちに、
社会の仕組み
ビジネスの現場
提案力
スピード感
KPI文化
を徹底的に学びたかったからです。
実際、リクルートでの仕事は面白かった。
特に、社長相手の提案は好きでした。
一緒に働いている人も優秀で、「この人とずっと働きたい」と思う人も多かったです。
ただ、リクルートは人の入れ替わりや異動がとても多い会社でもあります。
「もっとこのチームで働きたい」
「もっと長くお客様の変化に伴走したい」
と思っても、それが難しいことも多かった。
だから最終的に、
「自分自身が“内海飛鳥”という看板を持つしかない」
と思うようになりました。
知識や経験を高め、その手段として中小企業診断士も取得し、個人事業主として動ける状態を作る。
そうすれば、
「この人と仕事がしたい」
と思ってくれた人と、長く関わり続けられる。
それが、独立を決めた大きな理由でした。
独立して分かった「翻訳」の仕事
独立後、実際に多くの中小企業に入ってみて、会社員時代には見えていなかったことも、たくさんありました。
特に感じたのは、
「前提共有の難しさ」
です。
リクルートのような大企業では、読み書きや情報整理の基礎能力が、ある程度揃っています。
だから、言葉の解釈ズレが起きにくい。
でも中小企業では、ここがボトルネックになっているケースも多い。
上司と部下、日本人同士なのに、言葉の意味がズレている。
実際には、「能力不足」というより、「前提の違い」が原因だったりします。
だから私は、現場で、
「日本語の翻訳」
みたいなことをよくやっています。
上司の言葉を、部下が理解できる形に変える。
部下の感覚を、上司に伝わる形に変える。
それだけで、組織の根詰まりが解消することも少なくありません。
これは、リクルート時代には想像していなかった仕事でした。
優秀な人って、何だろう
昔から、「優秀な人」の定義は、あまり変わっていません。
自分の中では、
集団浅慮が起きている中でも、冷静に全体を見られる人
相手の立場や目線に合わせて、分かりやすく説明できる人
が、本当に優秀な人だと思っています。
今の仕事でも、この感覚は変わりません。
むしろ、独立してからの方が、より強く感じるようになりました。
あの頃の自分へ
もし、当時の自分に声をかけるなら、
「ちゃんと積み上がってるから大丈夫」
と言うと思います。
真面目に仕事に向き合っていたこと。
中小企業診断士を取ったこと。
将来を考えて動いていたこと。
10年以上経った今、ちゃんと繋がっています。
そしてもう一つ思うのは、もっと色々な人と交流しておけば良かった、ということです。
当時は同じ会社の中で、同じ目標を追い、同じ評価制度の中で働いていたので、どうしても周囲を「ライバル」として見ていた部分がありました。
誰が成果を出したか。
誰が評価されたか。
誰が先に昇進したか。
近い存在だからこそ、無意識に比較してしまう。
でも、実際に会社を離れてみて感じるのは、彼らはライバルというより、価値観の近い「仲間」だったということです。
変化を恐れず、自分で機会を作り、悩みながらも前に進もうとする人たち。
それぞれ別の場所に行っても、どこか根っこの部分が似ている。
そして、独立後に荒波を乗り越えていく中で、結局、一番相談しやすかったり、刺激を受けたり、助けられたりするのも、そういう元リクルートの仲間たちだったりします。
同じ船に乗っている時には見えなかったけれど、船を降りて初めて分かることもあるんだな、と今は思います。
次回は、
「なぜ中小企業診断士を取ったのか」
について、もう少し書いてみようと思います。
