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美しく咲き誇る〜『ウォールフラワー』を読んで〜

 スティーブン・チョボスキーの『ウォールフラワー』を読んだ。ウォールフラワーは直訳すると「壁際の花」、パーティで皆が楽しそうにしている様子を壁際で見ているだけの人のこと、すなわちはみ出し者のことを指す。 

 主人公チャーリーは、まさにウォールフラワーという呼び名がふさわしい少年だ。彼はいつも離れた所から皆を傍観している。実際、親友パトリックからは「お前はものを観察する。でも、じっと黙ってる。ただ理解してるんだ」と言われる。

 このパトリックと、彼の義妹であるサムが、チャーリーを壁からそっとパーティへ連れていってくれる二人だ。チャーリーは彼らや、彼らの友人など様々な人に出会って、傷つきながら成長していく。そんな自分の日常を、チャーリーが約一年に渡って手紙形式で読者に伝えてくれる物語が『ウォールフラワー』だ。

 大事な人を二人も亡くした過去を持つチャーリーは精神的に不安定な少年で、病院に通っている。突然泣き出したり、悪い考えが巡り続けるのを止められなかったりと、チャーリーは様々な場面で苦悩する。

 チャーリーの凄いところは、そのような場面に直面したときも、決して人のせいにしないところだ。むしろ何があっても自分自身を責めすぎてしまう傾向があり、母からも「あんまり自分を追い込んじゃだめよ」と言われる。

 この作品は『ライ麦畑でつかまえて』の再来だとよく言われるが、私は全く違うと思う。確かに、『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデンも皆の輪の中に入れず、はみ出し者として世間を傍観するが、彼はそこで起こる悪いことの全てを周囲の人間のせいにしてしまうからだ。

 私はチャーリーと同じで、色々な事態で悩んで立ち止まってしまうが、ホールデンのように物事を人のせいにしてしまう。それが自らの反省点であり、チャーリーに憧れる理由でもある。

 例えば、チャーリーがメアリー・エリザベスという女の子と交際することになる場面がある。ところがこのメアリー・エリザベスは自分の趣味を相手に押しつけてしまうきらいがあり、チャーリーは彼女のそんな性格に嫌気が差す。私なら怒って「そんなに自分ばかり話さないで」と言ってしまうと思うが、チャーリーは違う。彼はメアリー・エリザベスを一切責めない。ただ彼女の話を受け止め続けるチャーリーを見て、私はチャーリーに尊敬の念を抱いた。口を挟まずに相手の話をただ受け止めるというのは単純な作業のように思えるが、実際は誰にでもできることはないからだ。

 その後、様々な出来事がありメアリー・エリザベスと別れたチャーリーは、彼女ではなく自分のことを責める。「ぜんぶ自分のせいなんだと分かってる」と。

 もちろん、自分を責めすぎるのは良いことではない。だから私はチャーリーになるのではなく、心にチャーリーを住まわせたいと思っている。極端に自分だけを責めたり、人のせいにしたりしてしまう人間ではなく、どちらの心も持って客観的に物事を捉え、次に活かせる人間になりたい。それができたとき、私も、心の中のチャーリーも、本当の「ウォールフラワー」になれると思うのだ。壁際の花に。皆を眺める傍観者に。誰よりも大きく美しく咲き誇る、唯一無二の「ウォールフラワー」に。

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