230万円が手数料で消えた3年間。FPの私も同じ道を通った、投資信託の乗り換えの話
記事要約
上がれば「利益を確定しましょう」、下がれば「そろそろ違うものへ」。3年で3本の投資信託を入れ替えた田口さん夫妻の手元に残ったのは、ほとんど増えていない残高でした。悪意のある担当者はいません。ではなぜこうなるのか。FPたいらくが自身の失敗をもとに、手数料の三重構造と販売側の事情、そして「回転させられない器」への移し方を解説します。
【登場人物】
田口 誠一(たぐち せいいち)さん/64歳 電機メーカーを部長職で定年退職。退職金約3,000万円を含め、金融資産は約6,000万円。ほぼすべて円建て。
田口 佳代(たぐち かよ)さん/62歳 誠一さんの妻。家計と資産の管理を実質的に担ってきた。
FPたいらく 独立系ファイナンシャルプランナー。海外口座・通貨分散を専門とし、自身の運用実績を9年間公開している。
1.1カ月待ちの相談室に持ち込まれた、一枚の取引報告書
FPたいらく: お待たせしました。ご予約からひと月以上お待たせしてしまい、恐縮です。
田口誠一: いえ、先生。正直に申し上げると、この1カ月のあいだに何度も「やっぱりやめようか」と思いました。人様にお見せするような話ではないので。
FPたいらく: お見せするような話ではない、というのは。
田口誠一: これです。3年分の取引報告書をまとめてきました。退職金が入った直後から、同じことをぐるぐる繰り返している気がしまして。
FPたいらく: 拝見します。……1本目がAI関連のテーマ型ファンド、1年半後に売却。2本目が毎月分配型の外国債券ファンド、1年で売却。3本目がインド株式ファンドで、現在マイナス8%。投じた元本は合計で約1,500万円ですね。
田口佳代: 先生、私は最初から気持ち悪かったんです。上がったら「そろそろ利益を確定しましょう」、下がったら「これは一度整理して、別のものに替えましょう」。それを3回繰り返して、残ったのはほとんど増えていない残高でした。
FPたいらく: 正確に申し上げれば、増えていないのではありません。増えたはずの分が、別の場所に移っているという状態です。
田口誠一: ……別の場所、ですか。
FPたいらく: ええ。そしてもう一つ申し上げておきたいことがあります。田口さんの判断が甘かったから、こうなったわけではありません。この結果は、担当者の人柄とはほとんど関係なく起こります。 その理由を、順番にご説明します。
2.先に申し上げます。私も、まったく同じ道を通りました
FPたいらく: 構造の話に入る前に、私自身の失敗をお話しさせてください。そのほうが腑に落ちると思いますので。
田口誠一: 先生がですか。
FPたいらく: 20年ほど前、社会人3年目のころです。当時人気だったIT関連のファンドを、対面の証券会社で100万円分購入しました。担当者はとても丁寧な方でした。半年後に基準価額が上がり、「一度利益を確定して、次はこちらへ」と提案されました。私はその通りにしました。
田口佳代: 同じですね。
FPたいらく: 同じです。そして2本目が下がったとき、「損失を確定させて、上がりそうなこちらに移しましょう」と言われました。これも従いました。3本目でようやく違和感を持ち、通帳と報告書を並べて自分で計算したんです。そこで気づきました。私の資産は増えても減ってもいなかったが、支払った手数料の累計だけは、確実に積み上がっていた。
田口誠一: ……その担当者は、悪い人だったんでしょうか。
FPたいらく: いいえ。今でもそう思います。むしろ真面目な方でした。悪人が一人もいないのに損が出る。 これが、この問題のいちばん理解しにくいところであり、いちばん重要なところです。私が9年間、自分の運用実績を公開し続けているのは、このときの反省が出発点になっています。
3.手数料は「三重」でかかる——乗り換えるほど確実に減る
FPたいらく: では、田口さんの1,500万円がどこへ移ったのかを見ていきます。投資信託のコストは、大きく3つの層に分かれます。
FPたいらく: 第一に、購入時の販売手数料。対面の金融機関では、上限3.3%程度が設定されている商品が珍しくありません。1,500万円なら、1回の購入で約50万円です。
田口誠一: 買った瞬間に、ですか。
FPたいらく: 買った瞬間にです。第二に、保有中にかかる信託報酬。テーマ型やアクティブ型では、年1.5〜2.0%程度が一つの目安になります。仮に年1.8%なら、1,500万円に対して年間約27万円。3年で約81万円が、何もしなくても差し引かれます。
田口佳代: それは、明細に出てこないですよね。
FPたいらく: ええ、基準価額から日々差し引かれる形なので、請求書は届きません。第三に、目論見書に表示されない実質コスト。売買委託手数料や監査費用などで、年0.1〜0.5%程度が上乗せされることがあります。
FPたいらく: そして、ここが本題です。乗り換えるたびに、第一の販売手数料が最初からかかり直します。 3回の入れ替えなら、販売手数料だけで単純計算で約150万円。信託報酬の3年分と合わせれば、投じた1,500万円のうち、およそ230万円、率にして15%前後がコストとして抜けている計算になります。
田口誠一: 15%……。
FPたいらく: さらに、利益が出た局面で売却するたびに、その利益の約20%が税金として引かれます。税を払って現金化し、そこにまた販売手数料を払って買い直す。 これを3回繰り返せば、複利で増えるはずだった時間は、そのたびにリセットされます。田口さんの残高が「増えていないように見える」のは、運用が失敗したからではありません。増えた分が、税とコストで回収されているからです。
4.なぜ販売側は「乗り換え」を勧めるのか
田口佳代: 先生、それは意図的にやっているということですか。
FPたいらく: 個々の担当者の意図というより、収益構造の問題です。金融機関の収益には、大きく2つの型があります。一つは、商品を売った瞬間に手数料が立つ「フロー型」。もう一つは、預かり資産を持ち続けてもらうことで収益が積み上がる「ストック型」です。
田口誠一: フロー型だと。
FPたいらく: 収益がフローに依存している限り、顧客が同じ商品を10年持ち続けることは、販売側にとって収益ゼロの状態を意味します。逆に、1年ごとに商品を入れ替えてもらえば、そのたびに販売手数料が立ちます。
FPたいらく: そして営業の現場には、月次や四半期の目標があります。担当者は「顧客を騙そう」とは考えていません。ただ、目標の期限と、資産形成に必要な時間軸が、まったく噛み合っていないのです。この構造の中では、善意の担当者ほど「今、動かせる提案」を持ってきます。
田口誠一: ……なるほど。それで「利益が出ているうちに確定を」になるわけですね。
FPたいらく: ええ。「利益確定」は顧客にとって耳ざわりがよく、断りにくい言葉です。しかも実際に利益は出ている。だから断る理由がない。断れないように設計されているのではなく、断る理由が見つからない構造になっている。 ここが厄介なところです。
5.金融庁が繰り返し指摘してきたこと
FPたいらく: これは私の主観ではありません。金融庁が7月29日に公表した最新のモニタリング結果に、はっきりと書かれています。
田口誠一: つい先日ですか。
FPたいらく: はい。そこには、過去に金融庁が提起したものと同種の課題が、商品を変えて繰り返し発生しているという問題認識が示されています。例として挙げられているのが、2019年度に指摘された「投資信託の回転売買」、そして2024年度に指摘された「外国株式の短期売買」です。
田口佳代: 商品を変えて、繰り返し……。
FPたいらく: ここが核心です。問題そのものはなくなっていない。名前を変えて出てくる。 実際、同じ報告書には、店頭販売額の1位銘柄が全体の5割を超える状態が続きながら、その1位銘柄がREIT、テーマ型の先進国株式、毎月分配型の先進国株式へと毎年入れ替わっていった事例が記載されています。
田口誠一: それは、まさに私が通った道です。
FPたいらく: もう一点。テーマ型ファンドや新興国株式といった、ポートフォリオの中で補助的な役割を担うはずの資産の比率が高い販売会社ほど、投資効率を示す指標が低くなる傾向が確認されています。会社によっては、残高上位10銘柄の6割から9割近くがそうした資産で占められていました。
田口佳代: 主役ではないものが、主役になってしまっているんですね。
FPたいらく: 端的に言えばそうです。加えて、投資信託で運用損益がプラスだった顧客の割合は、直近の集計で全事業者平均7割程度まで低下しています。前年は9割を超えていました。相場が上がっても、入り方と回し方によって結果は割れるということです。
FPたいらく: 制度も動いてはいます。2024年11月から、金融事業者には顧客の最善の利益を勘案して誠実・公正に業務を行う義務が法律上明記されました。ただ、義務が課されることと、現場の目標体系が変わることのあいだには、まだ時間差があります。 その時間差の中で資産を預けているのが、今の私たちです。
6.【自己判定チェックリスト】あなたの投資信託は「回されて」いないか
FPたいらく: 田口さんに限らず、多くの方が同じ位置にいます。ご自身で確認できるよう、10項目にまとめました。当てはまるものを数えてみてください。
□ 直近3年で、保有する投資信託を2回以上入れ替えた
□ 「利益が出ているので一度確定しましょう」と提案されたことがある
□ 保有商品の信託報酬(年率)を、いま即答できない
□ これまでに支払った販売手数料の累計額を把握していない
□ 毎月分配金が出ているが、それが運用益からか元本からか説明できない
□ 受け取った提案書に「あなたの資産全体の何%か」という記載がない
□ 保有商品の名前に「テーマ」「○○関連」「新興国」が含まれている
□ 他社に預けている資産の全体像を、担当者に伝えたことがない
□ 保有資産の9割以上が円建てに偏っている
□ 「これは10年後まで持ち続ける商品ですか」と聞いたことがない
FPたいらく: 判定はこうです。
0〜2個——構造的な問題は起きにくい状態です。今の方針を継続して問題ありません。
3〜5個——注意領域です。商品そのものより、提案を受ける経路を一度点検すべき段階にあります。
6個以上——田口さんと同じ位置です。ここで「次はもっと良い投資信託を」と考えると、同じループに戻ります。変えるべきは商品ではなく、器のほうです。
田口誠一: ……8個ありました。
FPたいらく: 正直に数えられた時点で、もう半分は抜け出しています。
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7.商品を選び直す前に、「置き場所」と「通貨」を分ける
田口佳代: 先生、では私たちは次に何を買えばいいんでしょうか。
FPたいらく: その問いを一度、脇に置いていただきたいのです。「次に何を買うか」を考えている限り、また誰かが答えを持ってきます。 先に決めるべきは、資産をどう三つに分けるか、です。
FPたいらく: 第一の層が土台。生活費の2〜3年分を、円のまま、動かさずに置いておく資金です。ここは増やす場所ではありません。この土台があるから、相場が下がったときに慌てて売らずに済む。 田口さんが3年前に損失を確定させたのは、この層が定まっていなかったことも一因です。
FPたいらく: 第二の層がコア。世界全体に広く分散した、低コストのインデックス型を中心に、10年単位で持ち続ける資産です。ここでは商品を選ぶより、触らないと決めることのほうが重要です。年1.8%と年0.1%では、20年で結果がまったく変わります。
FPたいらく: そして第三の層が保険。ここが、多くの日本の方に抜けている部分です。通貨と、資産を置く法域を分けておく層です。
田口誠一: 通貨を分ける、というのは為替で儲けるという話ですか。
FPたいらく: いいえ、逆です。儲けるためではなく、円という一つの通貨に賭けないためです。7月末の為替市場では、ドル円が160円台まで上昇したあと158円台まで下落し、政府・日銀による介入観測も出ました。日銀の政策金利は1.00%まで引き上げられ、いわゆる「金利のある世界」に入っています。それでも円は、対外的な価値の面では不安定な状態が続いています。
田口佳代: 円で持っていれば安全、ではないと。
FPたいらく: そこが最も申し上げたい点です。資産をすべて円で持つのは、中立ではありません。「円が今後強くなる」という方向に賭けている状態です。 何もしていないつもりでも、実際にはポジションを取っている。参考までに、私たちの年金を運用するGPIFは、資産のおよそ半分を外貨建ての資産で保有しています。国の年金ですら、円だけには置いていないということです。
田口誠一: ……3年間、私は「どの商品を買うか」しか考えていませんでした。
FPたいらく: 多くの方がそうです。そして商品を選ぶ土俵に立っている限り、提案してくる側が常に有利です。土俵を、資産全体の設計に移してください。 そこに移った瞬間、「では、この商品は私の資産全体の中でどの層に当たりますか」と聞けるようになります。この一言に答えられない提案は、その時点で見送って構いません。
田口佳代: その質問なら、私にもできそうです。
FPたいらく: 十分です。田口さんご夫妻に必要なのは、新しい投資信託ではありません。回転させられない構造をつくることです。 3年分の授業料は、決して安くはありませんでした。ただ、その授業料は、今日ここで構造を理解されたことで、初めて意味を持ちます。
【出典】
1. 金融庁「リスク性金融商品の販売・組成会社による顧客本位の業務運営に関するモニタリング結果(2025事務年度)」(2026年7月29日公表) https://www.fsa.go.jp/news/r8/kokyakuhoni/20260729.html └ 「過去に金融庁が提起したものと同種の課題が、商品を変えて繰り返し発生している」との問題認識 └ 2019事務年度レポート「投資信託の回転売買」/2024事務年度レポート「外国株式の短期売買」の例示 └ 店頭販売総額に占める1位銘柄の割合が5割超で推移する一方、当該銘柄がREIT→先進国株式(テーマ型)→先進国株式(毎月分配型)へ毎年変遷した事例 └ サテライト資産(テーマ型・新興国・REIT等)の割合が高い販売会社ほど、合成シャープレシオが低くなる傾向
2. 金融庁「投資信託の共通KPIに関する分析(2025年3月末基準)」(2025年9月10日公表) https://www.fsa.go.jp/news/r7/kokyakuhoni/20250910/kpi_toushin_20250910.pdf └ 運用損益がプラス(0%以上)の顧客割合:全事業者平均71.8%(前年・2024年3月末基準は91.7%)
3. 金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律 第2条(2024年11月1日施行) └ 顧客等の最善の利益を勘案しつつ、誠実かつ公正に業務を遂行する義務の法定化 └ 金融商品取引法等の一部を改正する法律(令和5年法律第79号)による改正
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