ねこやさしじうのこころによひらさく

夏至を挟んで一ヶ月くらいは、私が朝走る時間も明るくなってきます。外が明るいと花や空も写真を撮りたくなるので、スマホを持って出る日もあってもいいかなと思ってきました。(冬も星空綺麗なんだけどスマホのカメラでは無理かな…)
noteにも写真付きで俳句や短歌を投稿するのもいいですね。Xでは140文字?の制限で文章作って同じようなことをやっているのですけど、私にはこうしてたくさん書ける方が何かと発散できて合っているかもしれません。
ですが、
つぶやきの140文字では収まらないものを何とか収めようと推敲することは、俳句、短歌にも通じるものがあります。
伝えたい事を残したまま余分な文字を削除したり、表現を置き換えていく作業は文章の上達にも一役買ってくれているかもしれません。 日本語は多彩ですからそれはそれで良い勉強となっております。
昔の人は歌を詠んで、そこに絵を添えたりしていたんだろうから、こういう記事にも写真があるとより季節の情緒が感じられて共感してもらいやすいかなとか思っています。
もちろん句や歌から情景を想像してもらうのも俳句などの醍醐味だし、情景が浮かぶような句が詠めればいいけど、写真があるのは現代の強みってことで活かしたいな。
ってことで紫陽花をたくさん撮りました。
たくさん撮ったけど、いつも通る道に咲いているものだけなんです。それでもたくさんの種類が目に入ってきて、紫陽花も本当に多様性ありますよね。
また、家の花壇や生垣などにも紫陽花を植えておられるのをたくさん目にしますので、日本人は紫陽花好きなんだなって、こうして意識的になってみて初めて感じました。
今日はあまり濡れてなかったけど、紫陽花は雨の季節のイメージが強いから、濡れている方が魅力は増すように感じます。悲しくて泣いているように見えることもあるけど、それもまた美しいですよね。
帰り道、
近所の仲良しの猫🐈とはじめて一緒に歩いた。
この子はいつも私が朝まだ暗い時間にランニングへ行くときによく会うのですが、最初はとても警戒していて近づくことすら許してもらえませんでした。一応飼い主さんはいるようですが、首輪も無く一日中外で暮らしているようです。
毎日会うわけではありませんので、たまに会うと挨拶したり、しゃがんで手を差し出してみたりしながら私を認識してもらって、(食べ物はあたえていません)初めて体を触らせてくれたのは一年以上経ってからだったと思います。(もう何年も前の話です)
とても嬉しかった。
今は会うと必ずよしよしと撫でさせてくれます。
🐈「なんや、こいつか、こんなくらいじかんからうろつきよってからに、まぁ、ひまやしなでさしといたろか」
って思ってくれていると思います。
性別は不明です。(たぶん女の子)
今朝は行きにも会って、でもその時は手だけ振って通り過ぎたんだけど、帰りにも違う道で会ったから、そばに行くと、めずらしく鳴きながら近寄ってきてくれて、私が立ち止まると足にすりすりしてくれました。そのまま歩き出したので私も少し後をゆっくり歩き、私がカメラを向けて足を止めようとするたびに、少し鳴きながら立ち止まって、
🐈「なんでとまるの、はよついてきてゆうのに」
って言ってくれた。
ずっと外にいる子だけど自分(猫🐈)の家の横まで案内
してくれて、到着すると私を見上げてまた足にすり寄ってくれた。
なんだかいつもより優しくしてくれたような気がして、情緒不安定な私の心から涙がぼろぼろと溢れた。
猫優し 慈雨の心に 四葩咲く

花弁が四枚あることらしいです。
俳句では夏の季語として使えるんですよ。


初春・仲春・晩春などです。
三春といって春を通して使える季語もあります。



やっぱり濡れてる方が色気があって好きです。

今日じゃないよ、いつかの。

