【ショートショート】年末のスーパー・マーケット
子連れ、カップル、独り身と様々な人間がこの地に集合していた。寿司、あるいはオードブルを求め、電子音にアレンジされた第九を耳に流されながら、往復をしていた。雪を外で踏みしめていた人もいるのか、床は滑りやすいらしく、看板で注意が呼びかけられている。
第九、ざわめき、宣伝のBGMに支配されたスーパーを私はゆっくり歩く。緑のプラスチックでできたカゴはまだ底が見える。周りの人のカゴやカートには親戚分もあるのか大きなパック寿司が二個入っていたり、「1キロ」と書かれたパッケージの餅が見えたりした。なんとなく、周りと自分のカゴを比べ、目を細めてから炭酸飲料の大きなペットボトルを突っ込んだ。
スーパーという空間は、奇妙でいて普遍だ。他の客の姿に流され買うことはあるが、多くの人は同行者以外に話しかけることはない。レジについても、「シールつけましょうか?」とか「年齢確認をお願いします」と機械的な会話でしか他人と話さず気づけば退店している。多くのコミュニティが孤立している。
じいじ、ばあばと子供と、お母さんとお父さんと幼児と少年と、一人の中年と、それぞれは全く関わらない。そもそも関りを求めに来ているわけじゃない。しかし、なぜか私は不思議な寂しさと懐かしさを感じている。
ぴくりと瞬きをした。そういえば、今年ぐらいは帰ってきてと母からメールが来ていた。私はそれを忙しいからと、声すら聴かせずにメールだけ返していた。このスーパーには知らない人の母の声があふれているのに、私は私の母の声をしばらく聴いていない。
「そんなに買って食べきれるの?」「蟹は高いからダメ」様々な母が様々な家族と触れ合っている。それでまた母を思い出す。私の母は今どうしているだろう。父と一緒に買い出しに行っているだろうか。父が餅をカゴに入れたら、鏡開きの分もあるからと少ない量の方に入れ替えているだろうか。両親も第九を聴いているだろうか。
意味もなく童心に戻り、母によく、ねだった飴を一つカゴに入れた。飴のパッケージはいつの間にか別のデザインに変わっていてまた切なくなる。スーパーのタイルの色を見つめた。
いつもより多く詰めたカゴを持ち、レジの列に並ぶ。レジ横のお菓子を眺めている。カゴの重さは吹っ飛んでいた。そうして、レジ打ちの人に「カードで」と言い、袋に詰め、自動ドアを出た。
「もしもし。母さん? うん。今年もやっぱり無理。でもね、母さんの声久々に聴きたくなった。ああ、父さんの声もね。来年は行くから。今度こそ一緒に買い出し行こう」
ケータイを耳に当て、母の声を聴いた。スーパーのざわめきのどれにもない母の暖かい声だ。
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なんか面白そうなのでオンにしてみましたが、一切銀行だのなんだのに連携してないから虚空にチップが行くと思います。