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放送大学の学部の面接授業の振り返り、(’15-’26年)をまとめてみました


(今日の記事も、上記にある、いつもの自分のAmebaブログ記事からの転用になりますが、一部を書き換えております。)

このnoteでは、日々、書いているAmebaブログから、まとめ的に記録として、あとで見返すために書いています。

結果的に、ここ数年は、放送大学ネタが頻繁に書いている形になります。
放送大学の面接授業の内容が面白さを、皆さんにお伝えしたいことであると同時に、
また、未来の自分が読み返すための備忘録としてせっせと書いていることになっております。

この’26年第1学期も、史上最多の6つも面接授業へ行って、しかもその内、3つの遠征宿泊は、愛媛、福島、北海道と初めての場所でしたし、
泊まりのない近畿圏でも、滋賀学習センターは初めての場所でしたから、大いにドキドキさせられました。笑

で、過去の数年分の、面接授業をまとめて、一覧にしたくなりました。
受けた授業の年度や先生の名前があやふやになってきたので、もったいないと思ったからです。
記憶は正確じゃないと、人に話せませんしね。

以下、メモアプリをスクショしての転用画像です。
見にくい場合はお許しください。

*    *    *    *    *    *

🔻放送大学・面接授業の記録 (’15−26年)

丸数字は、1学期か2学期かの区別です。
下に行くほど、過去の降順です。

A、この’26年1学期の、6つ受講

過去の他の年と比較すると、いかに突出して多いかがよくわかります。
まだ2学期は、受講もいくつ当選するかの受講数も決定していませんしね。

この第1学期の6つの授業は、どれも面白く、遠征・宿泊科目はどれも当たりでした。
ますます、面接授業を受けることが日々の楽しみになっております。
(でも、5月下旬-6月に4つは、いくら何でも入れすぎて、アップアップでした。反省)


B、1学期が3つ希望で3つ当選/2学期が4つ希望で、うち「文楽」が1つ落選

今まで、避けてきた絵画の実技系の授業や、ラジオ番組制作なども体験する。ライブWEB授業も初体験で宮本陽一郎先生の大ファンになる、面白かった。

C、1学期が3つ希望して、ライブ「資産運用」が初の落選体験。「知恵」を追加受講で当たり
  /2学期が4つ希望で、「文芸創作」と「落語」が落選。「落語」「能」の2つを追加当選

この第2学期に、落語と能楽の見学体験の授業を初受講。こうした体験型が受けられるのが放送大学の隠れた面白さだと思います。
この年は、大阪学習センターの平日の企画授業にもいくつか参加しました。

D、1学期が2つ希望で当選も、「中上健次」が先生の都合で休講。/2学期が3つ希望で全部当選。
 希望数が少ないこともあり、ここまで落選経験なし。また、山口で初の遠征・宿泊スク。
(これで、予想通り、遠征・宿泊しないという自己縛りは消滅する。笑)

E、この時は上のA-Dと違い、科目履修生だった。

放送授業で資格に必要なものを受講した際に、ついでに、面接授業を初受講した。
この1学期に「法廷」以外に「フィールドワークと人類学入門」も当選するが、仕事優先で自主欠席。
これがトラウマになっているかな。
            
            
以上、振り返ると、もう忘れていることも多く、記憶違いもありました。
途中で、’23年第2学期あたりからか、放送大学の規定変更で、無理して放送授業を取らなくて良くなりました。
じゃあ、面接授業ばかりで残りを取って、在籍年ギリギリで卒業しようと画策します。

つい、この前の’25年あたりまで、希望数が3-4で、落選しないように気をつけていました。
また、できるだけ近畿圏にとどめ、宿泊や旅費の節約での縛りを自分にかけていたんですね。
 
僕は、この放送大学への入学以前に、東洋通信や慶應通信、放送大学大学院の正課生を経験してきて、
東京への遠征スクーリングも数多く経験してきたので、逆に、この放送大学の学部では極力、お金を使いたくなかったんですね。笑

今では、縛りは消失。
(これは予想通り。だから、縛りをかけていた。草www ( ◠‿◠ ) )
北海道まで遠征するようになっていまい、日本国中どこでも行く心づもりです。

実際、もう完全に、面接授業無しでは生きられない身体になっています。
’22年の時代までは、正規の勤めがあって、土日も潰れるので、自由度が皆無だったんですね。
’23年度からのリタイヤには、面接授業を自由に受講したい、というのも辞める理由の一つでした。
(メインは、小説創作を思いっきりしたいでしたが)

今では、息をするのと同じくらい、遠征するのが当たり前で、面接授業が生活の中で必須のものだから、
それを縛ろうと思えたこと自体が、今の自分からは全く信じられないです。

でも、そう思い始めたことに無自覚な段階だった’23年からでも、まだ3年しか経っていない、
はっきりと自覚できた’24年からです。
それだと、わずか2年前なんですね。

人の考えは面白さを見つければ、変わる。
変わればすっかり変わるものなんですよ。

だから、小説創作の感覚も大きく変われる、と信じたいです。
昨日までの自分と、全く別の自分にね。

外部の手助けと、既存感覚へ積み重ねられる変容のキッカケが、新たに得られたならば。
そのための強力なツールが、今まで受けた、そしてこれから受ける数々の面接授業だ、と僕は思っています。

はたして、6年後のまた修業期限ギリギリで、今の教育と心理コースを卒業しても、継続入学しないで我慢できるか。
正直、僕には自信が全くありません。笑

学ぶことが、生きることとイコールになっているので。

(今回のこの記事、作成に4時間以上、かけました。
 メモアプリに表を作るところから始めて、スクショもして、フォトショップで切り取って、と大変でした)
            

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