【地域の話】「社会を変える」というテーマで見落としがちなこと#378
皆様、こんにちは。
佐伯です。
今日はバタフライピーの木を休ませる日なのでデスクワークと役所での手続きなどバタバタと過ごしているところです。
ちょっと今日は大きめなテーマでタイトルで書いてみました。
というのも前職の市役所勤めをしていた時に良く「社会を変える」や「暮らしを変える」というフレーズを良く目にしました。
先日の選挙でも各政党の候補者の方々が思い思いの政策やご自身が考える社会課題について弁論を述べ、その上で今日の結果に至りました。
しかし、実にふわっとしているのが「社会を変える」や「暮らしを変える」と言うのは具体的にどういったことを指すのでしょうか?
社会という大きなサラダボールには沢山の激辛な問題があります。
不平等な社会保障費、インフレにも関わらず賃金が上がらない、人手不足、少子高齢化、良くメディアで取り上げられるのはこう言った内容でしょう。
しかし、実際にはもっと細かな問題があります。
例えば私が取り組んでいる障がい者の雇用と賃金の問題、他には学校や職場でのいじめや子供や高齢者、自分自身へのネグレクト、そしてハラスメントの問題、若者の流出などです。
それはもう、星の数だけ解決すべき問題があります。
ではこれらの星の数だけある問題のどれを解決すれば社会や暮らしが良くなるのでしょうか?
一つは問題と感じている人の最大公約数が多い問題に注力することでしょう。
ですが、民主主義の弊害ですが数が多い層程要望が通りやすいです。
なので役所や政治は最大公約数の多い問題の解決に注力しながらも、少数派の意見も聞くバランス感覚が非常に求められます。
そして、次に大事なのはその問題にコミットするリソースと、その後得られるリターンの計算です。
個人的には役所がもっとも苦手とするところはこの点だと思います。
理由は明確で単年度会計かつ異動期間が余りにも短いからです。
つまり10年、20年後を見据えた計画を立てて実行する体制で無いという点です。
この点を補完するのが民間の役割なのかと最近では良く感じるようになりました。
付き合いのある社長さんが子供達に本物の木材に触って遊んで欲しいと年3回ほど合板でない本物の木材(しかも100万円程!)を自費で支払って用意している方もいます。
素晴らしいことだと感じます。
子ども達は本物の木材を知る経験ができるからです。
この活動が芽吹くのはおそらく10年、20年後でしょう。
実際、私も子供たちを招いて植栽のイベントなどを開催しますがコロナ禍の影響か自然に触れることを酷く怖がる子が一定数います。
「土は汚い、外にはばい菌がたくさんいる」
既に「コロナは終わった」のような雰囲気で私たち大人は過ごしていますが、子ども達にとってはまだ続いていることがわかります。
「社会を良くする」「暮らしを良くする」と喧伝するのは結構なことですが、その下には無数の名もなき問題が埋まっています。
それらを皆で力を合わせて「私はこの問題に取り組みます」「僕はこの問題に取り組みます」と一人一人が向き合っていかなければ決して社会や暮らしは良くならないと思います。
兎角私たちは強いリーダーや頼れる英雄を求めがちですが、どれだけ影響力の小さい個人であったとしても社会を動かすプレイヤーであることを意識すればきっと明日は今日より良くなると考えます。
それでは皆様、ご機嫌よう。

