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真性S女 アトリエ・エス と行く万葉のたび

第七十二回 あの世への入り口篇

真性S女 アトリエ・エス と行く万葉のたび、本日も夏の納涼企画です。
どこにでも、そう、皆様方のすぐ近くにもある、普段は意識することもない、その場所を訪ねてみましょう。

あの世の入り口…
万葉時代は何故か、湧き水の脇のヤマブキが茂ってる場所がそうだといわれてましてね。
巻二158に以下のような歌があります。

山振の 立ち儀ひたる 山淸水 酌みに行かめど 道の知らなく

左注に、
紀に曰はく、七年戊寅の夏四月丁亥の朔の癸巳、十市皇女卒然に病発りて宮の中に薨りましき、といへり。
とあります。
即ちこの歌は挽歌、高市皇子が十市皇女を葬る際に詠んだ三首の歌の、一番最後になります。

先に人物の説明をしてしまいましょう。
高市皇子。天武天皇の長男です。
他の兄弟のようにポアされることもなく、持統天皇時代の太政大臣としてその生涯を全うしました。
その高市皇子の異母姉が十市皇女、姉というんだから父は同じ天武天皇、母があの額田王です。
この姉弟は仲がよかったようで、俎上の歌があります。

お待たせ。先程の種明かしです。
山振はヤマブキ、でその黄、山清水の泉、足し算の答えは『黄泉』でした。
即ち、黄色いヤマブキが周りを飾ってる山の清水を汲みに行きたい、裏に込めた意味は黄泉の国まで姉ちゃんを訪ねていきたいけど、道が分からないよ、と嘆いてるという事です。
うーん、情景に込めた情熱。

ここでまた歌とは素晴らしくも恐ろしいものですねえ、と改めて思うのです。
現在こうして、アトリエ・エスこと齋藤杏花 (さいとうあんな) 中の人が、今も狂い咲きで2-3輪花をつけてる庭のヤマブキをみれば、天武天皇7年4月7日**(**678年5月3日)の播州赤穂の地のヤマブキをみた高市皇子と精神を共有する事ができる、当然高市皇子だってとっくも昔、持統天皇10年**(**696年)に死んじまってる、時間も空間も超越する、超弩級のタイムマシン付どこでもドアですわ!
あ、ウチのヤマブキの周りには湧き水はありません、念の為。

でもね。
私は、あの世とこの世って概念、仏教で言うなら此岸vs彼岸て概念は好きませんね。
それよりもですよ。
上橋菜穂子・守り人シリーズにあったサグとナユグの方が好きです。云ってみれば、同じ空間に此岸と彼岸が並存するって考え方…

ということであるなら、歌を通じて古代人と会話できるのと同様に、亡くなった身内といつでも会話する事ができるのです。


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