うつ闘病記(休職123日目)|息子の大怪我で、心が折れた日
前回の記事から、ずいぶん時間が経ってしまいました。
今日で、休職はじまってから123日目だそうです。
あれから3ヶ月。
激動の3ヶ月でした。
ようやく少しずつですが文章を書ける元気が戻ってきたので、今これを書いています。
光が見えてきた師走
酷い不安と焦りに対して11月末に処方された「アルプラゾラム」と「オランザピン」。
私にはかなりの効果がありました。
そのおかげもあって、12月上旬は久しぶりに音楽LIVEにいくなど、日常生活を普通に送れるようになってきていました。
しかし、そう思ったのもつかの間、12月末からまた急激に症状が悪化してしまいました。
きっかけは、毎日服用していた抗うつ薬「エスシタロプラム」の増量と「オランザピン」の減量でした。
12月中旬に主治医から、復職に向けて、もう一段階、状態を上げたいといわれて、上記の変更を提案されました。
今思えば、この時に少し嫌な予感はしていました。
これまでも薬を変更すると決まって体調が悪くなっていたからです。
案の定、薬の変更で、一時的に症状が悪化。
年末年始は、ほとんど布団から起き上がれず、何もできませんでした。
弱り目に祟り目、息子の骨折
「ギャーーーー!!!」
いつもとは少し違う息子の悲鳴に、ギクリとしました。
年明けの1月4日。
翌日からの保育園に備えて、近所の公園でゆっくりと遊ぶはずだった日。
公園の遊具から落ちた息子は肩を骨折してしまいました。
年末年始明けに、大勢の子供達で溢れかえる公園で、一瞬だけ息子を見失ってしまいました。
なぜ、ずっと後ろをついていかなかったのか。
なぜ、大きめの遊具で遊ばせたのか。
なぜ、家でゆっくりせずに公園になど出かけたのか。
頭の中を、グルグルと自責と後悔の念が回っていました。
救急車で近くの病院に運ばれた息子は、幸い翌日の夜には緊急手術を受けることができ、深刻な後遺症は残らないと言われています。
ただこの件をきっかけに、元々落ち気味だった、私のメンタルはどん底まで落ちました。
息子の看病という役割がなかったら、
おそらく私は、生きる理由を見失っていたと思います。
それほど、追い詰められてしまいました。
そこからの2か月間は、どん底のメンタル状態で、骨折しているとはいえ、エネルギーは溢れまくっている4歳の息子との共同生活が始まりました。
その話は、また次の記事で…
※治療内容・薬の変更は、私個人の主治医の判断に基づくものです。他の方に同じ効果が出るとは限りません。治療は必ず医療機関でご相談ください。
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