#私の好きなスポーツ|勝敗を超えて——マンチェスター・ユナイテッドが教えてくれた“ストーリー”の魅力
私は小学生のころから少年サッカーをしていました。
けれど、初めて「観るスポーツ」として心を奪われたのは、中学3年生のとき。
親の仕事の都合でベトナムのインターナショナルスクールに転校したばかりのころでした。
英語の授業で「おでこの紙ゲーム」をしたんです。
クラスメートがそれぞれの額に紙を貼って、そこに書かれた人物を質問を通じて当てるというもの。
私の紙にはこう書かれていました。
“Sir Alex Ferguson”──当時のマンチェスター・ユナイテッド監督、世界的な名将。
でも、当時の私はその名前を知りませんでした。
それどころか、世界最高のリーグとして名高いイングランド・プレミアリーグのチーム名すらほとんど知らなかったのです。
🏫 ベトナムの教室で知った“Sir”の意味
私が答えられずに困っていると、英語の先生がこう教えてくれました。
「彼はイギリス人として初めて、欧州チャンピオンズリーグとリーグ、FAカップの三冠を達成した監督なんだ。その実績が認められて、イギリス王室から爵位を授与された。だから“Sir”がついているんだよ。」
英語の授業で、そんな話が出るなんて。
私は「この人たちにとっては、ごく普通の一般常識なんだ」と感じました。
“Sir”と呼ばれるほど敬われる監督。
そして、その監督が率いているチーム——
私はそのチームがどんなサッカーをするのか、興味が湧きました。
そしてそれが、マンチェスター・ユナイテッドとの最初の出会いでした。
🌱 ロナウドとファーガソンの関係に見た「信じる力」
ちょうどその頃、マンチェスター・ユナイテッドでは、ポルトガルからやってきた若き日のクリスティアーノ・ロナウドがチームで奮闘していました。
ロナウドといえば、後にサッカー史上最多得点を記録し、バロンドールを5回も獲得したスーパースター。
私にとって永遠のアイドルで、サウジアラビアに活躍の場を移した今でも、大好きな選手です。
彼のプレーは、当時から見る人を一瞬で虜にさせる、素晴らしいものでした。
しかし、そんなテクニックに対しても、マンチェスター・ユナイテッドでは、リスクがある場面で披露しようものなら容赦なく先輩から怒号が飛び、ファーガソン監督からも褒められるよりも叱られている場面の方が多かったように見えました。
ファーガソンは、彼に決して特別扱いをしなかったと言います。
未来のスターだろうと、今のスターだろうと、同じように扱う。
結局のところ、その厳しさと愛情が、ロナウドを世界最高の選手へと押し上げたのではないでしょうか。
ロナウドは後にこう語りました。
「ファーガソンは、父のような存在だった。」
マンチェスター・ユナイテッドの哲学のひとつに、こんな言葉があります。
「クラブよりも大きな選手はいない。」
つい、スター選手に目が行きがちな素人サッカーファンとしては、益々興味を惹かれる言葉でした。
✈️ ミュンヘンの悲劇——“クラブの魂”をつないだ人々
その後もユナイテッドを知れば知るほど、その背景にある「ストーリー」に心を動かされていきました。
とりわけ、マンチェスター・ユナイテッドに限らず、全サッカーファンにとって忘れられないのが、1958年の「ミュンヘンの悲劇」ではないでしょうか。
当時黄金時代を迎えていたマンチェスター・ユナイテッドが、初めてイングランド代表として乗り込んだ欧州カップ戦。
準々決勝を見事勝利で飾ったその帰路で、選手とスタッフを乗せた飛行機がミュンヘン空港で離陸に失敗し、23名が命を落としました。
そのうち選手は8名が死亡。重傷者も7名という悲惨さでした。
選手の中には、将来を嘱望されていた若手選手たちも多く含まれていました。
チームは壊滅的な被害を受けましたが、
監督のマット・バスビーは重傷を負いながらも奇跡的に生還し、クラブ再建を誓います。
そして、10年後の1968年、ユナイテッドは再びヨーロッパの頂点に挑戦して、ついに優勝を果たすのです。
“For those we lost, we will never forget.”
(失われた仲間を、決して忘れない)
オールド・トラフォードの外壁には、今もその言葉が刻まれています。
マンチェスター・ユナイテッドというチームは、目の前の勝敗を超えて、「再生の物語」を通じて、サッカーファンに夢と希望を与えてきたのです。
その歴史を知ったとき、私はただのクラブのファンではなく、何か壮大な物語の目撃者になったような不思議な感覚を覚えました。
🏟 オールド・トラフォードで感じた“時間の重さ”
社会人になって初めて訪れたイギリスで、私は念願のマンチェスター・ユナイテッドのホームスタジアム「オールド・トラフォード」(愛称:夢の劇場)を訪れました。
試合観戦そのものも感動的でしたが、心を揺さぶられたのは、スタジアム内にあるミュージアムの展示です。
壁一面に並ぶ古いユニフォーム。
往年のスター選手による言葉の数々。
1958年の事故当時の新聞。
ファーガソン時代のトロフィー。
そして、何より印象的だったのは、そこにいる誰もが"ゆっくりと静かに”それを見つめながら、描かれていたストーリーに魅入っていたことでした。
人々は、勝利の歴史だけではなく、「失われたもの」も同じように記憶している。
それがこのクラブの文化なのだと、肌で感じました。
そして試合直前、ウォーミングアップを指揮していたライアン・ギグス(当時コーチ)が、私の持っていたユニフォームにサインをしてくれた瞬間——
胸の奥で、何かがカチリと音を立てました。
「このクラブを、人生をかけて応援しよう。」
そう思った瞬間でした。
🔴 "好き"のきっかけは人それぞれ
スポーツチームを好きになる理由は人それぞれです。
選手のプレー、チームの強さ、ユニフォームのデザイン——どれも素晴らしい理由です。
私を惹きつけたのは「ストーリー」でした。
敗北や悲劇、そしてそこからの復活。
それを経て築かれてきた哲学や文化。
その積み重ねがストーリーとなり、クラブの魂を形づくっており、そのストーリーがファンを惹きつけるのではないでしょうか。
実際、名将・ファーガソンが退任して以来、マンチェスター・ユナイテッドの成績は芳しくありません。
それでも、レアル・マドリードやバルセロナなどの超強豪と並んで、世界最多のファンを抱えるクラブとされています。
きっとファンの多くは、次の「再生の物語」を信じているのではないでしょうか。
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