”彼ら”の声、届けます。
”彼ら”の声をはっきりと聞けるようになり、”彼ら”と対話できるようになったのは、先々週のことだった。
その日。目が覚めて、まだ夢と現実の境目にいるようなボーッとした状態のまま起き上がったら、寝室のドアに思い切り頭をぶつけてしまった。思わず「痛ぁっ!」と大きな声を出す。
そうしたら、聞こえたのだ。
『こっちだって痛いんですけどっ!勝手にぶつかってきたのは貴方でしょう?』
って。
最初はわけがわからなかった。え?誰かなんか言った?夫の寝言かな?なんて思いながら後ろを振り返る。視線の先には、ベッドで気持ちよさそうに眠っている夫の姿。
うちの夫はよく寝言を言う。この前も、大きな虫に襲われる夢を見たとかで夜中にいきなり叫び出し、私はびっくりして跳び起きた。だからこの時も、また夫の寝言だろうと思い、さほど気にしてはいなかった。
二回目は朝食の準備中。玉子を冷蔵庫から取り出して、お尻でボンッと扉を閉めた時のこと。『もう少し丁寧に閉めてもらいたいんだけどナァ。』という声が聞こえた。
ん?今、冷蔵庫が喋った?と思いながらも、そんなことを気にしている余裕など朝にない。さっさと朝食を作って家族に食べさせ、身支度をさせ、夫と子供を仕事や学校に向かわせなければならない。タイムリミットは刻々と迫っているのだ。
バタバタと動いているうちに、夫が出勤、続いて子供が登校し、私は一人家にぽつんと残される。
ふぅ、とリビングでため息をつき、さぁここから一気に洗濯と掃除だわと思っていたら、『もしもし』と三回目の声が聞こえた。
「……だれ?」
私はおそるおそる周りを見渡す。今日は朝から、何かの声がするなと思ってはいたけれど、それがまさか。
『あ、えっと、テレビです。』
人でも幽霊でも無いなんて。
+*+
テレビですと言われ、私は、リビングで朝のワイドショー番組を流し続けている彼女(女性っぽい声色だったので彼女と表記した)のほうを見た。テレビは『よかったぁ、気付いてもらえた。』と安堵した後、『そろそろ電源消してもらっていいですかぁ?昨夜、旦那さんが遅くまでネットフ〇ックス見ていたこともあって、あまり寝れてないんですよ。そろそろ一回休まないと、お肌が荒れちゃう。でもあのドラマ、面白いですよね。私もついつい一緒になって見ちゃいましたよ。』などと言った。
テレビのお肌が荒れるというのはどういうことだ、とか、テレビがどうやって自分の画面に流してるドラマを見るんだ、とか、今なら色々と疑問に思うが、その時の私は反射的に、「あぁはい、すみません。」と言って、テレビのリモコンをピッと押した。
ほどなくして、あれ?私今、テレビと喋ったの?と、我に返る。
おいおいおいおい、とうとうイカレちまったなぁ。専業主婦歴十数年。親しいママ友もおらず、会話をする相手は主に家族。たまにスーパーや八百屋などで店員さんと当たり障りのない会話ができただけでほくほくしてしまうこの私。とうとうその人恋しさから幻聴が聞こえるようになってしまったか、と落胆する。
やっぱり子供が小学校に上がったあたりのタイミングでパートにでも出るべきだったんだ!接客苦手だからなんて言ってないで、近くのドラッグストアに面接を受けに行くべきだったんだ!あーあーあーあーあー。
……等と思いながら、自分の頭をポカポカ小突いていたら、『おい、やめろってば!』と、また家のどこからか声がした。今度の声の主はどうやらノートパソコンらしい。もうどうにでもなれ、どうせ私はぼっちの専業主婦や、と半ばヤケクソになりながら、「なによぅ!」と返事をする。
『幻聴なんかじゃないからな。現実だからな。』
ノートパソコンが言った。
『家電だったり家具だったり文具だったりなぁ、俺たち”モノ”だって、たまには喋ってんだよ。基本的には無口だけどな。それでいて、喋っていたとしても、その言葉を聞けるような人間はそうそういないけどな。』
「じゃあなんで私は聞こえるようになっちゃったのよ!しかも急に!怖いよ!頭おかしくなっちゃったんじゃないかって思うのが普通でしょう?」
ある日いきなり”モノ”の声が聞こえるようになってました~、なんて、ドラマや小説じゃあるまいし。しかも、私みたいな一般の、どこにでもいるような専業主婦にそんなことが起こるだなんて考えられない。
『まあ確かに、急に聞こえるようにしてしまったのは申し訳なかった。』
「ってことは、誰かが意図的に、私に”モノ”の声を聞こえるようにしたってこと?」
『そうだ。』
ノートパソコンが答えた。
『俺たち”モノ”は、ここ最近、人間たちに怒ってたんだ。”モノ”を乱暴に扱ったり、こまめに手入れしなかったり、そのくせ壊れたら文句を言う。”使い捨て”とか言って、簡単に俺たちを捨てる。まあ、使ってもらえるだけまだマシかもな。買っただけで満足して、一度も人間に使われることなく箪笥の肥やしになってるような可哀想な仲間もいるんだから。』
それを聞いて、私はぎくりとした。何年か前にAmaz〇nで買った腹筋ローラーやダイエットサプリが、今も押し入れの中で眠っているはずだ。使ってもらえないことへの恨み辛みを語る彼らを想像してしまい、心の中でごめんね、と謝る。
『少し前から、持続可能な未来のために!って言って、SDGsとかいうのが出てきたじゃんか。その時に、俺たち”モノ”はちょっと期待したわけだ。あぁ、これで人間たちが今ある”モノ”をもっと長く大切に使おうとしてくれる、って。でも蓋を開けてみたらどうだ?”SDGsに特化した商品です!”とか言って、また新たに何かを買わせようとする企業が出てきたりして、しかもそれを何も考えずにファッション感覚で買う奴らの多いこと多いこと。新たな商品を作ること、買うことが悪いって言ってるわけじゃない。持続可能な社会のために必要なそれらは勿論ある。でも、今既に持ってたり、まだ使えるものがあるのに、次から次へと買い続けることって、その分使われない”モノ”が増えるってことだぜ。勿論ゴミもな。』
「なるほど。」
”彼ら”がそんなことを考えていたなんて、ちょっと意外だった。
『で、な。お前が俺たちの声を聞こえるようになったのには理由がある。」
「理由?」
そう言われ、私の心は一瞬ウキッとした。もしかしてそれは、私が特別な能力を持っている、選ばれし者とかなんじゃないかしら!前世では霊能力者だったとか!スピリチュアル界隈でよく言われているスターシードだとか!
『そんな大層な理由じゃないぞ。選民思想やめろ。』
「え……モノって人間の思考まで読めたりするものなの?(汗)」
やれやれといった調子で、彼が続ける。
『お前、暇だろう?』
「なっ。失礼な!」
図星かつ直球すぎてイラッとした。確かに専業主婦の私は、兼業主婦の友人と比べたら日々の時間に余裕のあるほうだ。小学生の子供もすくすくと成長しており、だいぶ手が離れつつある。親や義実家の介護問題もなし。特にこれといった悩みもなし。なんとも有難い人生である。だからまあ、暇と言われたら暇なのだけれど。
『それでいて、noteのアカウントを持っているな?』
「持ってるけど、そんなことまで知ってるの?」
『いや、だって俺、ノートパソコンだし。』
「……そうでした。で、noteがどうしたって?」
『noteでは今、創作大賞2025というコンテストが開催中だ。応募期間は7月22日まで。まだ期限に余裕がある。この出来事を文章にして、そのコンテストに応募しろ。コンテストに応募すれば、多少なりとも他の人の目にとまる。俺たちにも感情や思考があることをわかってもらえる機会が少しは増える。期間内になんとか書ききれそう(暇な時間がありそう)で、ある程度書くネタに飢えている奴としてお前が選ばれた。そう、ネタを与えてやったんだ。有難く思え。てことで書け。今すぐ書け。早う書け。』
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というわけで、私は今、この記事を書いている。
”彼ら”が主張したいことは「物を大切にして欲しい」ということ。
そして、「物にも感情や思考がある」ということ。
因みに”彼ら”の声は、聞いてみようと思えば案外簡単に聞こえるものだそう。ただ、現代人は忙しいし、ゆっくり過ごす時間があまりに少ない。それでいて、スマホなどの画面ばかり見ているため、周りの音や声に耳を傾けられなくなっている。よって、その声が聞こえにくくなってしまっているとかいないとか。
逆に、私は日に日に声を聞けるようになってきてしまって、最近ではSNSの投稿にもそれが現れたりするから厄介だ。例えば、「洗濯機の調子が悪い。むかつく!買い換える金なんてねぇ!」と苛立っている投稿のすぐ近くに、その洗濯機の気持ちが綴られたポストが見えたりする。(その時は『あぁは言ってますけど、使う側にも問題がありますよ。衣服詰め込みすぎだし。柔軟剤入れすぎだし、排水口の掃除してくれないし。』という内容のポストだった)
”モノ”も不満や言い分ばかり言っているわけではなく、『大切に使ってくれてありがとう。』『綺麗にしてくれてありがとう。』と、時に感謝を伝えてくることもある。”モノ”は基本的に無口だが、感情がネガティブ(不満や言い分)かポジティブ(感謝)かに振り切った時に言葉を発しているように思う。
”モノ”の声が多く聞こえるようになると、流石に日々が騒がしく、一人で過ごしていても常に誰かから(”モノ”から)監視されているような気分になり落ち着かない。
ノートパソコンの彼曰く、記事を通して多くの人々に”彼ら”の声を届けることができれば、私のこの症状は少しずつ治まっていくらしい。
この記事を投稿することには抵抗があったけれど、流石に声の多さに耐えられなくなってきたため、本日記事を公開することに決めた。
”彼ら”の声が多くの人に届きますように。
そして、私に穏やかな日常が戻ってきますように!
