見出し画像

三位一体

 ロンドンブーツ1号2号の亮さんをきっかけに心と体のつながりをよく考えています。心というものは、脳のことかなと思います。そう言う風に今までは考えていました。

 人間はある意味雑にできていて、何かを簡単に思い込んだり、信じたり、記憶を勝手に作り変えたり、曖昧なものにしたり、それが本当だと思い込んだり、割と騙されやすく、騙しやすく、適当にできているのかなと思っています。なので、自分がこう思うとか、これは絶対そうだとかそういうことはあまり思わないようにしています。

 自分の記憶とかそういうものも、信用しすぎないようにしています。感情の移り変わりとか、そういうものも、そうなるようにできていると思っているので、わりと考え方としてはドライな方だと思っています。でもその思いももしかしたら思い込みかもしれないですし、そう思っているだけで本当は思っていないのかもとも思うようにもしています。そしてそれも思い込みかも知れません。

 脳みそは、自分が身体の中で一番偉いと思っているみたいで自分が命令しないと身体は動かないだろうと思っていると何かの本に書いてありました。なので何か自分の身体で変化が起こった時は脳がそういうふうに命令しているのかなと捉えるようにもしていました。

 そんな中、最近では、ちょっと違うことを考えています。人間を形成するものとしては脳と身体だけだと思っていたのですが、その他にもう1つ、別の何かがあるとしたらどうだろうということを考えるようになりました。それは一般的に言う心みたいなものというか、魂みたいなものというか、そういうものが、仮に脳と身体とは別にあったとしたらどうかということを、考えているのです。

 脳と体と魂、この3つが同じ方向に向かっているときは、それはとてもいい状態だと思うのですが、例えばうつ病などになってしまうときは、どういうことが起こっているのかということを、仮に魂があるとして考えてみたりもしています。

 その場合、例えば脳は仕事に行きたくないと身体に命令を出す。そうすると身体も動かない。身体の動きも鈍い。しかし、それでも無理やり仕事に行くのは、脳と身体を魂が無理やり動かしているからじゃないかなと思うのです。その魂の方向性と脳と体の方向性の矢印が逆を向いて大きくなって一定の距離を超えた時に、魂がシャットダウンして、うつ病になってしまうんじゃないかなと最近はそんなことを考えているのです。すべて架空の話ですが。

 こんな風に考えるようになったきっかけが冒頭にも書いたロンドンブーツ1号2号の亮さんのことです。これは勝手な推測で大変、申し訳ないのですが、おそらく亮さん闇営業問題以降、少し鬱っぽくなってしまったのではないかなと感じているのです。

 その原因はにさっきの構図が当てはまるんじゃないかなと考えているのです。おそらく亮さんは今まで1つ信念として、絶対に嘘はつかないというのがあったんじゃないかなと思います。なかったらすみません。

 その信念を元に今までずっと生きてきた。そしてそれを守ってきた。しかし、あの闇営業問題で何か社会の圧力が働き、亮さんはその信念を折り曲げてしまった。魂が引きちぎられてしまったんじゃないかなと思うのです。

 
 何らかの強い外的要因で脳が嘘をつくように命令を出してしまう。そして体がそっちの方に向いてしまう。脳と体はそちらの方に行ってしまう。しかしそれを信念で食い止める。魂がそれを食い止める。今までは嘘をつきそうになったとしても魂がそれを食い止めてきた。

 しかし今回はそれが食い止められないほど大きな力が脳と体に働いてしまって、ついに魂を負かしてしまった。魂がシャットダウンした。それで亮さんは、鬱っぽくなってしまったのではないかなと思うのです。

 淳さんはおそらく、あの問題があった後でも、問題自体が解決すれば、亮さんは元通りになると多分思っていたんじゃないかなと思います。

 しかし、一度壊れてしまったものは完全に元の状態には戻らなかった。Youtubeで亮さんは、前と同じようにはいかない、と確か言っていました。そういうことなんじゃないかなと思うのです。

 では、こういう風に魂が引きちぎられて壊れてしまった場合、どうやったら修復ができるのでしょうか。

 それは時間というものもあるとは思いますが、私が思うに壊れてしまったものは、壊してしまったものでしか修復できないんじゃないかなと思うわけです。

 例えば、人間関係で壊れてしまった魂は、人間関係でしか修復できないんじゃないかなと思うのです。

 圧力にあってシャットダウンしてしまった亮さんの魂は、同じ圧力でしか治せないんじゃないかなと思うのです。また、それは治ったとしても、同じ形にはならないとはならないんじゃないかなと思います。しかし、前よりももっと良くなる場合もあるし、前とは同じではないかもしれないけれど、別のもっといいものになる可能性もあると思います。
 
 このような仕組みが脳と体と魂の間に相互に働いていて、何か、普段は当然バラバラに矢印が行くこともあるし、1つだけ別の方向を向くときもありますが、そこの距離はある程度一定で、どちらかに引っ張ったり、引っ張られたりしながら、生活していると思います。

 しかしその距離がある一定を超えて3つの内どれが一つが離れてしまうと、鬱っぽくなってしまうんじゃないかなと思うのです。

 例えば、身体がダメになってしまって、脳と魂の行きたい方向に身体が向かない、むしろ逆になってしまう。そこの距離が開いてしまうと鬱っぽくなる。

 魂と体が行きたい方向があっても、脳がそれとは逆の方向に指示を出す。その距離がある一定を超えると鬱っぽくなる。

 魂が行きたがってる方向と、脳と体が行きたがってる方向が逆になって、その距離が一定を超えてしまうと鬱っぽくなる。

 そういうことが、パターンとして、あるのではないかと考えているのです。

 そして私はこういうことを考えながら、何を一体私は考えているのだと途中で思うのです。こういう意味もないことを考えて何になるというのでしょうか。

 今回はこまつさんという整体師の方のこういうテーマがありましたので、私が意味もなく考えて、人に言ったって仕方がないことを書いてしまいました。ただの架空の考えをそのまま出しました。すいません。

 こちらがこまつさん

 企画ありがとうございました!

 人は同じような内容のこと繰り返しずっと考える癖があるみたいなので、その考えを一旦外に出すと、スペースが空いていいかな思います。今回は一回これを外に出しましたので、私はもうあんまり、このことについては考えることはなくなるかもしれません。でも、それはそれでいいのかもしれません。

 以上です。ここまで読んでいただきありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!