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偽善者の隣で少年は5メートル飛んだ

厄介なウイルスにより、人々が移動する自由を奪われて久しい。

思い立てばすぐに選択出来たはずの自由がとても大切だった事を、多くの人が実感している。
そんな時ほど過去に出会った人達を思い出してしまうし、当時の記憶を脳内で辿る事が多くなった。

少年は今、どうしているだろうか。

僕がケツの青い駆け出しから少し生意気になった頃、アジアで仕事をする機会が増えた。
初めて訪れた国では大体、相応のもてなしを受ける。

その多くは酒宴であり、現地で仕事が終わった後に街の中心部に向かい、夜飯を食べる。

もてなされ方は様々で、ゲストが酔い潰れるまでホテルに帰してくれない国、郷土料理を出してくれる国、珍しい料理を出してくれる国、高級なお店に連れて行ってくれる国、ローカルで庶民的なお店に招待してくれる国。
ここでいう国とはつまりホストの事なんだけど、とにかく色んな料理と人達がいた。

アジアの繁華街で見るのは、店の軒先にアルミテーブルとプラスチックの椅子を出し、外で酒を飲むスタイル。
オシャレに言えばテラスとも言うけど、屋台と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。

ある日、僕はその日初めて逢ったホストにディナーに誘われた。
さっき書いた中でいえば、それはローカルで庶民的なレストランだった。

路上に出されたテーブルは熱帯気候のせいで少しベタベタしていて、プラスチックの椅子も斜めになった歩道のせいでバランスが悪かった。

ホストは全部で4人いて、ゲストは僕だけだった。

アルコールが入る度、仕事や色んな話題で盛り上がる。

そんな時、ひとりの少年がこちらに歩いてきた。
見るからにまだ幼い少年だ。

彼はプロ野球でいう売り子さんの様な肩かけテーブルを使い、そこにはたくさんのガムやフリスクの様な物が並んでいた。

そして彼は、僕とホストを遮るような形で、僕にガムを勧めてきていた。
こんな光景自体はアジアに旅行した事がある人なら、然程珍しい光景では無いと思う。

勝手な想像だけど僕が思うには、こういうのって日本人が一番断りづらいのでは無いかと思う。
売り子は決まって10代位の少年少女で、これが変な同情も誘うし、余計に断りづらい。

だが一度買ってクセになり何度も来られたらきっと困るし、おそらくその稼ぎもその子達には届かないんだろう。

ホスト側の1人が、如何にも響きがキツそうな現地の言葉で、あっちに行けとジェスチャーした。

僕は心の中で少しホッとながら、また話を続けた。
どのくらいが経過したかは覚えていないけど、少年の事などすっかり忘れ、彼らと色んな話で盛り上がった。

ある程度の時間が経過した時、件の少年がまた僕の前を遮る形でお菓子を勧めにきた来たその時だった。

ホスト側にいた一番怖そうなスタッフが、いきなり何も言わず彼の頬を思い切り張り手したのだ。

張り手でこんな音が鳴るのかと思う位の音がした。

彼はテーブルから5メートルはすっ飛び、持っていた売り物のガムやお菓子が路上に派手に散乱した。

何が起きたのかすら分からないほど一瞬の出来事で、びっくりして目を閉じて開けたら、そこに彼が倒れていた。

その一番怖そうなスタッフは怒号をあげ、少年を追いやった。

僕はその時、咄嗟にスタッフを止めようとした。

いや、正確には止めようとはしたが、止めなかった。

瞬時に脳内では色んな考えが浮かび、初めて訪れた国である事、その国の慣習すらもさっぱりわかっていなかったので、余計な手出しをする事で、何かコトがさらにややこしくなるのでは無いかと思った。

倒された彼は泣きもせず、無表情のまま黙って路上に散乱したお菓子を丁寧に拾い、そして本当に何事も無かったかのように立ち上がり、20メートル先のテーブルに行き、そこでまたガムを勧めた。

そこで君はまた張り手を食らうかもしれない。
そこで君はまた痛い思いをするかもしれない。
それでも彼は表情1つ変えず、お菓子を売った。

それを人は”強さ”と呼ぶのだろうか。
ここで間違っているのは一体、誰なんだ。
生きて行く事とは、こんなにも厳しいのだろうか。

せめて君がそこで泣いてくれたならよかったのに。

ただそこで黙って何も言えなかった偽善者は、いつかの少年を思い出す。

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