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春樹と美桜|ほころぶ


広報部のデスクは、

午後になると少し眠くなる。

校正待ちの原稿、色校、付箋だらけのモニター。


美桜はマウスを動かしながら、

ふと手を止めた。

(……あ)

理由はない。

強いて言えば、思い出した。

昨日、玄関で靴を履くとき。

春樹さんが、いつもより一瞬だけ近くて、

でも何も言わずに少し下がったこと。


触れない距離なのに、

「触らない」って選択がはっきりしてた。

(あれ、前は“気を使ってる”感じだったけど……)

気を使われている、じゃない。

大事にされてる、の方だ。


その違いに気づいた瞬間、

胸の奥がくすぐったくなって、

思わず口元を押さえる。

(……なにこれ)

画面に戻ろうとしても、

今度は春樹さんがネクタイを緩める姿とか、

名前を呼ぶときの声の低さとか、

どうでもいいはずの断片が、次々浮かぶ。


気づいたら、にやっとしていた。


「月岡さん、なんかいいことあった?」

同僚の声に、びくっとして顔を上げる。

「えっ?……な、なにも?」

否定しきれない。

でも説明もできない。

ただ、確信だけはある。


(ああ、これ……)

春樹さん、

ちゃんと好きになってる。


しかもそれを、

無意識で行動に出し始めてる。


美桜は画面に向き直りながら、

小さく息を吐いた。

(……嬉しいな)

自分で気づいてしまったことが、

少しだけ楽しくて。

そして、

今夜きっと、また確かめたくなる。


マウスを動かしながら、

美桜は一人、こっそりにやにやしていた。




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