雑食リスナーのデノン AH-D5200試聴
普段はクラシックからヒップホップまで、ジャンルを決めずに聴く「雑食系」のリスナーです。大学では音楽学を専攻し、いまはクラシックのピアノに関わる仕事をしています。ピアノ教育の団体で「ピティナ・ピアノ曲事典」というウェブサイトを24年ほど作り続けており、ピアノ教育やクラシック音楽の関係者に使っていただいています。
音楽を聴くのは自宅で気が向いたときにオーディオで、というのが多いのですが、いっぽうで録音に携わる仕事も少なくないので、ヘッドフォンはむしろ仕事の道具という感覚があります。普段使っているのは他ブランドの定番スタジオ用モニターヘッドフォンで、聴くのはほとんどがピアノですが、息抜きにいろいろな曲を流すこともあります。そのようなわけで、私はフラットなモニターで音を“点検”する傾向が強いと思います。
そんな私がデノンのAH-D5200で、過去に親しんできた音源を棚卸しするように片端から聴いてみたところ、まず感じたのは、解像度はやや高めなのに攻撃的に音を強調してはこないということでした。細部までよく見えるのに刺々しくはならず、一言でいえば、音楽を「定点観測」できるヘッドフォンだと思いました。同じ目線から、どんなジャンルも分け隔てなく眺められる感覚があります。リラックスして浸ったり、思い入れのある曲にどっぷり没頭したりするには、それに向いた道具が他にあるかもしれませんが、音楽をじっくり観察するように聴くなら、これはとても頼りになる相棒だと感じました。
クラシックでは録音の素性を映し出す
まずはピアノ・ソロ~藤田真央の近作アルバムから、「バッハ トランスクリプション」と、「72 Preludes」に含まれるスクリャービンの前奏曲をいくつか聴きました。
・バッハ・トランスクリプション:
・72 Preludes(スクリャービン収録):
さらに1980年前後のマウリツィオ・ポリーニ演奏のショパンの「エチュード」と、ストラヴィンスキーやウェーベルンとカップリングされたプロコフィエフの「ソナタ第7番」を。
・ショパン:エチュード:
・プロコフィエフ:ソナタ第7番ほか:
室内楽はショスタコーヴィチの弦楽四重奏第15番の「セレナーデ」を、3つのカルテットで聴き比べてみました。個人的な好みは音楽に緊張感があるボロディン四重奏団です。一方このヘッドフォンと相性が良いと感じたのはエマーソンでした。「好きな演奏」と「ヘッドフォンが映える演奏」が必ずしも一致しないのは「定点観測」的と言えるかもしれません。
・ボロディン四重奏団:
・エマーソン弦楽四重奏団:
・ベートーヴェン四重奏団:
ピアノ・ソロや小編成では、近年の録音のほうが全体的に好印象でした。1970年代に多い、硬質で距離感のある録音は、このヘッドフォンだと音がやや攻撃的に転ぶ傾向があります。解像度が高いぶん、録音そのものの素性まで正直に映してしまうのでしょう。
いっぽう1990年代以降、とりわけ藤田真央のような直近の音源では、音に包み込まれるような「抱擁感」が際立ちました。これはヘッドフォンというより、マスタリングの技術や、時代ごとの録音の趣味が変わってきたことによる違いも大きいかもしれません。ただ、AH-D5200がその違いをくっきりと浮き彫りにしてくれることは確かです。
オーケストラ曲では年代による向き不向きはあまり感じず、演奏のキレが良いものほど本機の解像度が活きる印象でした。これは自分の音楽的嗜好との切り分けが難しいところでもあります。
マーラーの6番で下記を聴き比べてみました。テオドール・クルレンツィスやサイモン・ラトルら2000年前後以降の録音と、1967年のレナード・バーンスタイン&ニューヨーク・フィル盤です。
・テオドール・クルレンツィス:
・サイモン・ラトル:
・レナード・バーンスタイン:
近作は音の緻密さによる発見はあるのですが、音楽のキレで圧倒するバーンスタイン&ニューヨーク・フィルが最も魅力的でした。
ジャズを分析的に聴く愉しみを教えてくれる
パット・メセニー&ジャコ・パストリアスの「Bright Size Life」(1976)など、分析的に耳を傾けられるアルバムについては、特に聴いていて楽しいです。
チック・コリアの「Crystal Silence」(アルバム「Return to Forever」)(1972)はジョー・ファレルのソプラノサックスの入りが素晴らしいですが、このヘッドフォンでも艶のある良い音でした。
ジェラルド・クレイトン & MAROの「Just A Dream」は、全体のバランスがちょうどよく、ベストバランスで聴けた気がします。
セシル・マクロリン・サルヴァントの「Le Mal de Vivre」「One Step Ahead」では、こまやかな表情の変化が際立ちました。ボーカルの技巧もよく見せてくれます。
・Le Mal de Vivre:
・One Step Ahead:
ロックはリマスターの違いまで聴き分けられる
今回はプログレッシブロックのキング・クリムゾンのアルバム「Red」やジェントル・ジャイアントを聴き直しました。ジェントル・ジャイアントは何度かリマスターされていて、Spotifyでは1970年代のオリジナルから聴き比べができます。それぞれけっこう違うと感じるのですが、2012年版の「On Reflection」、2023年リマスターの「Design」(アルバム「In'terview」収録)は特に魅力的でした。リマスターごとの表情の違いが聴き分けられる感覚から、「定点観測」の言葉が思い浮かんだ次第です。
・キング・クリムゾン「Red」:
・ジェントル・ジャイアント「On Reflection(2012 Remaster)」:
・ジェントル・ジャイアント「Design」:
ザ・スタイル・カウンシルの「Café Bleu(1984)」のような端正なポップスとも好相性でした。
テクノ/エレクトロニカは、取り扱い注意の没入感
エイフェックス・ツインの「Syro」(2014)は、緻密かつ抒情的なトラック2が良い感じ。
スクエアプッシャーの「ラスボス感」満載の「Steinbolt」(2004)は、今までに経験のない解像度で聴けて新鮮でしたが、3分を過ぎたあたりから酩酊感が出てきて、やや危険を感じました。そもそもヘッドフォンで聴き続けてはいけない種類の音楽な気もしますが、相性が良いとは言えると思います。健康上の理由で取り扱い注意、ということで。
ヒップホップでは「治安の悪さ」を適度な距離を持って愉しめる
ビヨンセ「Diva」(2008)、チャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」(2018)、ケンドリック・ラマー「HUMBLE.」(2017)、ワストン「Money Money(feat. ジン・ドッグ&アナーキー)」(2026)など。威圧的で、いわば「治安が悪い」感じの曲を、少し距離を持って聴ける面白さがありました。音楽の内容の「悪さ」に反して、音楽と音響のクオリティの高さはしっかり伝わってきます。
・ビヨンセ「Diva」:
・チャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」:
・ケンドリック・ラマー「HUMBLE.」:
・ワストン「Money Money(feat. ジン・ドッグ&アナーキー)」:
J-POPは情報量と、情報密度は違うと感じさせてくれる
Mrs. GREEN APPLEの「僕のこと」(2019)。多くの要素を詰め込む「全部盛り」の曲作りに圧倒されます。きらびやかなアレンジも相まって一聴すると情報量は多いのに、一音一音に乗っている情報の密度はそれほど多くない感じがします。全体の印象がやや表層的になるのは、曲やアレンジというより、マスタリングの段階で生まれる質感なのかもしれません。いずれにせよ、これはヘッドフォンの問題ではなく、解像度の高い機材が、音づくりの素性をそのまま映し出した結果なのだと思います。
【番外編】一番心を奪われたディグラン・ハマシアン
今回いちばん心を奪われたのは、ティグラン・ハマシアンの「Prelude for All Seekers」(アルバム「Manifeste」)(2026)でした。ジャズとして扱われることが多いようですが、ロックやエレクトロニカ、民族音楽の要素もあります。ハマシアンの音楽はアルメニアにルーツを持つことを前面に押し出した強い個性を持ちながら、同時に客観性を備えているようにも感じます。その相反するような美点をヘッドフォンが引き立ててくれるように感じました。この曲だけは例外的に、少し「没入」して聴いたかもしれません。
装着感とデザイン、そして普段使いとの違い
ここまで音の話ばかりしてきましたので、モノとしての印象にも触れておきたいと思います。
普段の私は、仕事用のモニターヘッドフォンや、オンラインミーティング用のヘッドセット、ときどき小型のBluetoothヘッドフォンを使う程度なので、AH-D5200を手にすると、まず質感の高さとほどよい重厚感に目がいきました。ゼブラウッドのハウジングは写真で見る以上に手に取ったときの満足感があり、良いものを持っているという気分にさせてくれます。これまで20万円クラスまでのヘッドフォンを試聴してきた経験からしても、本機は本格的な中堅機として、価格に十分見合う質感を備えていると感じました。

普段使っているスタジオモニターの定番ヘッドフォンはフラットで色付けがなく、粗を容赦なく映してくる仕事の道具ですが、AH-D5200はその素性を映す性格を受け継ぎながら、木の温かみが寄り添ってくれるように感じました。外出先で気軽に音楽を流したいときにはBluetoothに頼り、腰を据えて一枚のアルバムと向き合いたいときにはAH-D5200を手に取る、といった使い分けが自然にできそうだと感じました。
おわりに。AH-D5200は、音源の素性を映す鏡のようなヘッドフォンでした。良い録音はより良く、そうでない録音はそれなりに聴こえます。既述のとおり、浸ることやリラックスすることよりも、聴き分け観察することに向いていると感じました。古い硬質な録音で高音がやや刺さる場面はありましたが、それも含めてどんな音楽も同じ目線で定点観測できるので、誠実な道具だという印象を持ちました。
筆者プロフィール

実方康介(じつかた・こうすけ)。大学では音楽学を学び、2000年より一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)で勤務。古今東西のピアノ音楽の情報を網羅的に収集・整理し、ウェブサイトに公開しているデータベース「ピティナ・ピアノ曲事典」の制作に約四半世紀にわたって携わっています。ピティナ音楽研究所所長。
