【国生みレイライン】伊弉諾神宮の位置に秘める国生み神話
沼島 → 先山 → 伊弉諾神宮のレイライン
日本神話の冒頭
それは伊弉諾尊と伊弉冉尊の
国生みから始まります
国生みに際し
最初に登場するのが淡路島です
沼島 → 先山 → 伊弉諾神宮のレイライン
『日本書紀』第四段の、一書第一には
オノゴロ島が最初に島としてあらわれます
伊弉諾尊と伊弉冉尊が
そこに「天の御柱」と「八尋殿」を見立てられ
国生みをし、最初に生まれたのが
淡路島であると記されています
オノゴロ島は沼島であるとされています
『日本書紀』本文第六弾には
伊弉諾尊が国生みを終え、
幽宮を淡路の洲に構りて
寂然に長くお隠れになったとあります
この第四段から第六段までが
いわゆる「国生み神話」の箇所
この地が、先山(淡路富士)を間に挟み
ほぼ一直線上にあることをご存じでしょうか

淡路島の中央部
兵庫県洲本市上内膳に、
「先山」という山があります
標高は450メートルほど
島民、とりわけ洲本市民にとっては
特別な山です

流麗な神奈備型の山で
別名“淡路富士”と呼ばれ
孤高に聳える様相は、古代日本人が
特別視するに相応しいと感じます
オノゴロ島とされる沼島に
「自凝神社」があります
この神社が両神がお建てになった
「八尋殿」と関連があるのではないでしょうか

「天の御柱」とされるのは上神立岩です

自凝神社と先山
そして「伊弉諾神宮」が
一直線上の配置にあるのです
これはすなわち、
国生み神話にまつわる最初の地と最後の地が
一直線上にあるということです
伊弉諾神宮は沼島の真北に位置しています
国生み神話の舞台は全て元々淡路島にあった?
国生み神話に関わる
古事記・日本書紀の描写の元の伝承は
淡路島に元々あったものではないか
わたしは、そう考えています
「国生みレイライン」は
オノゴロ島が沼島であり
伊弉諾尊がお隠れになった場所は
「淡路の多賀」で間違いないのではないか
と私が感じる理由です
先山の頂上には、千光寺というお寺があります
そこにある鎌倉時代に作られたとされる釣鐘に
「先山は日本で最初にできた山である」
と彫られています
実際そのように現地では言い伝えられております
最初にできたから、「先山」というお名前になりました
日本書紀本文には、
淡路島から日本列島を御産みになったあとに
「次に海を生む、次に川を生む、次に山を生む」
とあります
この山が先山なのかもしれません
先山は洲本平野のどこからでも
山の全容を見ることができます
古代の海人は人が亡くなると
この山に魂がお還りになると
信じていたのではないかと思うのです

実は先山には、
伊弉諾尊の黄泉下りのモチーフを思わせる行事が今もあります
「団子ころがし」という慣習です
五十七日忌(35日目)に先山に登り
山上から団子やおにぎりを
ポイっと投げるのです
死者の霊が山を登る時
行く手を阻む悪霊の気を引くために
食べ物を投げるのだそうです
由来は民間伝承とされ不明とされていますが
少なくとも先山が霊にかかわる山であったことは言えそうです
もうひとつ、
先山の中腹に「岩戸神社」という社があります
ご神体は天岩戸と伝わる巨石で
天照大神を祀っておられます
わたしはこの神社の元々の由来が
黄泉平坂の千引の岩のような伝承だったのではないかと
思えて仕方ありません
古事記を読むと
黄泉の国からお逃げになる伊弉諾尊は
山(坂:傾斜)を下りながら
櫛や桃を投げつけている描写に思われます
先山の岩戸神社は
山頂から150メートルほど下った崖にあります
山頂の霊の世界から下って逃げ
千引の岩で境界を塞いだというイメージに合致します
日本書紀本文には
「意に悦びざる所なり。故、名づけて淡路洲という」という
島名の由来を説明する記述があります
これは古事記において
伊弉冉尊が伊弉諾尊に黄泉の国で姿を見られた際
「吾に辱見せつ」と仰った台詞と
重なるのではないでしょうか
「あはぢ」の島ゆえに、淡路島
淡路島こそ、
黄泉平坂の舞台であったかもしれないのです
伊弉冉尊は、近江でも出雲でもなく
淡路の先山にお眠りなのではないか
そして、ご結婚と国生みの最初の地である
沼島と先山を結んだ地に
伊弉諾尊が眠っているのではないか
その地に伊弉諾神宮が立ったと思うのです
「国生み神話」から、アマテラスが主役の日本神話への移行
国生み神話が終わり
神話の主役がアマテラスに変わります
その後の舞台は伊勢、九州、高千穂に移ります
淡路神話 → アマテラスの神話
この転換を説明するのに
最も説得力がある説をお唱えになっているのが
伊弉諾神宮の 本名孝至 宮司です
本名宮司が平成18年12月1日発行の
神道文化18号『淡路島と國生み傳承雜考』でお示しのように
伊弉諾神宮を中心とした太陽信仰の神社配置こそ
伊勢神宮や出雲大社などが鎮座する場所との関連を結び付けていると
私も考えます

日本書紀の本文と一書のほとんどすべてが
淡路島を最初に誕生した島(あるいは胞衣)とする理由が
各神社の配置にあることを示す図です
「国生み神話」から
「アマテラスを最高神とする神話」への移行が
神社の配置に事実として、記憶されているのです
伊弉諾尊が禊をしたという伝承地も
淡路島のどこかに元となった地が存在すると
わたしは考えています
