人事を尽くさず天命を待つ?(107/365)
別の記事で、「明け渡しの法則」について書きました。
友人の気付きは、
「頭を使うのはせいぜい2割くらいにして、あとは縁に任せる方がうまくいくのではないか?」
というものでした。私もこのところ同じようなことを考えていたのでおおいに共感しました。
ふと頭に浮かんできた言葉があります。それは、
「人事を尽くして天命を待つ」
です。
「精一杯のことをしてあとは心穏やかに天命を待つという意味」
とあります。
私はこれまでの人生で、この言葉を、自分や人を励ます言葉として使ってきました。
「できるだけのことをやってきたのだから、あとは運を信じて待とう」
という想念です。しかし、「明け渡しの法則」を知って少しだけ疑問が湧いてきました。
よく、ひとの技量や裁量を、「器」と表現しますよね。「明け渡しの法則」から見れば、天命や人生に見いだされる「器」になることが一番大事だと思うのです。
その気付きとともにあらためて、
「人事を尽くして天命を待つ」
を噛み締めると、「人事を尽くす」の部分にいろいろな解釈があり得ることに気付きます。そこを掘り下げる前に、「人事を尽くして天命を待つ」と近いニュアンスの言葉を書き出してみましょう。
運を天に任せる
果報は寝て待て
人間万事塞翁が馬
天は自らを助くるものを助く
天の時地の利人の和
まだまだいくらでも出てきそうです。いずれも、人智を越えた力の存在を前提としており、人を肯定的に前に進める意図が感じられます。
ただ、どこまで人生の「主導権」を持ち得るかという想定に違いがあるように思えます。戯れに、図示してみました。あくまで主観です。

よく、
「人生の主役はあなただ」
「人生の主導権を持て」
と言われます。確かにその通りです。言われるまでもありません。しかし、主導権というのは、物理的な「人事を尽くす」ことだけではないように感じます。幼いころから遊ぶこともなく進学塾に通うような生き方が「人事を尽くす」ことだとは到底思えません。
日々の暮らしや、仕事でも、しゃかりきになって準備したことが裏目に出た経験は誰しもが持っているはずです。もちろんそうした失敗も人生の学びになるに違いありません。ただ、もっと自然でゆとりある人生の求め方があると感じます。
友人の気付きに戻りますが、
「頭を使うのはせいぜい2割くらいにして、あとは縁に任せる方がうまくいくのではないか?」
つまり、「人事を尽くす」ことは、せいぜい2割の効果でしかないことを自覚して、あとは縁や運に任せるというのはどうでしょう。むしろ下手な考えや取り組みをやめた方が人生が回り出すのではないかということです。
2割の「人事」も、物理的な努力だけでなく、音楽を聴いたり、自然の中で過ごしたり、友人との会話を楽しんだり、「器」としての自分を磨き、流れ込む新たな人生の通りをよくする、メンテナンスにあてたらどうでしょう。
すべて「運を天に任せる」のは行き過ぎかもしれませんが、
「人事はほどほどに、ゆったりして天命を待つ」
これからは、そういう生き方こそ、人生を豊かにする方法ではないかと思います。自らも実践していくつもりです。人事と天命の、2:8の法則です(笑)。
いまならタイトルの意味をご理解いただけますよね?
「人事を尽くさず天命を待つ」
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
