大人になって、推し方が変わった話
大人になって、というか歳をとって、推し方はだいぶ変わってきたと思う。
私は20代も半ば過ぎになってから、ようやく3次元の人たちを推し始めたんだけれど。(それまでは2次元オタでした)
それでも20代で初めて嵐にハマった時は、時間のすべてを惜しむなく嵐に使っていたと思う。職場にいる時間以外すべて。
朝起きてテレビをつけて、何か重大な発表がないかと構える。
その短い1分のニュースを録画するために。
もちろん、あったらその後すべてのニュース番組を録画して、仕事に向かう。
向かっている間も彼らの曲を流しながら電車に乗り、歩く。
仕事から解放されて、すぐに曲を聴きながら帰り、撮りためた番組を編集して、
それを見ながら「今日も幸せだ」と思う。
私が好きになった頃は、まだ嵐さんは今ほどの人気ではなくて。
こんなに素敵なのに、どうして評価されていないんだろう。
私たちがどう頑張ればいいんだろう。
そんなことを日々考えながら生きていた。
今も、考えていることの根っこはあまり変わらない。
ただ、今はあまりにも媒体が多すぎて、
そして歳を重ねた私は、すべてを追いきれなくなった。
好きな人はグループを解散して、今は個人で活動している。
本当はもっと見てあげて、手紙を書いて、全部を追いかけて、
何度も何度も見返して、どんな舞台にも足を運びたい。
でも、あの頃みたいに、
時間も体力もすべてを注ぎ込むことは、もうできなくなっている。
応援する気持ちは変わらない。
でも、同じ熱量を保ち続けるのは、やっぱり難しい。
それでも。
若い頃みたいに全部は追えていないけれど、
好きでいることは、やめられない。
アイドルがすべてではなくて、
アイドルがいるからこそ、生活を輝かせたいと思うようになった。
好きでいることを、生活の中にちゃんと置いておく。
それが、今の私の日常の「好き」。
もちろん、舞台やコンサートは全力で取りにいくし、
埋まっていないと聞けば、できるだけ足を運ぶ。
でも、仕事を終えて毎日通い続けるようなことは、もうできない。
だからこそ。
自分ができる範囲で、全力で推す。
それが、今の私の推し方。
熱量がなくなったわけじゃない。
ただ、その形が変わっただけだ。
ずっと隣に置いておけるような、
そんな好きでいられたらいいと思う。
好きは、ちゃんと生きる力になる。
