ずっと好きだった幼馴染にキスの練習の提案をされたら、まさかの告白することに…!?
【井上和 短編物語】
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ある日曜日の昼下がりだった。
窓の外では、春の終わりを思わせる柔らかな風が吹いている。
カーテンの隙間から差し込む陽射しは少しだけ眩しくて、〇〇の部屋の床に四角い光の模様を描いていた。
そんな穏やかな午後。
部屋の主である〇〇はベッドに寄りかかりながら、つい先日買った雑誌をなんとなく眺めていた。
そして、そのベッドの上には――。
和「ふぁぁ……」

いつものように幼馴染の井上和の姿があった。
まるで自分の部屋であるかのような自然さでベッドに寝転がり、スマホを眺めている。
白いTシャツにショートパンツ。
力の抜けた格好なのに、街を歩けば誰もが振り返るような美貌は隠しようがない。
長い髪がシーツの上にさらりと広がり、横顔だけでも絵になる。
その姿を視界の端で見ながら、〇〇は小さく息を吐いた。
昔から変わらない光景。
物心がついた頃から一緒だった。
同じ幼稚園。
同じ小学校。
同じ中学校。
同じ高校。
そして今は同じ大学。
家まで同じマンション。
和の家は一つ上の階。
だから自然と学校帰りにどちらかの家へ行くことも、休日にはこうして予定がない日は一緒に過ごすこともあたりまえ。
テレビを見ることも。
ゲームをすることも。
こうして何も話さず同じ空間にいることも。
全部、そう全部が当たり前だった。
当たり前すぎて。
当たり前すぎたからこそ。
――好きだ。
その一言だけが言えない。
もし断られたら。
もし気まずくなったら。
もし今の関係が壊れたら。
その恐怖が何年も〇〇を縛り続けていた。
だから今日もまた。
ただの幼馴染として隣にいる。
それだけだった。
和「なぁ、幼馴染よ」
突然、和が言った。
〇〇は雑誌から目を離さず答える。
〇〇「なんだい、幼馴染よ」
いつものくだらないノリ。
いつもの会話。
だから何の警戒もしなかった。
和が次に何を言うかなんて考えもしなかった。
そして――。
和「キスとかしてみる?」

時間が止まった。
正確には、止まったように感じた。
部屋のどこからか聞こえるかすかな音。
外を走る車の音。
キッチンの方から聞こえる母親の料理をする音。
全部が急に遠ざかる。
〇〇「……は?」
情けない声が漏れた。
脳が理解できる範疇を超えていた。
今なんて言った?
聞き間違いか?
いや聞き間違いであってくれ。
だが和はスマホから目を離し、こちらを見ていた。
冗談を言う時の顔ではない。
〇〇「ど、どど、どうした!?」
〇〇は雑誌を投げ出すようにしながら和を見た。
和「いや、しばらくあんた彼女とかいないじゃん?」
〇〇「ま、まぁ……」
和「モテないし」
〇〇「モテないは余計だ」
和「事実じゃん」
〇〇「うるさい」
和はくすくす笑う。
その笑顔はいつも通りだった。
だが〇〇の心臓だけは全くいつも通りではなかった。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
鼓動がうるさい。
耳の奥で鳴り響く。
和「でさ」
和は身体を起こした。
ベッドの上に座り、こちらを見る。
和「次彼女できた時にさ」
〇〇「うん」
和「キスが下手でフラれるとか可哀想だなって」
〇〇「いやフラれる確定かよ」
和「だから」
和が微笑んだ。
少しだけ首を傾げる。
その仕草が妙に可愛くて。
〇〇の心臓はさらに騒がしくなる。
和「この可愛い幼馴染が練習台になってあげようかって言ってるんだけど」

和の瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。
その瞬間。
〇〇の胸の奥で苦い感情が広がる。
――練習台。
その言葉が痛かった。
本当は、彼女が欲しいわけじゃない。
本当は。
和以外なんて考えたこともない。
練習なんかじゃない。
キス、したいなら。
相手は和しかいない。
だが。
そんな言葉は口から出ない。
出せない。
何年も抱え続けた想いは、そう簡単には飛び出してくれなかった。
〇〇「ど、どうしたんだよ急に?」
やっと出た言葉は情けないものだった。
和は少しだけ視線を落とす。
和「んー……なんとなく?」
その答えが嘘だと、〇〇には分かった。
幼馴染だから。
ずっと一緒だったから。
和が誤魔化している時の癖も知っている。
けれど。
その先を聞く勇気がなかった。
〇〇「いや、でも和とは……」
言葉が詰まる。
和の表情が僅かに曇った。
ほんの一瞬だった。
けれど確かに。
和「……私とじゃできないってこと?」

静かな声だった。
責めるような声ではない。
傷付くのを覚悟した人間の声だった。
〇〇の胸が痛む。
違う。
そうじゃない。
できないんじゃない。
むしろ逆だ。
好きだからできない。
軽い気持ちじゃできない。
もししてしまったら。
もう今みたいな関係ではいられなくなる気がして。
今まで通りではいられなくなる気がして。
だから――。
〇〇「できないっていうか……」
そこまで言った時だった。
和が小さく笑った。
和「そうだよね」
その笑顔はどこか壊れそうだった。
和「昔から一緒にいすぎて、恋愛対象とかには、ならないよね…」
和が目線をそらす。
〇〇の胸が締め付けられる。
違う。
違う。
違う。
そんなわけない。
ずっと好きだった。
何年も。
何年も。
ずっと。
〇〇「いや、そういうことじゃなくて――」
その瞬間だった。
ぽたり。
一滴。
和の瞳から涙が零れ落ちた。
〇〇の思考が真っ白になる。
涙?
今、泣いた?
なんで?
どうして?
和が?
あの和が?
いつも明るくて。
人前で弱音なんて吐かなくて。
小悪魔みたいに人を振り回して。
笑ってばかりの和が。
涙を流している。
〇〇「和……?」
声が震える。
だが和は答えない。
涙を隠すように俯いた。
その瞬間。
コンコン。
部屋のドアが開いた。
〇〇母「和ちゃん、今日ご飯食べていく――って、和ちゃん?」
現れたのは母だった。
母の表情が固まる。
泣いている和。
固まっている〇〇。
いつもとは明らかに違う異様な空気。
事情を知らなくても何かがあったことだけは分かる。
和は慌てて涙を拭った。
無理やり笑顔を作る。
けれどその笑顔は痛々しかった。
和「おばさん、ごめんなさい」
小さな声。
そして和は立ち上がる。
〇〇の横を通り過ぎる。
伸ばしかけた手は届かなかった。
ドアが閉まる。
静寂が残る。
数秒。
いや、数十秒だったかもしれない。
時間の感覚がおかしくなっていた。
〇〇母「はぁ…あんた何したの?」
母が呆れたように言う。
〇〇「いや、なにも……」
本当に分からなかった。
いや。
分かりたくなかっただけかもしれない。
〇〇母「はぁ……」
母は深いため息をつく。
そして何気なく言った。
〇〇母「もうすぐ和ちゃん引っ越すんだから、喧嘩なんかするんじゃないわよ」
その言葉は。
まるで雷だった。
〇〇「……え?」
世界が止まる。
引っ越す?
誰が?
和が?
何を言っている?
聞いてない。
そんな話。
一度も。
〇〇「え……?」
母は不思議そうな顔をした。
〇〇母「知らなかったの?」
〇〇の頭の中で警報が鳴り響く。
和が引っ越す。
和がいなくなる。
今まで当たり前だった日々が終わる。
階段を上れば会えた。
帰り道や、コンビニでたまたま会うときもあった。
暇だからと部屋に来る。
その全部がなくなる。
胸の奥が急激に冷えていく。
そして同時に、先ほどの涙の意味が少しだけ見えた気がした。
〇〇「――っ!」
気がつけば〇〇は駆け出していた。
母が何か言っていた。
だが聞こえない。
今はただ一つだけ。
和を追いかけなければ。
失ってからでは遅い。
ずっと言えなかった言葉がある。
ずっと伝えられなかった想いがある。
玄関へ駆け出した〇〇の胸の中で、幼馴染という名前に隠し続けた恋が、初めて悲鳴のように叫んでいた。
マンションの廊下を駆ける足音が、自分でもうるさいほど響いていた。
階段を一段飛ばしで駆け上がる。
息が切れる。
心臓が痛いほど鳴っている。
和が引っ越す。
その事実だけが頭の中を支配していた。
今まで当たり前だった日常が終わる。
その恐怖が〇〇を突き動かしていた。
一つ上の階。
見慣れたドアの前に立つ。
何百回も訪れた場所。
子供の頃から数え切れないほど出入りした家。
なのに今は知らない場所のように感じる。
〇〇は震える指でインターホンを押した。
ピンポーン。
返事はない。
もう一度押す。
やはり返事はない。
〇〇「和……」
嫌な予感が胸をよぎる。
恐る恐るドアノブに手をかけた。
カチャ。
鍵は開いていた。
玄関には和のスニーカーが揃えて置いてある。
ほっと息を吐く。
少なくとも家にはいる。
〇〇「…お邪魔します」
人けのない家に向かってそう言ってから中へ入った。
静かだった。
生活音がしない。
和の両親や弟たちは出かけているらしい。
リビングへ続く廊下で〇〇の足が止まった。
そこには段ボールが積まれていた。
まだ少しだけ。
けれど確かに引っ越しの準備が始まっている。
ガムテープの貼られた箱。
マジックで書かれた荷物の分類。
壁際に寄せられた小物たち。
現実だった。
母の言葉は冗談ではなかった。
和は本当に引っ越す。
胸の奥が重く沈む。
まるで誰かに握り潰されたようだった。
〇〇「……本当なんだ」
思わず呟く。
子供の頃から続いてきた日常が。
永遠に続くと勝手に思っていた時間が。
本当に終わろうとしている。
そんな気が現実のものになろうとしている。
〇〇は足早に廊下を進んだ。
和の部屋の前まで来る。
見慣れた木製のドア。
何度ノックしたか分からない。
何度呼びに来たか分からない。
コンコン…
〇〇「和」
返事はない。
〇〇「和」
もう一度。
それでも、やはり返事はない。
当然だ。
今の和が出てくるはずがない。
それでも。
〇〇「入るよ、和」
そう言ってドアを開けた。
部屋の中は薄暗かった。
カーテンが半分閉められている。
夕方の光が細く差し込んでいるだけだった。
そんななか、ベッドの上。
毛布が不自然に盛り上がっていて、わずかに上下させていた。
和は頭まで完全に潜り込んでいる。
まるで世界との接触を拒絶するように。
〇〇「和、ごめん……」
〇〇が近づく。
和「話したくない」
毛布の中から声が帰ってきた。
その声はかすれていた。
泣いていたことがすぐに分かった。
胸が締め付けられる。
〇〇「ごめん」
〇〇はもう一度言った。
〇〇「…母さんに聞いたよ。引っ越しのこと」
毛布が少しだけ動く。
そして端がめくれた。
和の顔が少しだけ見えた。
赤くなった目。
泣いた跡。
それだけで胸が痛くなる。
和「…聞いたんだ」
小さな声だった。
〇〇「遠くへ行っちゃうから……」
〇〇は言葉を探した。
〇〇「最後だから、あんなこと言ってくれたんだよな…」
声が震える。
和がいなくなる。
それだけで苦しかった。
想像しただけで息が詰まる。
子供の頃から隣にいた存在。
毎日のように会っていた存在。
気づけば人生のどこを振り返っても和がいる。
その和がいなくなる。
そんな未来は考えたこともなかった。
いや。
考えないようにしていたのかもしれない。
〇〇「俺……」
言葉が喉につかえる。
怖い。
でも。
今言わなければ一生後悔する。
〇〇「俺、和のことが好きだから」
和の瞳が揺れた。
〇〇は続ける。
〇〇「練習とかでしたくなくて、好きだから、本気で、真剣に和のことが好きだからー」
その瞬間だった。
和「……え?」
毛布がはらりとめくれ、和が勢いよく身体を起こす。
驚いた顔とどこか不思議そうな表情。
和「ちょっと待って」
〇〇「え?」
和が両の手を前に出した。
和「引っ越すよ?」
〇〇「うん…」
和「引っ越すけど、真向かいのマンションだから」
〇〇「……え?」
沈黙。
数秒。
いや、〇〇には永遠にも感じた。
〇〇の脳が理解を拒否した。
しかし、和の目を見て、ようやく現実に引き戻される。
〇〇「え…?」
和はカーテンを開けながら窓を指差す。
和「ここからも見えるでしょ?」
〇〇も反射的に窓を見る。
確かに見える。
最近できたばかりの新築マンションが。
ものすごく近い。
歩いて一分もかからない。
和「ほら、うち弟たちが大きくなって今の間取りだと手狭だから、少し大きい間取りの家を探してたら目の前のマンションの抽選が当たったんだって」
そういえばそんな話言っていた気がする。
和の弟たちはまだ高校生と小学生。
ひとり部屋争奪戦だとかなんとか…
和「だから今まで通り行き来できるし」
和は言う。
和「むしろ新しいマンションのほうがオートロックだから、私がそっち行くこと増えるかも」
〇〇の頭の中で。
さっきまで鳴り響いていた悲壮なBGMが急停止した。
そして。
〇〇「な、なんだぁぁぁ……」
全身から力が抜けた。
安堵からその場にに崩れ落ちそうになる。
〇〇「よかったぁ……」
心の底から出た声だった。
和が目を丸くする。
和「そんなに?」
〇〇「だってもう会えないのかと……」
本気だった。
本当に、本気で、人生最大級に焦っていた。
和はしばらく呆然としていた。
やがて、ぷっと吹き出した。
和「何それ」
笑い始める。
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに。
和「言っておくけど、別に引っ越すからさっきの話したわけじゃないから」
〇〇「マジでよかった……」
〇〇は胸を押さえた。
心臓がまだ暴れている。
けれど今度は安堵だった。
まだ和はいる。
これからも会える。
それだけで世界が明るく見えた。
しかし。
そんな〇〇を和はじーっと見ていた。
今度は別の嫌な予感がした。
その顔を〇〇は知っている。
これまで何度も見てきた和のイタズラな瞳。
和「ふーん」

和はベッドから立ち上がり一歩〇〇に近づく。
和「そうかぁ」
また一歩…
和「〇〇は私のこと好きなんだ」
気がつけば目の前に和の顔が。
心臓がうるさいくらいに鼓動する。
和「へぇー」
和はニヤニヤしている。
完全に獲物を見つけた目つき。
和「そっかぁ」
〇〇「な、和…?」
和「好きなんだぁ」
〇〇「和さん…?」
和「そんなに好きだったんだぁ」
〇〇「やめろ」
耳まで真っ赤になる。
死ぬほど恥ずかしい。
勢いで告白した。
もう会えないと思ったから。
人生最後だと思ったから。
和は満足そうに笑った。
そして
ふっと優しい顔になる。
和「そっか」
小さく呟く。
和「それなら練習台はいらないね」
〇〇「え?」
和「だって」
これでもかというくらい和は〇〇との距離を縮める。
長い髪が揺れる。
潤んだ瞳が真っ直ぐ向けられる。
和「私は〇〇の彼女なんだから」

その言葉と同時だった。
和が飛び込んできた。
ふわりと甘い香りがする。
柔らかな温もりと柔らかい感触が胸にぶつかる。
〇〇「な、和っ!?」
ぎゅうっと抱き締められる。
和の細い腕が〇〇の首に回り、和はそのまま顔を上げ、見上げるように〇〇を見つめた。
至近距離。
鼻と鼻が触れそうな距離。
昔から何度も見てきた顔。
けれど今はまるで違って見える。
幼馴染ではなく、一人の女の子として。
好きな人として。
和は少しだけ頬を赤く染めていた。
和「私も、ずっと好きだった」
小さな声。
でも確かに聞こえた。
私「だから泣いたんだから」
その言葉に、〇〇の胸がいっぱいになる。
何年も抱えていた想い。
ずっと届かないと思っていた恋。
それが今、目の前で答えを返してくれている。
和は照れ隠しのように笑った。
そして
そっと目を閉じる。
〇〇の首に回された腕に少しだけ力が入る。
二人の距離がゆっくりと縮まっていく。
和の柔らかい唇の感触が、〇〇をつつみ込んだ。
和「ん…」
和とのキスはこの上なく幸せだった。
窓の外では夕陽が傾き始めていた。
オレンジ色の光が部屋を染める。
長い幼馴染の時間が終わりを告げるように。
そして同時に。
新しい二人の時間が静かに始まろうとしていた。
〇〇「ちなみにさ、なんでいきなりキスの練習なんて提案してきたの?」
和「え? だって、さっちゃんに『いいかげん付き合え、さもなくばキスくらい済ませろ』って、バカにされたから…///」
〇〇「は…? え、それだけ?」
和「は? それだけって何?」
〇〇「え、あ、いやー」
和「私がいなくなるくらいにならないと告白してこない〇〇に言われたくはないんですけどー」
〇〇「はぁ!? いや、俺だって告白だってキスだって、言われなくたってできるし」
和「へぇ…」
和はまたイタズラな表情を見せながら、ペロッと舌をなめてみせる。
あ、ヤバい
〇〇「な、和、ちょっと待ー」
和「逃げんな」
そういって和に腕を引かれてベッドのうえに押し倒された〇〇。
和「ほら、はやく」

トロンとした表情で〇〇に覆いかぶさったまま見つめる和。
〇〇は観念して、和を抱き寄せてからゆっくりとキスをする。
そして、少しだけ唇を離して
〇〇「和、大好きだよ」
和「ッ/// もう無理…我慢できない///」
〇〇「んんッ!」
それから〇〇は和に唇を離してもらえなかったとさ。
おわり
※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。
