メンバーの結婚披露宴で気持ちが溢れて我慢できなくなった齋藤飛鳥のプロポーズ
【齋藤飛鳥 短編物語】
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都内の夜は遅い。
午後十一時を回っても、街はまだ眠る気配を見せていなかった。
高架道路を走る車のヘッドライトが白い線となって流れ、ビル群の窓には残業中なのか、まだいくつもの灯りがともっている。
アイドルたちの一日は世間が思うよりずっと長い。
そして、それを支えるスタッフの一日もまた同じだった。
黒のセダンを停車させた〇〇は、最後の送迎を終えて、乃木坂メンバーを見送っていた。
「〇〇さん、ありがとうございました!」
後部座席から元気よく飛び出してきた若いメンバーが深々と頭を下げる。
〇〇「おう、お疲れさま。また明日も頑張ってな」
「はい!」
少女は笑顔で手を振ると、マンションのエントランスへ駆けていった。
自動ドアが開き、メンバーの姿が消えていく。
その姿が完全に見えなくなったのを確認してから、〇〇はようやく肩の力を抜いた。
〇〇「……ふぅ」
静かになった車内。
エンジン音だけが小さく響く。
ハンドルから手を離し、大きく背伸びをする。
凝り固まった肩から小さく骨の鳴る音がした。
昔はこれが毎日だった。
朝から晩まで現場を回り、ライブ会場を走り回り、ときには収録終わりのメンバーを送り届ける。
誰かが車内で眠りこけたり。
誰かが後部座席で泣いたり。
誰かが未来への不安をぽつりと零したり。
そんな時間を何百回、何千回、何万回と繰り返してきた。
今では運営側の仕事が中心になり、現場に出ることも少なくなった。
もちろん昇進と言えば聞こえはいい。
責任も増えた。
任される仕事も増えた。
けれど――。
〇〇「やっぱ現場の方が性に合ってたかな」
ぽつりと漏れた独り言は、誰にも聞かれることなく夜の車内へ溶けていった。
乃木坂46が始まったばかりの頃。
まだ何者でもなかった少女たちと一緒に走り続けた日々。
あの頃を知るスタッフも、メンバーも、もう随分少なくなってしまった。
時代は進む。
それは当然のことだ。
分かっている。
分かっているのだが、少しだけ寂しかった。
〇〇「さて……帰るか」
明日も朝から会議がある。
運転席のモニターを操作し、自宅を目的地に設定しようとしたその時だった。
ブルルル――。
プライベート用のスマートフォンが震えた。
〇〇「ん?」
仕事用ではない。
それだけで少し気が楽になる。
この時間の仕事用スマホはだいたいロクな内容ではない。
急なトラブル。
スケジュール変更。
誰かの体調不良。
そんなものばかりだ。
だが、画面を見た瞬間。
〇〇の表情は一変した。
〇〇「げっ……」
心の底から出た声だった。
画面には大きく表示されている。
――齋藤飛鳥。
〇〇「嫌な予感しかしねぇ……」
思わず額を押さえる。
元メンバーの中でも特に厄介。
いや、誤解を恐れずに言うなら、間違いなくトップクラスに厄介。
もちろん嫌いではない。
むしろ長い付き合いで、放っておけないし、なんなら気になるメンバーでもある。
だが、飛鳥からの突然の連絡で平和に終わった試しがない。
深夜に呼び出されたこともある。
意味もなく説教されたこともある。
意味もなくイジられたこともある。
そして大体の場合、飛鳥本人は悪びれないし、べつにいい雰囲気になるとかもない。
まぁ、所属タレントとスタッフなのだから、あってはならないのだが。
〇〇「出ないって選択肢は……」
一瞬だけ考える。
だが、すぐに諦めた。
出なかった場合、もっと面倒になる。
経験上、それは確信できる。
〇〇は観念して通話ボタンを押した。
〇〇「もしもし……」
すると。
『あ、〇〇?』
聞こえてきたのは予想外の声だった。
〇〇は思わず目を瞬かせる。
〇〇「……え?」
七瀬『ななやけど』
〇〇「え、七瀬?」
予想外の人物の声に素直に驚いた。
電話越しに聞こえる関西弁。
どこか柔らかく、懐かしい声。
〇〇「なんで飛鳥の電話で? 一緒にいるの?」
七瀬『おるでー』
七瀬は楽しそうに笑った。
お酒が入った時のすこし余ったるい感じの声。
飲んでいるのか。
そう思ったとき、答えがわかった。
七瀬『今日、愛未の披露宴やってん』
〇〇「ああ……」
そこで思い出す。
能條愛未の結婚披露宴。
招待状は届いていた。
もちろん出席したかった。
だが仕事が重なり、どうしても仕事で行けなかったのだ。
七瀬『〇〇にも招待状来たやろ?』
〇〇「来たよ」
七瀬『来たのに来んかったやん』
〇〇「うっ……いや、仕事が…」
七瀬『薄情もんやなぁ』
〇〇「やめて、その言い方…!」
七瀬『愛未泣いてたで』
〇〇「嘘つけ」
七瀬『泣きながらウエディングケーキ食べてた』
〇〇「絶対嘘だろ」
七瀬が電話の向こうでケラケラ笑う。
その笑い声に、〇〇も思わず苦笑した。
昔からこうだった。
穏やかそうに見えて、意外と人をからかう。
七瀬『冗談や』
〇〇「知ってるよ」
七瀬『ちゃんと愛未に電話して祝電も送ったんやろ?』
〇〇「ジョーが言ったのかよ」
七瀬『まぁなー』
〇〇「言わなくていいのになぁ……」
七瀬『ええやん』
七瀬の声が少しだけ優しくなる。
七瀬『〇〇が変わらんの、うれしいで』
不意打ちだった。
胸の奥が少しだけむず痒くなる。
昔を知るメンバーにそう言われると弱い。
〇〇「……そりゃどうも」
照れ隠しにぶっきらぼうな返事を返す。
すると七瀬は再び笑った。
七瀬『そんな〇〇に緊急クエストや』
〇〇「絶対嫌な予感しかしない」
七瀬『飛鳥の迎えに来て』
〇〇「はい?」
おもわず聞き返す。
七瀬『明日も仕事あるみたいやし』
〇〇「それなら飛鳥のマネージャーに連絡しなさいよ」
七瀬『残念、飛鳥のご指名〜』
〇〇「断る」
七瀬『拒否権なーし』
〇〇「なんでだよ」
七瀬『〇〇呼べーってうるさいから』
〇〇「小学生かあいつは」
七瀬『たぶん精神年齢は昔から変わってへん』
〇〇「お前が言うな」
七瀬『ハハハ、住所送っとくからよろしゅうな〜』
〇〇「待て待て待て」
七瀬『ほな、はよ来てな〜』
〇〇「だから待――」
プツッ。
無情にも通話は切れた。
車内に静寂が戻る。
数秒後。
スマホに通知音が鳴った。
送られてきた住所。
〇〇「……はぁ、マジかよ」
〇〇は天井を見上げた。
断る選択肢は最初から存在していなかった。
七瀬もそれを分かっている。
飛鳥も分かっている。
そして自分自身も。
だから余計に腹が立つ。
〇〇「ったく……」
そう呟きながらも、口元には苦笑が浮かんでいた。
昔から変わらない。
卒業して何年経とうが、立場が変わろうが、乃木坂の絆は変わらない。
〇〇はナビに送られてきた住所を入力する。
目的地まで三十分弱。
画面に表示されたルートを見ながら、小さくため息をついた。
〇〇「帰宅まであと三十分だったのになぁ……」
サイドブレーキを解除する。
クルマが静かに走り出した。
--
都心の夜景がガラス張りのビルに映り込んでいた。
〇〇が七瀬から送られてきた住所へ到着したのは、日付が変わる少し前だった。
〇〇「……なんだここ」
思わず呟く。
目の前にあるのは、落ち着いた照明に包まれた高級感のある商業ビルだった。
派手ではない。
だが、一目で分かる。
ここは一般人が気軽に来る場所ではない。
芸能人や経営者、そういう人間たちが人目を避けて利用するような店が入っている類のビルだった。
〇〇はハンドルから手を離す。
安月給のサラリーマンである自分の愛車である型落ちの黒いセダンが妙に場違いに見えた。
ため息を吐きながらスマホを取り出す。
〇〇【着いたぞ〜】
七瀬へLINEを送る。
数秒後。
七瀬【7階まで上がってきて〜】
〇〇「いや降りてこいよ」
即座にツッコミが出た。
しかし既読は付いたものの返信はない。
〇〇「しゃーない……」
〇〇は観念したように車を降りた。
夜風が少しだけ涼しい。
エントランスへ入り、エレベーターに乗り込む。
7のボタンを押す。
静かに上昇していく箱の中で、〇〇はぼんやりと鏡に映る自分を見た。
昔より少し疲れた顔。
責任だけは増えた立場。
それでもなぜか、今夜は妙な懐かしさを感じていた。
チン。
軽い音が鳴り、扉が開いた。
目の前には重厚感のある木製の扉。
店名は英語表記。
間接照明だけが柔らかく灯っている。
〇〇はドアノブに手をかけた。
そして――。
扉を開けた瞬間だった。
「あーーーーー!!」
店内に声が響く。
〇〇は思わず肩を跳ねさせた。
樋口「〇〇だーー!!」

真っ先に立ち上がったのは樋口日奈だった。
昔と変わらない明るい笑顔。
〇〇「ひなちま!?」
樋口「久しぶりーー!」
樋口の声を皮切りに
まあや「チョー久々じゃん!!」

星野「元気だった〜?」

次々と聞き慣れた声が飛んでくる。
広いバーの店内。
どうやら店内は貸し切りになっているらしい。
そこにいたのは見知った顔ばかりだった。
乃木坂46のOGたち。
卒業して何年も経つメンバーたち。
テレビで見かける者。
芸能界を離れた者。
それぞれの人生を歩いているはずの彼女たちが今夜だけは同じ場所に集まっていた。
その光景に、胸の奥が少し熱くなる。
懐かしい。
本当に懐かしい。
マネージャーだった頃。
毎日のように顔を合わせていた少女たち。
悩みを聞いて。
送り迎えをして。
怒ったり。
笑ったり。
そんな日々が一瞬で蘇ってくる。
〇〇「なんだよ……同窓会じゃねえか」
〇〇が笑う。
すると店のあちこちから、
七瀬「今さら気付いた?」

市来「遅い!」
川後「相変わらず鈍感〜」
好き勝手な声が飛んでくる。
そのやり取りに自然と笑みがこぼれた。
だが、その時だった。
純奈「飛鳥〜」

伊藤純奈の声が店内に響く。
純奈「愛しの〇〇来たよ〜」
瞬間。
店の奥から鋭い視線が飛んできた。
〇〇は反射的にそちらを見る。
そして視線が交差した。
カウンター席の端。
グラスを持ちながらこちらを見ている小柄な女性。
齋藤飛鳥だった。

昔より大人びている。
女優として活躍する今の彼女は、アイドル時代とはまた違う魅力を纏っていた。
だが――。
頬を膨らませている姿は昔のままだった。
完全に不機嫌である。
飛鳥「愛しじゃないし」
飛鳥が呟く。
飛鳥「てか遅いんだけど」
そう言いながら立ち上がる。
スタスタと歩いてくる。
その姿を見ているだけで、〇〇は思わず苦笑してしまう。
変わってねぇよな……
飛鳥は目の前まで来る。
相変わらず身長差がある。
自然と見下ろす形になる。
だが飛鳥は負けじと上目遣いで見上げてきた。
飛鳥「遅い」

〇〇「ごめんごめん」
飛鳥「遅い」
〇〇「だから急いできたんだって」
飛鳥「遅い」
〇〇「三回言ったな」
飛鳥はふんっと顔を逸らした。
引く気など一切ないらしい。
その様子に周囲が面白そうに笑う。
かりん「さっきまで〇〇に会いたい〜って言ってたくせに」

伊藤かりんが飛鳥をからかうように追撃する。
飛鳥「んなっ……!」

耳まで赤くなる。
飛鳥「言ってないし!」
かりん「言ってたよね?」
樋口「言ってた笑」
純奈「確かに言ってた笑」
四方八方から証言が飛ぶ。
まさに四面楚歌。
飛鳥「違うから!///」
すると今度は高山一実がニヤニヤしながら口を開いた。
高山「ジョーさんの結婚見て焦っちゃったんだもんね〜」

飛鳥「焦ってないし!///」
星野「じゃあなんで〇〇呼んだの?」
飛鳥「それは……」
飛鳥が言葉に詰まる。
その姿を見て店内がさらに盛り上がる。
完全におもちゃ。
そして。
追い打ちをかけたのは深川麻衣だった。
深川「え〜?」
優しい笑顔。
だが少しだけ酔っているらしい。
頬がほんのり赤い。
深川「じゃあ私が〇〇くんもらっちゃおうかな〜」

柔らかな声。
聖母と呼ばれた女性とは思えない爆弾発言だった。
一瞬。
飛鳥の表情が変わる。
空気が変わる。
飛鳥は深川を見る。
飛鳥「ダメ」
小さな声。
しかしはっきりしていた。
飛鳥「〇〇だけは――」

言いかける。
飛鳥自身も気付いた。
今、自分が何を言おうとしたのか。
店内が静まり返る。
〇〇も息を止める。
飛鳥の顔が一気に赤くなった。
耳まで真っ赤だった。
数秒。
沈黙。
そして。
飛鳥「……来て」
飛鳥は〇〇の手首を掴んだ。
〇〇「え?」
飛鳥「いいから」
〇〇「飛鳥?」
飛鳥「来てってば…!」
有無を言わせない声だった。
そのまま引っ張られる。
店の出口へ。
残されたOGたちは二人の背中を見送った。
扉が閉まる。
しばしの静寂。
そして。
七瀬「飛鳥もまだまだ子どもやな〜」

七瀬が微笑んだ。
ちはる「さすが我らが1期生最年少」

斎藤ちはるも笑う。
中元「でも、まいまいの演技うまかったね。飛鳥にハッパをかけるにはバッチリだったよ」

中元日芽香が言う。
全員が頷く。
そう。
深川麻衣が飛鳥を焚き付けるために言ったのだと思っていた。
だが。
深川「え?」
深川麻衣本人だけが首を傾げた。
深川「演技じゃなかったけど?」
にこり。
満面の笑顔。
場が静まる。
深川以外「「「……え?」」」
--
バーの自動ドアが閉まる音が背後で響いた。
飛鳥は振り返らない。
まるで今にも逃げ出してしまいそうな自分の気持ちを誤魔化すように、足早に夜の歩道を進んでいく。
〇〇「おい、飛鳥。そんな急ぐなって」
後ろから〇〇が声をかける。
だが飛鳥は返事をしない。
ただ前を向いたまま歩く。
胸の奥がうるさかった。
さっきの店の中での出来事を思い出すだけで顔が熱くなる。
――〇〇だけは。
思わず口から出かけた言葉。
みんなの前で。
しかも本人の前で。
飛鳥「最悪……///」
小さく呟く。
だがその声は夜風に紛れて消えた。
やがて駐車場へ辿り着く。
そこには見慣れた黒いセダンが停まっていた。
飛鳥は思わず足を止める。
懐かしい。
デビューしたばかりの頃。
ライブ終わりの余韻に浸った帰り道。
収録終わりに反省会をした車内。
どうしょうもなく悩んで元気づけてもらった日。
何度この車に乗っただろう。
〇〇と他愛ない話をして笑い合った。
泣いたこともあった。
ときには〇〇に説教されたこともあった。
そして励まされたことも数え切れない。
あの頃の記憶が一気に蘇る。
そんな飛鳥の隣まで追いついた〇〇が慣れた手つきで後部座席のドアを開いた。
〇〇「どうぞ、お嬢様?」
昔から変わらない送迎モード。
飛鳥はそれを見た。
そして。
ジロッ。

思い切り睨む。
〇〇「え?」
飛鳥「……」
飛鳥は無言で顔を背けた。
そのまま助手席へ向かう。
ガチャ。
自分でドアを開けて乗り込む。
残された〇〇は苦笑しながら後部座席のドアを閉める。
そして運転席へ回り込んだ。
カーナビはセットしない。
飛鳥の家の住所なんて、いれるまでもなかったから。
車が静かに走り始める。
深夜の東京。
交通量は少ない。
街灯が等間隔に流れていく。
助手席では飛鳥が窓の外を眺めていた。
高層ビルの灯りのネオンが流れていく景色。
だが本当は景色など見ていなかった。
考えているのは隣にいる〇〇のことだけ。
そんな空気を少しでも和らげようと思ったのか、〇〇が口を開く。
〇〇「行き先はご自宅でよろしいですか?」
わざとらしいほど丁寧な口調。
飛鳥は少しだけ吹き出しそうになる。
けれど我慢した。
飛鳥「やだ」
〇〇「はい?」
飛鳥「まだ帰りたくない」
〇〇が苦笑する気配がした。
〇〇「わがままだな」
飛鳥「いいでしょ」
飛鳥は少しだけ視線を向ける。
飛鳥「〇〇にだけだもん」

自然に出た言葉だった。
だが言ったあとで少し恥ずかしくなる。
〇〇も一瞬黙った。
そして照れ隠しのように言う。
〇〇「仕事でもわがままだって聞いてるけど?」
飛鳥「はぁ?」
飛鳥は即座に反応した。
飛鳥「そんなことないし」
〇〇「スタッフが泣いてたぞ」
飛鳥「嘘つき」
〇〇「まあちょっと盛った」
飛鳥「最低」
そんなやり取りに少しだけ空気が柔らかくなる。
しばらくして。
飛鳥はぽつりと言った。
飛鳥「ねぇ」
〇〇「ん?」
飛鳥「ちょっと停めて」
〇〇は不思議そうな顔をしながらも従った。
路肩へ車を寄せる。
エンジン音だけが小さく響く。
周囲に車はほとんどない。
人影もない。
静かな夜だった。
まるで世界から切り離されたみたいだった。
飛鳥は窓の外を見つめたまま言う。
飛鳥「今日のジョーさんの披露宴ね」
〇〇「うん」
飛鳥「すごく良かった」
その声は柔らかかった。
どこか遠くを見ているようだった。
飛鳥「幸せそうだったんだよね」
飛鳥は思い出していた。
純白のドレス。
幸せそうな笑顔。
仲間たちからの祝福。
長い時間を経て辿り着いた幸せ。
その光景が妙に飛鳥の胸に残っていた。
〇〇も静かに頷く。
〇〇「そっか」
飛鳥「〇〇も来れば良かったのに」
〇〇「行きたかったんだけどな」
少し悔しそうな声。
本当に行きたかったのだろう。
飛鳥はそれが分かった。
昔からそうだった。
この人は口では適当に言うくせに、メンバーのことになると本気になる。
飛鳥「今度みんなから写真見せてもらいなよ」
〇〇「そうだな」
少しの沈黙。
そして飛鳥は意を決した。
ずっと聞きたかったこと。
今日だから聞けること。
飛鳥「ねえ」
〇〇「ん?」
飛鳥「〇〇は結婚とか……どう思う?」
〇〇が言葉に詰まる。
その反応を見て飛鳥は少しだけ笑った。
困っている。
珍しい。
でも今日は逃がさない。
飛鳥「私は」
飛鳥は静かに言った。
飛鳥「いいなって思った」
〇〇がこちらを見る。
驚いていた。
〇〇「飛鳥が?」
飛鳥「失礼なんだけど」
〇〇「だって前に結婚するメリットないって言ってたじゃん」
飛鳥は苦笑した。
確かに言った。
よく覚えてるな。
飛鳥「基本的には今もそう思ってる」
そう。
他の誰かなら。
きっと今でもそう思う。
でも。
飛鳥はゆっくりと〇〇へ向き直った。
まっすぐ見つめる。
逃げない。
今だけは。
飛鳥「でも」
胸が苦しい。
心臓が速い。
それでも言う。
決めたんだ。
飛鳥「〇〇となら……いいかなって思った」

車内が静まり返る。
飛鳥「てか、〇〇じゃないとヤダ……」
〇〇「飛鳥…」
飛鳥「乃木坂のときも」
〇〇「……」
飛鳥「卒業してからも」
〇〇「……」
飛鳥「ずっと〇〇は私を見ててくれた」
泣いた日も。
苦しかった日も。
誰にも言えなかった日も。
嬉しかった日も。
気付けば隣にいてくれた。
飛鳥「私だけ特別じゃないのも知ってる」
〇〇は皆に優しかった。
皆を支えていた。
だから勘違いしないようにしてきた。
でも。
それでも。
飛鳥「もし…私じゃなくて……」
声が震える。
飛鳥「他の人に〇〇が取られるのは……絶対に嫌」
本音。
ずっと胸の奥に閉じ込めていた気持ち。
飛鳥「我慢できないって思った」
飛鳥はシートベルトを外した。
カチャリという音が静かに響く。
そして身体を寄せる。
手を伸ばす。
そして、ゆっくりと、でもしっかりと〇〇を抱きしめる。
昔からずっと好きだった人を。
〇〇は目を見開く。
驚いていた。
でも拒まない。
飛鳥は少しだけ安心する。
そして静かに額を寄せた。
互いの息遣いが聞こえる距離。
何年分もの想いが胸に溢れていた。
言葉だけでは足りなかった。
だから飛鳥は目を閉じる。
そして――。

長い長い遠回りの末に辿り着いた答えを伝えるように、そっと唇を重ねた。
飛鳥の腕が優しく〇〇の首にまわり包み込む。
飛鳥「好き…〇〇……」

それに答えるように、〇〇の腕がゆっくりと飛鳥の背中に回り、抱きしめ返してきた。
その温もりだけで泣きそうになる。
ようやく届いた。
ようやく伝えられた。
そんな気がした。
飛鳥「……〇〇」
飛鳥は小さく呼ぶ。
震える声で。
飛鳥「〇〇もちゃんと答え聞かせて」

不安だった。
怖かった。
どれだけ強がっても。
どれだけ天邪鬼でも。
好きな人の答えだけは怖い。
すると〇〇は優しく笑った。
〇〇「好きだよ」
その一言で。
飛鳥の世界が止まった。
〇〇「飛鳥は結婚とか興味ないと思ってた」
〇〇は続ける。
〇〇「でも俺も」
優しい声。
昔から変わらない声。
〇〇「飛鳥のことが好きだ」
飛鳥は思わず目を閉じた。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
胸がいっぱいだった。
涙が出そうになるくらい。
でも。
そんな姿を見せるのは悔しい。
飛鳥「……ばか」
飛鳥は小さく呟く。
そして照れ隠しのように〇〇の肩へ額を押し付けた。
窓の外では東京の夜景が静かに輝いている。
車内には穏やかな沈黙が流れていた。
それは気まずい沈黙ではない。
長い年月をかけてようやく同じ場所へ辿り着いた二人だけの、温かな静寂だった。
終わり
※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。
