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リアミに参加したら幼馴染と修羅場になるなんて聞いてない!

【川端晃菜 短編物語】

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放課後の帰り道。

夏が近づいた夕暮れの空はまだ明るく、オレンジ色に染まった校舎からは運動部の掛け声が聞こえてくる。


〇〇「お疲れー!」


部活を終えた〇〇はラケットバッグを肩に担ぎながら、いつもの友人たちと駅までの道を歩いていた。


汗ばんだ制服のシャツをパタパタとあおぎながら、誰かが自販機で買った炭酸ジュースを勢いよく開ける。


「ぷはぁー!」


「おっさんかよ」


そんな何気ない放課後。


何気ないはずだった。


「そういえば昨日の乃木中見たか!?」


その一言が飛び出した瞬間、〇〇の心臓はびくりと跳ねた。


友人たちは全員、乃木坂46が好きだ。

ライブにも行くし、ミーグリにも行く。


文化祭では乃木坂の曲を流そうと本気で議論するような連中だ。


「見た見た!」


「瀬戸口心月と川端晃菜の対決、マジ笑った!」

「あれ最高だったわ!」


「晃菜ちゃん、リアクション可愛すぎ!」


「いや、瀬戸口も負けてなかったぞ!」


一気に会話はヒートアップする。


その中心にいる名前。



川端晃菜。


その名前が出るたびに、〇〇の胸は妙にむず痒くなった。



〇〇「(……本人知ってるって言えたら楽なんだけどな。)」



いや、絶対に言えない。


言った瞬間


「はぁぁぁぁぁ!?」

「え、幼馴染!?」

「紹介しろ!!」

「サイン!」

「写真!」

「LINE!」


未来が鮮明に想像できる。

100%面倒くさい。


だからこそ絶対に内緒。


幼稚園からずっと一緒だったことも。


毎日のように遊んでいたことも。


泣けば互いの家に駆け込んでいたことも。


全部、胸の中だけの思い出だった。




「〇〇、お前どう思った?」


突然話を振られ、〇〇は一瞬固まる。


〇〇「え?」


「昨日の乃木中!」


〇〇「あー……面白かったな。」


「だよな!」


「晃菜ちゃん可愛いよな!」


〇〇「……まぁ。」


なるべく平静を装う。


〇〇「(……今じゃ全国のファンが『可愛い』って言ってるんだよな。)」


少しだけ、不思議だった。


テレビの向こうで笑うアイドルとしての彼女と、自分知っている幼馴染としての彼女。

その二人が同じ人間だという事実が、いまだにうまく結びつかない。


「〇〇?」


〇〇「ん?」


「聞いてっか?」


〇〇「あ、聞いてる聞いてる。」


「絶対聞いてねぇやつじゃん!」


友人たちが笑う。

〇〇もつられて笑った。






--


帰宅。


〇〇「ただいまー。」


母親の「おかえりー」がキッチンのほうから聞こえる。


自分の部屋に入るなり、制服のネクタイを緩め、鞄を放り投げる。


そのまま勢いよくベッドへ。


〇〇「だぁぁぁぁ……」


ぼふっ。


身体が柔らかなマットレスへ沈む。


疲れた。


部活もあったし、ジメジメ暑かったし。



今日は何も考えず寝たい。




そう思った、その瞬間。


ピコン♪


スマホが震えた。


〇〇「(……誰だ。)」


手を伸ばし画面を見る。


そこには見慣れた名前。



川端晃菜


〇〇「……タイミング良すぎだろ。」


思わず笑ってしまうが、返事が遅くなると怒る幼馴染の顔を浮かべながらメッセージを開く。


晃菜『やっほー、〇〇今暇?』


昔から変わらない。

テレビでは清楚な笑顔でアイドルをしているくせに、LINEではまるで小学生のままだ。


〇〇は苦笑しながら返信する。


〇〇『今帰ってきたとこー』


返信するなり即既読。

そして即返信。


晃菜『ナイスタイミング! あのねあのね』



早っ。

入力速度どうなってるんだ。

スマホ握って待機してたのか。



と、思わず吹き出す。



このテンポも昔のままだった。


話したいことがあると


「ねぇねぇ!」

「あのさ!」

「聞いて聞いて!」


止まらなくなる。




家は歩いて三分。


学校から帰れば自然とどちらかの家へ行く。


ゲームをして、宿題をして、夕飯まで食べて、夜になれば親に「そろそろ帰りなさい」と追い出される。


そんな毎日だった。


でも。


今は違う。


晃菜は乃木坂46のメンバー。

人気アイドル。


万が一。

本当に万が一でも自分との関係が知られたら、彼女に迷惑がかかるかもしれない。



だから



直接会うのはやめよう



そう提案したのは〇〇だった。


もちろん、晃菜は納得しなかった。


晃菜「嫌!! なんで!? 意味わかんない!!」


泣きじゃくり、子どものように駄々をこねる晃菜。


最終的には双方の両親まで集まり、三日三晩かけて晃菜を大説得する事態になった。


晃菜母「晃菜、〇〇くんの言うことも分かるでしょう?」


晃菜「でも嫌ぁぁぁ!」


〇〇母「アイドルだからこそ気を付けないと。晃菜ちゃんはこれからなんだから」


晃菜「やだぁぁぁ!」


〇〇父「晃菜ちゃん落ち着いて! 二度と会えないとかじゃないんだから」


晃菜「二度と、会えない………ああああああ!!」



……もはや大災害だった。


あれは本当に大変だった……。


思い出すだけで胃が痛い。


その経験があるからこそ晃菜との関係が続いているのは嬉しくもあり、LINEだけという適切な距離を保っていた。




晃菜『てかさ、今度のリアルミーグリこそ来れるんだよね?』


〇〇「……うっ」



〇〇は天井を見上げた。


リアルミーグリ。

つまり直接会うイベント。


ファンとして参加するだけ。
決して幼馴染としてではなくと節度を守れば問題ない。

これが家族会議で下された結論。


それだけなのに。


自分にとってはハードルが高すぎた。



会ったら、昔みたいに話したくなる。

昔みたいに笑いたくなる。

昔みたいに隣で笑い合いたいと思ってしまう。



そんな自分が少し怖かった。



自分の気持ちを抑える。

それともう一つ、素直に行くと言えない理由があった。




〇〇『んー、まぁ、考えとくー』



送信。


これでひとまず逃げよう。


……そう思った。





ブブブブッ!!



〇〇「うわっ!」



スマホが震えた。

画面には


【 川端晃菜 ビデオ通話 】


〇〇「げっ!」


思わず声が漏れる。


なんで電話!?

しかもビデオ!?

文字で済ませろよ!!


放置するか?


いや。


放置したら絶対あとで面倒だ。


「なんで出ないの?」

「忙しかった?」

「寝てた?」

「嫌いになった?」

「私、泣くよ?」


未来が簡単に想像できる。


しかも最後は本当に泣く。

〇〇は深いため息をつき、覚悟を決めて通話ボタンを押した。


その瞬間、画面いっぱいに、晃菜の顔が飛び込んできた。


晃菜「ちょっと!」


〇〇「うわ近っ!」


ほぼ目元と鼻しか映っていない。


晃菜「まさか来ない気じゃないよね!!」


〇〇「いや、だから近い近い!」


自分の顔の絵力自覚しろ!

そんなツッコミを飲み込みながら〇〇は笑う。


テレビで見る整った顔立ち。

ファンなら悲鳴を上げるほどの至近距離。


〇〇「いや、行かないとは言ってないだろ。」


晃菜「ほんと?」


〇〇「ほんと。」


晃菜「絶対?」


〇〇「絶対。」


晃菜はじーっと画面越しに見つめてくる。

その視線は昔から変わらない。


嘘をつくとすぐ見抜く目。


数秒の沈黙。


そして。


晃菜「来ないと」


晃菜が少しだけ声を低くした。


晃菜「私から〇〇のところに行くからね。」


〇〇「……。」


晃菜「……。」


〇〇「いや、それだけはやめろ!」


晃菜「なんで?」


〇〇「約束しただろ!」


もし現役アイドルが幼馴染の男の家に来たら近所は大騒ぎ。


もしバレでもしたら、SNSは炎上。

翌日のニュースになってもおかしくない。


晃菜「マジで行くから。」


晃菜は真顔だった。


〇〇「わ、わかったって。」


観念してそう答える。

すると、さっきまで鬼のような顔をしていた晃菜は、ぱっと花が咲くように笑った。


晃菜「やった!」


その笑顔はテレビで見るアイドルの笑顔ではない。

幼馴染だけに見せる、何の飾りもない無邪気な笑顔だった。


晃菜「じゃあ約束ね!」


〇〇「はいはい。」


晃菜「約束!」


〇〇「わかったよ、約束だ」


晃菜「えへへ。」


それだけで満足したのか、その後は晃菜の仕事の話、メンバーの面白い話、もう何回したか分からない昔話。


気づけば一時間近く笑いながら話していた。


画面越しなのに、不思議なくらい距離は近かった。


けれど通話が終わったあと、真っ暗になったスマホの画面を見つめながら、〇〇は小さく息を吐く。


〇〇「……やっぱり。」


会いたい。


その気持ちは、昔よりずっと大きくなっている。


だからこそ、簡単には会えない。


幼馴染としてではなく、人気アイドル・川端晃菜として生きる彼女を守りたい。


その想いと、自分の恋心。


その二つが、静かな夜の部屋で少しずつぶつかり始めていた。






リアルミート&グリート当日。


朝から〇〇の気分はずっと重かった。


駅へ向かう電車の中でも、友人たちは「今日やべぇ!」「生で見られる!」とテンションが天井知らずだったが、〇〇は一人だけ表情が曇っていた。


〇〇「はぁ……」


今日何度目か分からないため息が漏れる。


「おいおい、なんだよ〇〇。そんなため息なんかついて。」

隣を歩く友人が肩を小突く。


「そうだぜ! せっかく瀬戸口ちゃんと和ちゃん、それにかっきーまで当選した神引きだぞ!?」

別の友人もすかさず乗っかる。


「俺なんか全落ちだぞ!」

「俺もだ!」

「お前だけSSR引きまくってんだから喜べよ!」


三人から一斉にブーイングを浴びる。


〇〇「いや……その……」


〇〇は乾いた笑みを浮かべるしかない。


〇〇「(違うんだよ……、そういう問題じゃないんだ……。)」


心の中では頭を抱えていた。

晃菜からの誘いを躊躇していた理由は主な要因はこれだった。




事の発端は数週間前。


『みんなでリアミ応募しようぜ!』


そう友人たちに誘われた。


〇〇はその時、本当に軽い気持ちでノルことにした。

本当は晃菜のだけ申し込もうとしたのだが、みんなには箱推し的に振る舞っていたので、ほかのメンバーも申し込むことにした。


〇〇「(どうせ外れるだろ。)」


人気メンバーばかり。

倍率も高い。


少し申し込んで、お祭り気分を味わえればいい。


そんな考えだった。



ところが…



結果発表。



瀬戸口心月――当選。

井上和――当選。

賀喜遥香――当選。


川端晃菜――落選


〇〇「……うそ…だろ………?」


画面を二度見どころか、三度見した。


目をこすってもみた。


Wi-Fiのせいかと一縷の望みにかけてもみた。



それでも何度画面を更新しても変わらない。



〇〇「(晃菜以外、当たってるぅぅぅ!?)」



人生で運を使い果たした瞬間だった。

いや、むしろ運がないと嘆くべきなのか…?


不幸中の幸いは、晃菜との約束があったから、晃菜の分だけは本人から「絶対来てね」とチケットを渡されていた。


つまり。


〇〇「(晃菜以外の他のメンバーのところだけ当たるって何だよこの状況……。)」



神様は時々、本当に性格が悪い。



もちろんチケットを無駄にはできない。

高校生のお小遣いで買ったCDは決して安くない。


〇〇「(でも……晃菜にバレたら怒られるよなぁ……。)」


頭の中には、ビデオ通話で低い声を出した晃菜の顔が浮かぶ。


晃菜『来ないと私から行くからね。』


〇〇「(あれ怖かったなぁ……。)」


思い出して身震いした。




「おい、〇〇?」

「聞いてるか?」


〇〇「あ、うん。」


「今日めっちゃ静かじゃね?」

「なんだー? 楽しみすぎて寝不足か〜?」


まったく、人の気も知らないで…


〇〇「いや、ちょっと緊張してるだけ。」


嘘ではない。

ただ、その理由だけがみんなと違った。






--


リアミ会場は熱気に包まれていた。


あちこちで推しカラーの服を着たファン。

グッズを身につけた人。

緊張して深呼吸している人。


スタッフの案内が絶え間なく響く。


テレビの向こうにいた人たちが、今日だけは目の前にいる。

日常と非日常が交差する瞬間。


その現実感のなさに、〇〇の鼓動は少しずつ速くなっていく。


「じゃ、俺ら別レーンだから!」

「終わったら集合な!」


〇〇「了解。」


一人になった途端、静けさが戻る。


深呼吸。




最初に並ぶのは賀喜遥香のレーンだった。

目の前には長蛇の列。


〇〇「やっぱ、人気すげぇ……。」


何時間待っただろうか。

少しずつ前へ進み、ついにブースの前。


「次の方どうぞー。」

スタッフに促され、中へ入る。



遥香「はじめましてー!」

柔らかな笑顔、優しい声。

テレビで何百回も見た笑顔が、今は目の前にあった。


〇〇「(うわ……、テレビのまんまだ!)」


いや、テレビ以上だった。


思考が止まる。




一方。


遥香もまた〇〇を見た瞬間、小さく息を飲んでいた。


遥香「(えっ……すごい……。かっこいい……///)」


高校生らしい爽やかさ。

自然な笑顔に少し照れたような表情。


まるで、アニメや漫画から飛び出してきたような、主人公キャラのような、その全部が遥香の好みに刺さっていた。



遥香「(待って。落ち着いて私。仕事仕事。)」



内心では軽くパニックだった。


それでもアイドルとして笑顔は崩さない。


遥香「はじめましてだよね?」


〇〇「は、はい!」


遥香「お名前聞いてもいい?」


〇〇「あ、えっと……喜多川〇〇です!」


遥香「〇〇くん……じゃあ〇〇くんって呼ぶね。」



名前を呼ばれただけなのに胸が跳ねる。


〇〇「(名前呼ばれた……。ヤバい、距離近っ。)」


遥香は自然に会話を続ける。


遥香「リアミ初めて?」


〇〇「はい。でも乃木坂はずっと好きでした。」


遥香「ほんと?」

その言葉だけで遥香の表情がぱっと明るくなる。


遥香「嬉しい!」


一瞬照れ笑い。


そして少し視線を逸らしながら。


遥香「じ、じゃあ……私のことも推してくれたら嬉しいな……なんて。」


最後だけ少し恥ずかしそうだった。


その破壊力たるや。


〇〇「(……無理。可愛すぎる!!!)」


心臓が爆発寸前だった。


〇〇「は、はい! もちろんです!」


まるで脊髄反射。

考える前に口が動いていた。


遥香は嬉しそうに笑う。


遥香「やった!」


その笑顔にまた撃ち抜かれる。


「お時間でーす」

スタッフの声が鳴る。


〇〇「あ、ありがとうございました!」


遥香「また来てね、〇〇くん!」


ブースを出た〇〇は数歩歩いてから立ち止まる。


〇〇「はぁ……。」


今度のため息はさっきとは違う。


〇〇「かっきーヤバい……。そりゃ人気になるわ……///」


テレビでは伝わらない、リアルなあの空気感、優しさ。
目を合わせて話してくれる安心感。


全部が想像以上だった。





続いて井上和のレーン。


〇〇「失礼します。」


ブースへ足を踏み入れた瞬間、思考が停止した。


〇〇「(え、ちょっと待て。美人すぎるだろ。)」


画面越しでも十分美しかった。


だが実物は違う。


肌の透明感。

整った目鼻立ち。

吸い込まれそうな瞳。


〇〇「(こんなの反則だろ……。)」





一方。


井上和もまた、〇〇を見て固まっていた。


和「(えっ!? 待って待って待って!! 超タイプ!! え、何この人!?)」


心臓が一気に跳ね上がる。


しかし表情は崩さない。


和「(落ち着け井上和。私はアイドル。私はクール……。)」


必死に自己暗示をかける。


和「はじめまして。お名前教えてもらってもいいですか?」


〇〇「はじめまして、喜多川〇〇です。」


和「(〇〇くん……よし覚えた! 絶対忘れない。)」


和は心の中で名前を何度も復唱した。


和「〇〇くん。もしかして私を推してくれてるの?」


〇〇「えっと……」


和の質問に、〇〇は一瞬言葉に詰まる。


すると和は少しだけ肩を落とし


和「……違うんだ。」


寂しそうに呟く。



ただし、ほんの少しだけ上目遣い。


〇〇は完全に術中だった。


〇〇「い、いや! 和さん推しです!」


また勢いというか反射的にというか、今日早くも二人目の推し宣言。


〇〇「(俺の口どうした!?)」


心の中で自分にツッコミを入れる。


和「ほんと!?」


和の笑顔がぱっと咲く。


和「嬉しい!」


その無邪気な笑顔はさっきまでのクールさを吹き飛ばしていた。


〇〇「(かわいい……。)」


その時。


「お時間でーす」


助かった、あと十秒あったら、本当に心を持っていかれていた。






残るは瀬戸口心月。


晃菜とは6期生の同期だからこそ、晃菜の話も聞いてみたいと思ったのが選んだ理由。

あとは単純に可愛かったからとは、死んでも晃菜には言えない。


そんな邪な想いを抱きながらブースへ入る。




すると。



心月「あれ?」



瀬戸口が自分を見るなり目を丸くした。



そして



心月「〇〇くんだよね?」



〇〇「え?」



今度は〇〇が固まる。


〇〇「は、はい。え、な、なんで知ってるんですか!?」


心月「晃菜から写真見せてもらったり、お話聞いたりしてるから。すぐ分かったよ」


にこっと笑う。



〇〇「(マジか……。)」


少し照れ臭いのと同時に嬉しい。


心月「晃菜のところには行った?」


その質問に〇〇の肩がぴくりと動く。


〇〇「まだ……です」


心月「あー。」


瀬戸口は意味ありげに笑う。


心月「いいのかなぁ? 先に私のところ来ちゃって。」


ドキッとした。


心月「晃菜、嫉妬しちゃうよ?」


冗談交じりの一言。

だが〇〇には冗談に聞こえなかった。


〇〇「(する。あいつは絶対する。100%嫉妬して怒る……)


未来が鮮明に見える。

それと同時にサーッと血の気が引く。


〇〇は慌てて身を乗り出した。


〇〇「せ、瀬戸口さん! このことは晃菜には内緒で!」


その必死な様子を見て。


心月「(あれ。可愛いかも、〇〇くん)」


心月は思わずニヤリとして、年上ぶってからかいたくなる。

そんな悪戯心が芽生えた。


心月「いいよー。」


そう言うと、アクリルパネル越しに少しだけ顔を近づける。


心月「その代わり、私のこと推してくれる?」


距離が近い。

近すぎる。

笑顔がまぶしい。


〇〇「(ダメだ。近い近い近い!!)」


〇〇の思考回路は完全にショートした。


〇〇「は、はい」


今日三度目の推し宣言。


瀬戸口は思わず吹き出した。


心月「ふふっ。ありがと!」

その笑顔を見送りながらブースを出た〇〇は、廊下で天井を見上げた。


〇〇「……俺。今日だけで何人推し増ししてるんだ……。」




--


各レーンが休憩時間に入ると、さっきまでファンの熱気に包まれていた会場にも、ほんのひととき穏やかな空気が流れた。


スタッフが飲み物を配り、メンバーたちはそれぞれ椅子に腰掛けたり、同期同士で談笑したりしている。


そんな中、川端晃菜は自分のスマートフォンを両手で大事そうに持ちながら、小さく笑みを浮かべていた。


画面に映っているのは、〇〇とのLINE。


『今帰ってきたとこー』

『おつかれさま』

『約束する』


何気ない文字ばかり。
でも晃菜にとっては、どんな宝石やブランド物の服なんかよりも大切な宝物だった。


晃菜「(やっと会える)」


胸が高鳴る。

文字じゃない。

電話越しの声だけじゃないでもない。

画面の向こうでもない。


ちゃんと目の前で。

ちゃんと同じ空気を吸って。

ちゃんと話せる。


何話そうかな。

久しぶりって言おうかな。


でも昨日もビデオ通話したしなぁ。


あっ、「背伸びした?」って聞いてみようかな。



一人で考えては、くすっと笑う。


周りから見れば、完全に恋する女の子だった。


心月「晃菜〜」


後ろから聞き慣れた声。

振り向くと、瀬戸口心月が両手を後ろに組み、ニヤニヤしながら近づいてきていた。


晃菜「(……絶対ろくでもないこと考えてる)」


晃菜は瞬時に察して身構える。


晃菜「なに? その顔、絶対なんか企んでるでしょ」


心月「えへへ」


心月は否定しない。
むしろ笑みが深くなる。


そして。


心月「〇〇くん来てるんでしょ?」




晃菜「――え?」



晃菜の目が大きく見開かれた。


反射的に立ち上がる。


晃菜「な、なんで知ってるの!?」


心拍数が一気に跳ね上がる。

〇〇が今日くるってことは誰にも話していない。


なのに、どうして。


心月は晃菜の耳元へ近づき、小さな声で囁く。



心月「実はね――。」



瀬戸口は晃菜に〇〇が自分のブースに来たことを告げ口する。

ほんのイタズラごころ。


しかし、数十秒後。

晃菜の表情から笑顔が消える。


晃菜「……へぇ、〇〇……私より先に心月のところ行ったんだ。」



にこっと笑っている。

笑っているはずなのに、背後から黒い何かが立ち昇っているような錯覚を覚える。


晃菜「ふ〜ん、そっか〜」


心月の笑顔が固まる。


心月「(……あ。やりすぎた)」」


ほんの出来心だった。

少し嫉妬する晃菜を見て笑って癒されよう。


その程度だった。


でも、晃菜の〇〇への想いは、瀬戸口の想像をはるかに超えていた。


心月「(〇〇くん。ごめん。あとは頑張って)」


心の中で手を合わせる心月だった。







一方その頃。

当の〇〇は。


「前へお進みくださーい」


スタッフに案内されながら、晃菜のレーンへ並んでいた。


〇〇「(久しぶりだな。何話そう)」


電話やテレビ電話では話している。

LINEも毎日のようにしている。


なのに、実際に会うとなると何を話せばいいのか分からない。


〇〇「(とりあえず『久しぶり』かな? いや昨日話したし。『元気?』も変だよな。)」


考えれば考えるほど分からなくなる。




そして。


「どうぞ。」


ついに自分の番。

ブースへ入る。



〇〇「晃菜、久しぶ――」


その瞬間、〇〇の言葉が止まった。




じーっ。


晃菜がものすごく冷たい目でこちらを見ている。


〇〇「(あ。終わった……)」


心臓が嫌な音を立てる。


この顔、知ってる。

完全に怒ってるときのやつ。


幼馴染だから分かる。

本気で機嫌が悪い時の顔だった。


晃菜は何も言わず、人差し指をクイクイ。

指先で近くへ来いと合図する。



〇〇「(嫌だ………でも行かなかったらもっと怖い)」



諦めたように近寄る〇〇。

二人の間に沈黙が流れる。



まるで、ないはずの時計の秒針だけが聞こえてきそうだった。


頼む。

このまま時間切れになってくれ。


スタッフさん。


早く。




しかし。

現実は甘くなかった。


晃菜「……心月のところ」


晃菜が低い声で口を開く。


晃菜「行ったんだって?」


ゾクッ。

身体が勝手に反応する。


視線が泳ぐ。


しらばっくれろ。そう頭では分かっている。

でも、〇〇は昔から嘘が苦手だった。


顔に全部出る。
いまもそう。


その様子を見て、晃菜は確信する。


晃菜「……ふーん。」


さらに一歩近づく。


晃菜「じゃあ、ほかのメンバーのところにも行った……?」


また〇〇の身体がビクッと反応する。


〇〇「(俺の身体!! 正直すぎるだろ!!)」


心の中で全力ツッコミ。
しかし時すでに遅し。


晃菜「最低……。」


晃菜は頬を少し膨らませながら睨む。

その表情は見るまでもなく怒っている。


でも、どこか寂しそうでもあった。


晃菜「(私だけじゃ……なかったんだ。)」

胸が少しだけ痛む。


〇〇「い、いや、そういうわけじゃなくて」


晃菜「浮気モノ」


〇〇「違っ―」


その瞬間。


「お時間でーす」


〇〇は内心、心の中で安堵の息を漏らした。

あとで整理してから話そう。



だが。



晃菜は最後に小さく笑って。



晃菜「……逃げられると思うなよ」


にこりとした笑顔。

なのに怖い。

その一言だけ。


〇〇「(怖い怖い怖い!!)」



〇〇は背筋を震わせながらブースを出た。



出口を出たところですぐに声をかけられる。


「喜多川〇〇様でしょうか。」


〇〇「はい?」


外へ出た瞬間、黒いスタッフジャンパーを着た数人が近づいてきた。


「申し訳ございません。こちらへお願いできますか。」


え。


何。


俺なんかした!?


一瞬で血の気が引く。

頭の中では最悪の想像が暴走する。


え、出禁!?


俺そんな変なことした!?


推し増ししただけだけど!?




意味も分からず、半ば連行されるように個室のようなバックヤードの部屋に案内される。



「リアルミーグリ終了までこちらでお待ちください。」


スタッフはそう言って去っていく。


〇〇「……。」


静かな部屋で一人。


〇〇「(終わった。人生終わった。)」


膝を抱えながら天井を見る。

完全に犯罪者の心境だった。







--


どれくらい経っただろう。



不意に廊下からドタドタドタドタッ!!っと、すごい勢いで走る音が響いてくる。


そして次の瞬間


バンッ!!


勢いよく扉が開く。

そこには肩で息をしながら立つ晃菜がいた。


〇〇「晃菜! お、落ち着――」


最後まで言えなかった。


晃菜は一直線に駆け寄る。



そして。




ぎゅっ。




勢いよく〇〇へ抱きついた。



〇〇「ひ、晃菜!?」


晃菜「……バカ。」


〇〇の胸へ顔を埋めたまま、震える声でポツリという。

怒っていた。

拗ねてもいた。


でも、何より。


会いたかった。


その気持ちが全部その一言に詰まっていた。



〇〇は驚きながらも、恐る恐る背中へ手を回す。



〇〇「(温かい。本当に目の前にいる)」


ビデオ通話なんかでは伝わらなかった温もり。


その瞬間、〇〇も胸がいっぱいになった。





すると。


心月「あーあ。」


少しだけ呆れたような声。

ドアのところには瀬戸口が立っていた。


心月「ドア開けっぱなしじゃダメだよー。」


晃菜は〇〇の胸元に顔を埋めたまま、顔も上げずに言う。


晃菜「うるさい。心月が〇〇来たなんて言うからじゃん。」

心月「ごめんごめん。晃菜が嫉妬する顔見たくて」

晃菜「……ムカつく。」

心月「ごめんごめん」


晃菜はさらに〇〇へ顔を埋める。


〇〇「てか、瀬戸口さん。なんで言っちゃうんですか。」


晃菜「〇〇は黙ってて」

晃菜が顔を上げる。


晃菜「浮気者」


ぷくっと頬を膨らませる。

怒っている。


でも。


その上目遣いがあまりにも可愛すぎて。


〇〇「(反則だろ……。)」


〇〇は思わず視線を逸らした。


その時。


遥香「何してるのー?」


聞き覚えのある声。

そこには後輩たちを探してやってきた賀喜遥香の姿があった。


そして、その隣には井上和。


和「え?」


遥香「〇〇くん?」


和「ていうか、なんで晃菜が抱きついてるの?」


二人とも目を丸くする。

事情を聞かれた心月が笑いながら説明すると二人は「なるほど」と頷く。

そして、和が悪戯っぽく笑う。


和「ふーん。」


和が口元に不敵な笑みを浮かべた。


和「でも……〇〇くん、私のこと推すって言ってくれたよね?」


晃菜「!」



爆弾投下。



続けて遥香も


遥香「えー、私にも言ってくれたのにな〜」


晃菜「!!」


それを見た瀬戸口までも悪ノリする。


心月「ちなみに、私にも言ってくれました〜」


三方向からの集中砲火。


〇〇「えっ、あ、いや、あれは、その! 違くて!」


和「えー? 違うのー?」


〇〇「いや、違くなくて! えっと!」


完全にパニック。


言えば言うほど墓穴を掘る。


晃菜はそんな〇〇を見て、ぷくっと頬を膨らませる。


そして。

みんなに聞こえるように。


晃菜「もうっ! 〇〇は私のものなんだから! たとえ遥香さんでも、にゃぎさんでも、心月でも、〇〇だけは譲らないんだから!!」



宣言すると同時に、もう一度、ぎゅっと〇〇を抱き締める。


その腕には力が入っていた。


"もう離さない"


そんな気持ちが伝わってくる。

〇〇は困ったように笑いながらも。

そっと晃菜の背中へ腕を回した。

〇〇「……ごめん。」

小さくそう呟く。

晃菜は返事をしなかった。

ただ。

胸元へ顔を埋めたまま、

安心したように小さく笑うのだった。


その宣言は、子どもの独占欲にも似ていて。


けれど誰よりも真っ直ぐだった。


〇〇は小さく微笑む。

昔から変わらない。
好きになったものは絶対に手放さない。


それが〇〇が知っている川端晃菜という女の子だった。


〇〇もそっと腕を回し、幼馴染を抱きしめ返す。


その様子を見た遥香、和、心月は顔を見合わせる。


和「ふふっ。」


遥香「なんだか負けちゃったね。」


心月「ですね」


三人は苦笑しながら肩をすくめた。


部屋の中には、笑い声と、長い間すれ違っていた幼馴染がようやく同じ時間を取り戻したような、温かな空気がゆっくりと流れていた。





おわり
※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。

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