小学生ぶりのプラネタリウム。流れ星のような私たちと、あの頃と変わらない星空🌙
この前の休日に、夕方から一人でプラネタリウムを観に行ってきました。
去年の夏も、ずーっとプラネタリウムに行きたいと思っていたのですが、なんだかんだ理由をつけて、結局行かないままになっていました。
でも、これからはやってみたいことや行ってみたい場所が自分の中から湧いてきたら、無視せずに一つ一つ叶えてあげると決めたので、その小さな一歩として行ってきました🪐
せっかくなので、贅沢に2本のプログラムを鑑賞。
今夜見える星空をじっくり眺める回と、探査機と一緒に壮大な宇宙を旅する回です。
館内に入り、リクライニングシートに身を任せて天井を見上げているとき、ふと思いました。
「もしかすると、プラネタリウムに来るのって、小学生ぶりかもしれないな」と。
シートが深く倒れ、目の前に満天の星が広がった瞬間、小学生のときに学校の行事で観たプラネタリウムの記憶が、鮮やかによみがえってきました。
そのとき、暗闇の中で、小学生のときの自分の目と今の自分の目が重なり合って、一緒に同じ星を見上げているような、不思議な感覚に陥ったんです。
あの頃の私は、一体どんな気持ちでこの星を観ていたのだろう。
小学生のときの私と、今の私。
あの頃と比べて、見た目も中身も、たくさんの経験を経て変化しました。
けれど、目の前に広がっている星たちは、あの頃と変わらない姿で、ただそこに静かに存在している。
時間の流れが分からなくなるような、なんだかとても不思議な感じがしました。
そんな心地に浸りながら夜空を眺めていたら、
流れ星が流れていきました。
その瞬間、なぜか流れ星に私自身が重なって見えて、ふと「私たち人間は、この壮大な宇宙の歴史からしたら、夜空に一瞬だけ現れる流れ星のような存在なのかもしれないな」と思いました。
果てしない宇宙の大きな流れから見たら、ほんの一瞬のはかない命。
けれど、そんな一瞬のきらめきだからこそ、私たちの今生きているこの瞬間はこんなにも貴重で尊いものなのかもしれません。
そして、心地よい暗闇の中に身を委ねながら宇宙の旅が終わりを迎えたときでした。
暗かったドームに東の空から太陽がゆっくりと顔を出し始め、それと同時に館内にパッヘルベルの「カノン」のメロディが流れ始めたんです。
その瞬間、ブワッと鳥肌が立ちました。
実はこの日の朝自宅で、なぜか急に「カノン」が聴きたくなって、YouTubeでヴァイオリン演奏のカノンを流していました。
朝の何気ない気まぐれが、プラネタリウムの暗闇の中で優しく繋がったんです。
自分の心の声を無視せずに一歩を踏み出したからこそ、宇宙が「それでいいんだよ」と小さな奇跡を見せてくれたような、そんなあたたかい気持ちになりました。
プラネタリウムの建物を出た帰り道。
ふと空を見上げてみましたが、その日の夜空は曇っていて、星はあまり見えませんでした。
でも、「今は見えないだけで、星はあの雲の向こう側にずっと変わらずあるんだな」と、自然に思いました。
もしかしたら、その雲の奥を、流れ星が静かに流れていたかもしれません。
今見えているものだけが、全てではないんですよね。
いつもと変わらない帰り道の夜空を眺め、そんな気持ちになれたのは、プラネタリウムに足を運んだおかげです。
自分の視点が変われば、いつもと同じ景色も違う景色に見える。
そんなことを、プラネタリウムとあの時の曇った夜空が教えてくれた気がしました。
朝に、目を閉じて音色に浸った「カノン」🌙
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