地方在住専業主婦。1人でライブ@東京ドームへ行って思うこと
遠距離通学する中3長女と、帰宅時間の遅い高3長男にあわせて過ごすと慢性寝不足。
いつもは家族が出はらった後の30分朝寝を日課にしているのに、12月になってからそれができない。何かに追われてる。師走ー!
地方在住の私がライブ@東京ドームに行ってきた
なんて忙しいようなことを書きましたが、自分の楽しみは別物。
受験生2人がいようと、これだけは何があっても無事に遂行せねばな大切な予定。
自分と家族の体調をいつも以上に気にかけ、不安要素はとりのぞき準備万端。
そしてその日はきました。ありがとう、神さま!Mrs.GREEN APPLEのドームライブ!
というわけで、先日ライブ参戦するため、1人で南九州から弾丸で行ってきました。東京滞在時間24時間。
半年ほど前、家族に聞いてみたのです。
「うちには2人は受験生がいますよね。ですが、私は12月に東京ドームであるライブに行きたいと思います。申し込んでいい?」と。
半年以上先のことだし当たるか当たらないか現実味がなかっただけなのかもしれないけれど、
夫を含む家族の答えは「なんとかなるでしょ」。
拍子抜けするほどあっさりでした。
送迎など心配事項もなくはなかったのですが、家族が「どうぞ」ではなく「どーぞー」と軽いニュアンスで言うので、
それではお言葉に甘えて、と申し込んだところ、ありがたく12月の東京ドームのお席をいただくことができたのです。これはあれでしょうか。ビギナーズラック?
魔の30代を過ごした私はこんな日を想像できなかった
子どもたちがまだ小さかった10~15年前。
まだまだ慣れない地方生活の中、夫の仕事は年々忙しくなるばかり。それに伴いワンオペ生活も深まる。
「今度パパに会えるのはいつ?」という子どもたちの言葉も日常に。
「気軽に」頼れる両親や友達が近くにいないし、それ以前に人に頼ることが上手でない私は、日々絶望感と誰かにすがりつきたい思いがたくさん。
もし私がすべてを放棄したら、
万が一私がこの世からいなくなったらどうなるんだろうな、と思ったことも1回や2回ではありません。
なのに、そんなことは押し隠して「なんだかんだで私は幸せなんだから」とふるまってもいた私。
体にいいものを食べさせねばと食材を宅配してもらって料理するということをしながらも、
時々何もかも放棄してファーストフードのお世話になるなんてことをしては、一貫性のない自分に落ち込む。
幼稚園のない土日は朝から晩までワンオペ。
同じようなワンオペママ仲間も、地元出身の友達には近くに実家があったり、
私と同じようによそから来た人でも、土日は家族で過ごす人が多く(転勤族のご家庭は、都会勤務よりも地方転勤したほうが休日をゆったり過ごせるようだった)、
週末はより孤独を感じていました。
身体はくたくた、心の中では満たされない思いと悲しさでいつも真っ黒(矛盾するけれど、だからこそ子どもの存在に癒されてもいました)。
そんな毎日を過ごしていたら、身体は正直というのは本当で、
3人目を妊娠中に、まずは頭から足のつま先までアトピー発症。痒さで夜は眠れなくなり、昼夜逆転。
そのうち、出かけるたびに信号の色を”復習”しないと出かけられないくらいの記憶障害にもなっていました。出産直前の体重も、妊娠前+5キロいかないくらい。
それでも日常はとまってくれないわけで、
同時期にひどいアトピー性皮膚炎になった長男に優しくできず、そんな自分が嫌で仕方なかった黒歴史な30代。
少し先の人生を想像して希望をもつ、なんて余裕は1ミリもありませんでした。
自分を取り戻しはじめると「好き」が出てきた
そんな私も、何年もかけて少しずつ体調や記憶力や回復させ(今は違う意味で記憶力があやうい)、
子ども達も成長してくれ、
やっと数年前に自分の軸をとりもどした感覚がありました。
「今やりたいことをできるだけやろう」と思うようになれたのもこの頃からです。
きっかけらしいきっかけは全く思い出せないのですが、突然ミセスの歌と歌詞が刺さり、
初めてファンクラブというものに入り、
一度はこの目と耳で!と応募して今回のライブ参戦が叶った、というのもそのうちのひとつです。
実家が東京にあるからできること
ひーひー言いながらワンオペ育児をしていた頃、実家が遠いことはマイナスでしか捉えられていませんでした。
結婚して地方にきたことも、正直後悔しかありませんでした。
でも、それから十数年たった今の私は、思いがけず、地方と都会のいいところを味わわせてもらっています。
今回のように東京に行くことも、
・物理的に家族と離れる=「自分」に戻れる
・ホテルをとらなくていい(実家泊)
・飛行機を含む交通機関になれているのでとまどわない(路線図が好き)
・土地勘がある
など地方の人が上京する際の宿泊(ライブでの発表とともに会場近くのホテルの価格がばばーん!とあがるのですね。びっくりしました)や移動問題も楽々クリアできました。
これは、これから東京の大学を受験するであろう長男にもあてはまり、
・飛行機や電車にわりと慣れている(長男特権。下の子達は長男ほど帰省できていない)
・宿泊先がある(私の実家)
・食事など私の両親のサポートを受けられそう
などがあり、とりあえずは安心して送り出せそうです。
今まで実家が遠いのはマイナスばかりだと思っていたけれど、ここにきてプラス面が増えてきた感じがあります。
そう思えるのは、きっと地方で住んでいることの有りがたみもわかるようになっているからでもありますね。
どんなことでも「マイナス」も「プラス」もある。つらかったらヘルプを出して
たとえば、かつての私のように、人に頼れない、もしくは頼れる人が周りにいない状況の人がいたとして、
「数年後には1人旅行ができる日もきちゃうよ。だから今はがんばって!」なんてことはちっとも思いません。思えません。
むしろ「“いつかは”私にもご褒美が、なんてだめよ」、「頼れるものは今すぐ頼って」、「自分を見失わないで」と、もう本当にそれです。
それでもね、東京ドームを目の前にしたときには、過去の自分に「こんな日がきたよ」と教えてぎゅーっとしたくなったのでした。
都会を離れて地方にきた
地方を離れて都会にきた
頼れる人がいる、いない
子どもが多い、少ない
想像していなかった状況で困難にぶつかると、マイナス部分にフォーカスしてしまいがち。私なんてフォーカスどころかマイナスにふりきっていました。
でも辛い時にでも
マイナス5からゼロ、いや、マイナス2くらいまであげる方法はきっとある、
ちょっと離れてみると、マイナス100:プラス0ではないこともある
1人でなんとかしないでまずはヘルプを出そう
と考えることって、
自分のためにも、
その先にいる周りの人のためにも
大事だなって思うのです。
…なーんて、こんなことを余裕ゼロの当時の私に言ったら、号泣しながら怒られそうですが。
でもそんな視点を少しでも持っていたかったと思うし、
今そんな人がいるのなら駆け込めるところがあったり、気づいてあげられる人がいますように、と強く子育ての後半戦の私です。
