築19年の家が、査定額以上で売れた意外な理由
夫の給料が少なすぎる。妊娠で無職になった私。
ぎりぎりで手にしたのは、築12年・リフォームなし、1450万円の中古住宅でした。
「この家しかない」――そう思い込んで必死に暮らした7年間。
けれど7年後、私たちは“査定額以上”で売り切る奇跡を起こします。
長男出産後の夫の自損事故で車を廃車に
ワンオペでの年子育児、産後うつを経て
自分を奮い立たせて挑んだ資格取得
終わりの見えない内職…。
濃密すぎる日常の中で、夫は飲食業を辞め、自営業へとシフト。
“焦り”と“葛藤”の連続が、
やがて想像もしなかった結果を運んできたのです。
そして最後に、まさかの人物が購入を決めることになります――。
次にどう続くか、想像できますか?
夫婦の収入が安定せず、家やお金のことに悩んでいる
中古住宅か賃貸か、新築かで迷っている
家を「買うべきか、売るべきか」で決断できずにいる
そんなあなたに向けて、
27歳無職+24歳転職1年目の夫婦が選んだ
“狭くて、マッチ棒みたいな家”が、
7年後に奇跡を起こした物語をお届けします。
27歳無職+転職1年目の夫と購入した1450万円の中古住宅
当時、私は27歳。
妊娠のつわりで働けなくなり、
当時働いていた保育園から自己都合で退職してくれと言われ無職に。
夫は24歳、転職してまだ1年目の飲食店勤務。
私たちは義両親の家に居候しながら、
新しい住まいを探す日々を送っていました。
けれど、夫の給料や勤続年数から借りられる額は2000万円以下。
――お互い口に出しませんでしたが、
「新築の家なんて、とても無理」
そんなとき、義両親が見つけてきてくれたのが、
築12年・リフォームなしの中古住宅。
価格は1450万円。
ローンは35年、変動金利1%、月々の返済は約41,000円。
決して“理想の家”ではありませんでした。
けれど背に腹は代えられない。
長男が生まれる1ヶ月前、私たちはその家に引っ越し。
新たな生活を始めました。
住宅ローン控除で家計が救われた!
仕組みと実際の還付額
住宅ローン控除とは?
月々の返済は約4万円。
夫の手取りは当時24万円ほどでした。
正直、ぎりぎりの生活でしたが、
当時の私たちにとって、
何よりありがたかったのは住宅ローン控除でした。
年末のローン残高の1%が、支払った所得税から差し引かれる仕組みです。
賃貸と購入どっちがお得?“年末の臨時収入”というメリット
私たちのケース
たとえば夫の月々の所得税は約2万円。年間24万円を納めていました。
ローン残高1450万円なら、その1%=14.5万円が控除対象。
つまり、年末調整で14.5万円がまるごと還付に。
この“ボーナスのような戻り”は、本当にありがたかった。
実質的には「年間の返済49.2万円のうち、約3割が戻ってくる」感覚。
これはまさに、賃貸では絶対に得られなかった“年末の臨時収入”でした。
そして、もし賃貸を借りていたら、4万円で住めるのはワンルームくらい。
子どもを迎える私たちには到底無理でした。
だからこそ、
この中古住宅は「選ばざるを得なかった家」でありながら、
当時の私たちには最も妥当で身の丈に合った選択だったのです。
新築VS中古|税金・仲介手数料・資産価値のリアル比較
ここで一度、「もしあのとき新築を選んでいたら?」と考えてみます。
◆ 新築物件
価格が高い(地域によっては+500〜1000万円差が普通)
評価額が高く、不動産取得税や登録免許税などの初期コストも大きい
建売や業者直販なら仲介手数料0円のケースもあるが、基本的に物件価格が高いほど仲介手数料も高額になる
住宅ローン控除は利用可能で、控除期間も長めに設定される傾向あり
設備が最新で、当面は修繕費が不要
資産価値は「新築プレミアム」がつくが、購入直後に大きく値落ちする
◆ 中古物件
価格が安い(築年数が経つほど相場が下がる)
評価額が低いため、不動産取得税や登録免許税の負担が抑えられる。
一定条件で軽減措置もある仲介手数料はほぼ必須。「物件価格×3%+6万円+消費税」で計算。例:1450万円の物件なら約51万円
住宅ローン控除は利用可能。ただし築年数や条件を満たす必要がある
設備が古く、リフォームや修繕費が必要になる場合がある
(うちの場合、古いけど直さなくても使えるレベル感、リフォームなしを選択しました)資産価値は相場が安定しており、条件次第では購入額と同等かそれ以上で売却できることもある
こうして整理すると、
当時の私たちには中古一択だった理由がはっきり見えてきます。
私たちは「無職の私+転職1年目の夫」という条件もあり、
そもそも新築は選択肢に入れられませんでした。
ですが、中古物件を選んだからこそ、
ローン控除と低コストの恩恵を最大限に受けられたのだと思います。
「安いから妥協した」のではなく、
「今の収入と条件に合った、もっとも現実的で妥当な選択」だったのです。
「一生この家で暮らすんだろうな」と思っていた私と違い、
夫はすでに別の未来を見据えていたのですが…。
家を売る決断|夫の本音と「手放したい理由」
売却の話が持ち上がったのは、
家を買ってから7年後のことでした。
三男が生まれて半年、
夫は新婚当初から勤めていた飲食店を辞め、
自営業へと舵を切ります。
その仕事が軌道に乗り、収入も安定しはじめた頃
――夫の口から唐突に出たのは
「この家、売ろうか」という一言でした。
実は夫、もともとマイホームに夢を描くタイプではなかったのです。
この家を買ったのも
「義実家からの圧力で仕方なく」というのが本音だったと、
後になって聞かされました。
ローンを組める額が少なかったこと、
手取りの給料が少なすぎたこと――
その現実を突きつけられるたびに、
男として情けなさを感じていたそうです。
私自身も当時は妊娠で仕事を辞めざるを得ず、
収入が大きく減った。
それが夫にとっては
「俺が家族を養っていかなければ」と
さらに重いプレッシャーになっていたのだとか。
「中古で狭くて、マッチ棒みたいな家。全然好きじゃなかった」
今でもあの頃を振り返ると、
夫は笑いながらそう文句を言います。
要するに、この家に愛着はまったく持てなかったのです。
さらに、地域への不満も募っていました。
「子どもたちの小学校区を変えたい」
「もっと広い家に住みたい」
夫の中で“家を手放す理由”は、次々と積み重なっていったのです。
そして現実に売却を進めるにあたり、
業者とのやりとりや細かな手続きを担ったのは私。
表向きは夫主導の決断でも、
実際に動いたのはすべて私でした。
こうして夫にとっては
「思い入れのない家」を手放す物語が、
いよいよ始まったのです。
査定と市場調査|築19年の家の評価額はいくらだった?
売却を決めた私たちは、
まず不動産業者への査定から動き出しました。
ネットや電話で3社に問い合わせ、
子どもたちがいる夕方に査定にくる業者もいて
査定してもらうのも一苦労。
提示された見積額は――どれも900〜1100万円。
購入から7年。
すでに築19年となった家は、
水回りのリフォームも一切しておらず、壁紙もいい感じでボロボロ。。
だから正直、この評価は「まあ、妥当だよね」と納得できるものでした。
けれど心のどこかで引っかかっていたのです。
「残債が残るのは嫌だ」――。
35年ローンの途中で家を手放すのに、
借金だけが残るなんて絶対に避けたかった。
夫と話し合いを重ね、最終的に出した答えはシンプルでした。
「ダメもとで、購入時と同じ1450万円で売りに出そう」。
その頃にはすでに「次に住む家をどうするか」も
同時に動き始めていました。
もちろん新築ではなく、中古の物件。
「売りながら買う」
――そんな綱渡りのような住み替え計画を、
夫婦で進めていくことになったのです。
売却活動のリアル|問い合わせゼロから契約成立までの6ヶ月
不動産業者から最初に言われたのは、こんな説明でした。
「中古物件が売れるまでの期間は3〜6ヶ月が平均。ただし人気エリアや価格が適切なら早く売れることもあります。逆に高すぎたり需要が少ないエリアでは1年以上かかることもあります」
つまり、「時間がかかるのが当たり前」ということ。
だから私たちは、最初からこう伝えました。
「急いでいないので、いい条件が出るまで待ちます」
人間、焦るとろくなことにならないと思っていましたし、
実際急かすようなことを言う業者さんとは、早々に手を切りました。
実際に売却完了までにかかったのは約半年。
売り出してすぐは、問い合わせが一件もなく「値下げした方がいいのかな…」と気持ちが揺れる日々でした。
けれど3ヶ月を過ぎた頃から、少しずつ流れが変わりはじめます。
2月に入ったあたりから、転勤や新学期、転職に備えて動き出す人が増える“需要の波”が来たのです。
問い合わせがポツポツと入り、見学希望も出てきました。
【成功の裏側】値引きなしで売却できた理由とは
オープンハウスは予約制で開催。
引っ越し前の家に3組の見学者を迎えました。
そのうちのひと組が、
「1ヶ月後に退去することを条件に、希望価格で契約したい」と申し出てくれたのです。
しかも――値引き交渉なし。
あの時の安堵感と達成感は、今でも鮮明に覚えています。
最終的にお願いした業者は、一番親身でレスポンスが早く、話していて違和感のない担当者でした。
売却活動は「人」次第。
信頼できる担当者と出会えたことが、成功の大きな要因だったと思います。
最終的に購入したのは…
そして迎えた結末は、まさかの展開でした。
驚きの買主は・・・!家族事情とご縁が導いた売却成立
引っ越してきた当初、町内会の組長をされていて、地域のことをいろいろと教えてくれた親切な方。
普段から「おはようございます」と挨拶を交わす顔見知りで、ご主人は会社勤め、奥さんは看護師。しっかりしたご家庭で、ローン滞納の心配もなさそう。
事情を聞けば、お子さん3人のうち1人が離婚されて、小さな子ども2人を連れて実家に戻ってきたとのこと。
おばあちゃん、ご夫婦、お子さん3人、そしてお孫さん2人――合計7人が同じ屋根の下で暮らすことに。
「ずっと手狭で、近所でいい物件を探していたんです」そう話してくれました。
一度は値引き交渉もされました。
けれど私たちは情に流されることなく
(ちょっと冷たいかもしれませんが)
希望価格から一歩も譲りませんでした。
それでも最終的に、そのままの価格で快諾していただけたのです。
こうして売却は無事に成立。
手数料などを差し引いたあと、手元には100万円が残りました。
家族で過ごした7年間で得た学び
長男が生まれた直後の1年目。夫は自損事故で、買って1年の車を大破。幸せと不安が入り混じるスタートでした。
2年目は、不規則すぎる飲食店勤務の夫に頼れず、年子の育児を一人で抱え込み、産後うつのように心身ともに疲弊しました。
それでも3年目には「このままではいけない」と奮起。子どもを育てながら職業訓練に通い、簿記2級を取得。
4年目には、三男の妊娠が判明。産むかどうかを義両親や夫から迫られるという大きな選択を突きつけられました。
5年目は、「もう自宅で働くしかない」と内職に没頭。終わりの見えない日々の中で出会った海外発送の仕事が、のちに夫のキャリアシフトに大きな影響を与えることになりました。
6年目、長男が小学校に入学。
7年目、次男も小学校に上がり――その夏、私たちはついに家を売却し、新しい生活へと踏み出しました。
怒涛のスケジュール。笑いも涙も詰め込まれた、すごく濃い7年間でした。
家を売りたい人への3つのアドバイス
あなたが「どうせ無理…」と思っているその瞬間こそ、奇跡を手繰り寄せるきっかけかもしれません。
私たちもそうやって、小さな選択を積み重ね、築19年の家を査定以上の価格で売却することができたのです。
今日のあなたの一歩が、未来の財産に変わります。
まずは「自分の価値は、自分で決める」と信じてみてください。
実際に経験して感じたのは――
業者に任せきりにせず、希望額を自分たちで設定すること
売却を急がず、焦らないこと
そして、近所へのアプローチを侮らないこと
この3つが成功のカギだったということです。
最終的に買ってくれたのは、なんと隣人。
娘さんと孫との同居で手狭になり、すぐ近くで家を探していたのです。
「家族を近くに住まわせたい」という思いは、多くの人に共通する願い。
そのニーズを掴めたことが、売却を成功に導いた最大の要因でした。
結果として、私たちは思った以上の価格で家を手放し、100万円を手にして次のステージへ進むことができました。
もしこれを読んでいるあなたが、いつか家を売るときが来たら――
ぜひ「隣人へのアプローチ」も一つの選択肢に加えてみてください。
想像もしなかったご縁が、思わぬ未来を拓いてくれるかもしれません。
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
いただいたお気持ちは、次の記事を書くための取材費(書籍など)として大切に使わせていただきます。