自己紹介と映画『私たちの話し方』前編

はじめまして。綾 仁美といいます。
大学でイギリス文学を学び、現在は翻訳会社で働いています、とか、映画が好きでよく観ています、とか、自己紹介として色々なことを考えたのですが、なんと説明しようかな…と思っていたことがあります。

それは、私に生まれつきの障害があって、日常生活で電動車椅子に乗っていることについて。

障害は自分の一部として当たり前にあるもので、ずっと付き合ってゆくものだから説明したいな、という思いと、「言葉にするの難しいな…」という感覚が共存していました。

そんな時に観て、心を揺さぶられた映画があります。
来週3月27日(金)に劇場公開されるアダム・ウォン監督作品、『私たちの話し方』です。

日本では劇場公開に先駆けて、2025年の第20回大阪アジアン映画祭、「手話のまち 東京国際ろう芸術祭2025」、2026年の第21回さがの映像祭で上映されてきました。

異なる考え方のなかで育った3人のろう者が出会い、本当の自分を見つけてゆく香港の青春映画なのですが、

登場人物3人の姿にかつての自分が重なって、まるで自分の映し鏡を観ているような感覚になりました。この先何度この作品を観たとしても、あの時の感覚を忘れることはないでしょう。

私にとって障害って何なのか、障害をどう自分のなかに位置付けてきたのか、そんなことが、この映画を通じてなら語れるかもしれないと思えました。

どうしてそう思えたのか、まず今日の記事では『私たちの話し方』の映画作品としての魅力に焦点を当てて紹介したいと思います。

聴こえない・聴こえにくい日常を伝えるための映画

聴こえない・聴こえにくいことは、3人の日常なのだ、ということが、とても良く伝わる映画です。本人が当たり前に繰り返している日常生活での感覚を他者が理解することはとても難しいと思うのですが、普段、無音のつもりでいても周囲に音があふれていることや、耳に入る音が限られているなかで情報を得る難しさや、手話で会話している時の感覚などが体感できる作りになっています。
聴こえない・聴こえにくいことが日常に溶け込んでいる感覚を体験するためにも、絶対に映画館で観てください。

海の奥に潜るように、自分の心の奥を見つめる

3人は、一緒に過ごすなかで新しい世界を知ってゆきます。
シュノーケリングやダイビングも新しい世界を象徴するものの1つ。
表面上は穏やかな海の奥に潜り、今まで見えなかった・見てこなかったものを見つめようとしている姿と、新しい世界を知ったことで、今まで当たり前だと思っていた価値観が揺れ動き、「本当はどうしたいのか」とそれぞれが自分自身に問いかける様子が、重なりあって見えました。
作中で描かれる海・波・水中の世界といった静かで美しい自然描写とシンクロしてゆくような、登場人物たちの心情の変化に注目です。

それぞれの違いがあるからこそ

どうして3人が出会って一緒に過ごすことが価値観を揺さぶるような出来事になるかというと、聴こえないことに対する考え方、手話を使うのか音声言語を使うのか…こうしたことが3人それぞれ異なるからです。
ここまで読んでくださった方は「聴こえないならみんな一緒じゃないの?」と思われるかもしれません。でも、「同じ」と捉えられがちな当事者のなかでも様々なグラデーションがあり、それぞれの違いがあるからこそ世界を広げてゆけるのだと、背中を押してくれる作品だと思います。

次回、本作の劇場公開日3月27日に公開する後編の記事では、3人それぞれに異なる心情や背景について、私自身の経験や考え方も織り交ぜながら紹介したいと思います。後編も読んでくださったら嬉しいです。

#Translogue #翻訳同人誌 #私たちの話し方 #アダム・ウォン




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