貧乏コンプレックス
私は幼少時、貧乏な家庭で育った。
私の両親は中国から、ほぼ無一文で日本に留学してきた。
二人とも工場のライン作業やレストランでアルバイトをしながら、大学院に通っていた。
当時住んでた家は、築35年の風呂なしボロアパート。
洗濯機は家の外で、トタン屋根の下に置いてあった。
私が使っていたランドセルや自転車などは、よく知らない近所の方々からお下がりをもらっていた。
世帯収入が少なかったので、小1の時の教科書代は免除だったと、大きくなってから父が教えてくれた。
小学生の頃は、友達の着てるかわいい洋服や文房具がいつもまぶしかった。
もちろん私もそれらが欲しかったが、親に頼んでも買ってくれるわけないとわかっていたので、ねだったことすらない。
どの友達の家に遊びに行っても、我が家より立派なお家に住んでて、そのたびにうちって貧乏なんだと思い知らされた。
そんな経験の積み重ねにより、私は幼少時に強烈な貧乏コンプレックスを抱くことになった。
はやくこの貧乏な生活から抜け出したい。
私が大人になったら、絶対自分の子どもにはこんなみじめな思いはさせたくない。
将来はお金持ちになりたい。
いや、絶対お金持ちになってやる。
小学生低学年の頃には、私はもうこんな決意をしていた。
お金持ちになれたらいいな、なんて漠然とした願いじゃない。
ぜったい、お金持ちに、私はなる
そう決めたのだ。
小さい頃から私は周りの大人にいつもしっかり者と言われており、現実的な子どもだった。
将来お金持ちになるには、どうしたらいいのか?
親は私に、たくさん勉強して、いい大学に行っていい仕事につけば、給料がたくさん稼げると教えてくれた。
それを信じ、お金持ちになることだけをモチベーションに、私は勉強した。
高校時代まで、成績はいつもトップだった。
進路を選ぶときは、
①国家資格あり(女性が出産後も復帰しやすい)
②興味がある(当時の好きな科目は英語と生物)
③安定していて高収入
④人の役に立ってやりがいがある
⑤万一海外で暮らすことになっても仕事が見つかりやすい
という全ての条件をみたす、医師を目指すことにした。
一浪したけど、どうにか旧帝大の医学部に合格できた。
医学部を卒業して、研修医になってお給料ももらえるようになり。
やっと夢がかなったと、幸せを噛み締めた。
当直手当などがついて、それなりのお給料がもらえたし。
病院の寮住まいで家賃は3万円だったから、余裕はあった。
初任給がでた時は、父親にオーダーメイドの革靴をプレゼントしたっけ。
貧乏性な父は、合皮の靴しか持ってなくて。
「将来私がお金持ちになったら、いい靴を買ってあげるね!」と、中学生の頃に約束してたからだ。
ちなみに父はその革靴をたいそう大事にしまって全然使わず、私の結婚式の時に初めて穿いていた。
まぁとにかく、自分で稼いだお金を自分で好きに使って、値札を気にせず買い物できるなんて最高だなと思った。
高級レストランだって自分で行けるし、高いワインも飲める。
ここまで来た自分を自分で褒めてやりたかった。
(もちろん浪人させてくれ、学費を出してくれた両親には感謝している)
でも、最初のうちこそお金で満たされた気持ちになれたけど、1年も経たないうちに、その生活は普通になった。
生活レベルが上がって、欲しいものはたいてい手に入るようになり、小金持ちな生活に慣れたのだ。
人はどんなことにも慣れる生き物なんだなと思った。
そこそこ満たされた生活が送れるようになったら、給料が2倍になったからって2倍幸せになれるわけじゃないという、当たり前のことに気づいた。
小さい頃、私はお金持ちになったら、幸せになれると思ってた。
今の私は、確かに昔より幸せだし、生活の満足度も高い。
でもそれはお金そのものが幸せにしてくれるわけではなく、お金が選択肢を与えてくれるからだ。
例えばどこかに行くとき、昔の我が家なら、交通手段は一番お金がかからないもの一択だ。
でも、お金があればタクシーでも飛行機でも電車でも、好きなものをチョイスできる。
お金を出すことで、時間や労力を節約できるのだ。
例えば服を買うとき。
私が小さい頃は、近所のジャスコで最安値の棚から選ぶのが基本だった。
他に選択肢なんてなかった。
でも今ならデザインや着心地など、自分が好きかどうか、という基準で選べる。
大人になって初めて気づいたことは、小さな頃の私が本当に欲しかったのはお金じゃなくて、自由だったということ。
私は選択肢のない生活が、息苦しかったのだ。
いつでも一番安いのものしか選べない自分がみじめで、貧乏くさい両親が嫌だった。
当時は気づかなかったけど、今ならわかる。
これが好き、本当はこっちがいいのに、という自分の気持ちをいつだって押し殺して、なかったことにしていた。
お友達の持ってるものが羨ましいのに、妬ましく思う自分が嫌で。
あんなのかわいくない、別にあんなの好きじゃないしって、無理に思いこもうとしていた。
今でも私の中には6歳くらいの自分が住んでいて、たまにひょっこり顔をだす。
恵まれた環境の、私の娘たちを見て、羨ましそうに指をくわえてる。
そんな小さい私に、もう自分の気持ちを押し殺さなくていいんだよって、大人になった私はそっと声をかける。
貧乏コンプレックスは、今でもなくなったわけじゃないけれど。
小さい頃の自分を少しずつ、私なりに癒やしている。
