3.3 日本のフェラン・アドリア、そしてイビサの寿司──【イベリコ豚の国で迷子になって】
まさにそれを実行して、スペイン紙に「日本のフェラン・アドリア」と称されたのが、松久秀樹だ。彼は、2001年に日本人で初めてスペインのミシュラン1ッ星を獲得している。
実家が寿司屋だった松久は、15歳のときに修行をはじめた。バルセロナに来たのは、25歳のとき。当時はスペイン語すらろくに喋れなかったという。そんな彼が2001年に1店舗目の「SHUNKA」を無謀にもオープンする。初めこそ客入りは不安定だったものの、地元のシェフが食べにやってきて口コミで三ッ星シェフにまで広まり、さらに取材を受けたその三ッ星シェフが「最近行ったレストランで衝撃を受けた」と言って「SHUNKA」の名前を出した。そうして徐々に軌道に乗りはじめた。
なぜ、そこまで地元のシェフたちが感動したのかというと、それがマットも指摘していた「オープンキッチン」だったのだと松久は話す。
「バルセロナで初めてオープンキッチンを取り入れたんです。それが、スペイン人にとっては『なんだこれ?』となったんですね。そうすることで、働いている側は整理整頓に気をつけるし、すべての調理過程を見せることで、お客さんも信用してくれる」
ビジネスが軌道に乗り、2店舗目の「Koy Shunka」をオープンした2008年に、スペインが経済危機に襲われた。店を閉めるかどうかの瀬戸際にまで追い込まれたが、そこで松久は思い切ってコンセプトを変えた。当時あった日本食レストランはどれも高級志向で売り出しており、Koy Shunkaも同じだった。だが、早い段階で客単価を150〜200ユーロから50ユーロに下げたのだ。
「1回で儲けるのではなく、お客さんが2回、3回と足を運んでくれる店にしようと。そうすれば、店は賑わうようになる。コンセプトを変えたことで、生き残ることができたんです」
こうして、Koy Shunkaはマーク・ザッカーバーグやナイキのCEOマーク・パーカー、FCバルセロナのジェラルド・ピケに歌手のシャキーラ、ジョージ・クルーニーとアマル・クルーニーなど、世界中のセレブを魅了するレストランにまで成長した。
意外だったのが、「高級日本食レストラン」として売り出していながら従業員の国籍がスペイン、イタリア、中国、そして中南米諸国とさまざまで、日本人が少ないということだ。これにはビザの問題もあったそうだが、それだけでなく大陸続きのヨーロッパならではのオープンな環境に身を置いて、「日本食を作るのが日本人でなければいけない」という固定観念も消えたのだと言う。
「たとえば、『寿司職人は日本人でなければいけない』という思い込み。『自分たちの文化によそ者が入ってきた』という、島国特有の考え方をしがちですが、スペイン人が日本食を作ってもいいじゃないですか。だから、僕は日本の文化を学びたいという外国人がいたら伝授したい」
2年ほど前に一度、Koy Shunkaに招待してもらった。SHUNKAではなく、Koy Shunkaのほうだ。値段も元に戻り、とてもじゃないけれど自腹では行く勇気はない。スペイン人好みの強めの味でありながら、日本料理の繊細さも残して、感動したことを覚えている。
けれど、すべての食事の写真を収めた携帯がラバルでひったくられたので、記憶を呼び起こすための材料が残っていない。一緒に提供してくれた(普段は嫌いな)シャブリが、もうびっくりするくらいクリーミーで1人で半分以上飲んだことだけはよく覚えている(あとで聞いたらとても高いとのこと)。
たぶんシャブリのせいもあり記憶がさらにぼやけていて、そんな自分を殴ってやりたいくらいだけれど、彼が指摘するように日本食を作るのに「日本人」である必要はない。ついつい、「日本人がオーナーの日本食レストラン」に私も行きがちだけれど、その判断が正しいとは限らない。
実際、マジョルカで友達に連れていかれた「オタクラーメン」は感動ものだった(彼の名前からすると、オーナーはドイツ人)。そこの豚骨ラーメンが気に入って、何度かリピートしてスタンプカードまで持っている。
でも、イビサで行ったアルゼンチン人の寿司屋は、こんなにシンプルな食べ物がまずくなりうるのかというくらい微妙すぎる味だった(イビサで寿司が食べたかったわけではない。昼間にテラスでビールを飲んでいたカフェの店員として彼が働いていて、彼女と寿司屋をやっているから来て! と熱心に言われて、興味半分で行ってみたのだ)。
シャリの多すぎる握りがわずか4巻に、マグロとサーモンの刺身が2切れづつ、そして巻物が8巻で30ユーロくらいとられた記憶がある。
東京にだって数え切れないくらいのスペインレストランがあって、日本人シェフが平日の夜にパエリアを普通に出していたり、日本人の私ですら疑問に思うようなトルティージャを提供するところだってある。メルカドーナ(激安スーパー)のコロッケのほうがおいしいレベルの店だってある。
見極めるのは、なかなか難しいところだ。
***
当たり前すぎるけれど「味」は、食事をするうえで一番私たちが期待することだ。けれど、フェランの「食べる」ことに関するこんな話も思い出した。エル・ブジ・ラボには「食べる」という経験を細分化したチャートが貼り付けられていて、それについて説明してくれたときのことだ。
「この表には、レストランで食事をするとしたらどんなプロセスを踏むか、可能性を含めて細かく書かれている。懐石料理と西洋料理を食べるのは、もちろん違う“経験”だ。何を食べるか、どこに行くか、どんなペースで料理が出されるか、誰と行くか、誰が予約したか、誰が支払いをするか、などさまざまな要因によって『食べる』という経験は変わってくる。
料理は必ずしもシェフが作っているわけじゃない。刺身を食べるとき、醤油やわさびの量を決めるのは、誰? あなたでしょ? ガリを最初に食べるか、最後に食べるのか。しゃぶしゃぶをするときに、茹で具合を決めるのは誰? あなたでしょ? こういったプロセスひとつひとつを振り返り、理解することで自分が求めることも変わってくる」
たしかにその通りだと思う。オタクラーメンは友達と行っても、1人で行っても間違いなくおいしかったけれど、もしイビサのまずい寿司屋に友達と一緒に行っていて、少しでも値引きしてくるか握りの数を増やしてくれたら(ショットは2杯くらいくれたけど、それだけ)、店を出たときに感じたあの虚無感は軽減されていたかもしれない。
***
ざっと計算して1万回以上、人生のなかで朝食を食べているけれど、そのなかで忘れられないのは3年前の夏にマジョルカのカフェで食べたllonguet de sobrasada con miel(ソブラサーダと蜂蜜サンドイッチ)と、カフェラテ、そしてオレンジジュースというとってもシンプルなものだ。
その経験がいまだに忘れられないのは、早朝の飛行機の時間を間違えて乗り遅れそうになって、汗だくで空港に駆けつけたからなのかもしれないし、久しぶりに会う友達が空港まで迎えにきてくれて嬉しかったからかもしれないし、そのカフェが海に面していて天気も良くて、まだ夏の気配が残る9月初旬だっからかもしれないし、島の時間ですべてが遅かったからなのかもしれない。
いずれにしても、このサンドイッチがどうしても忘れられなくて、そのあとも1人で食べに行った。もちろん、とても美味しくて今思い出すだけでよだれが垂れそうだけど、でもそこには何かが足りていなかった。
ちなみに当時も今も、食べることは大好きだけれど料理はまったくしない。だから、ほぼ毎日キヌアを食べている。だけどなんとなく気が向いて、友達に料理(といってもパスタ)を作ったことがある。すると、その人は本当に嬉しそうな顔をしてこう言った。
「とってもおいしい。けど、それよりも嫌いなことを頑張ってやってくれたことが嬉しい」
喜んでくれてなによりだ。きっと「食体験」全体としては良いものだったのだろう。でも、ちょっと複雑な気持ちになった。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!