ありったけのロマンチック・抱きしめて!
幼い頃、ホームセンターの小さなおもちゃ売り場で親にねだったハート型の箱をまだ覚えている。
それは、真っ赤な宝石、ぷっくりしたリボン、ラメ入りのうさぎ、丸い丸い林檎、幸福を連れてくるてんとう虫、妖精が流した涙の雫など少女の夢がこれでもかと詰まったおもちゃの指輪セットだった。
一人娘にはとことん甘く、何でも買ってくれるはずの父が、きっぱり首を横に振って、
「こういうのはね。いつか、ぐみちゃんが大人になった時にもらいなさい」
と言い、困ったような、悲しいような、複雑な表情を一瞬浮かべ、笑顔に戻る。
「えっ、なんで?」
欲しがったにもかかわらず、記憶にある限り初めて断られた。
子供ながらにショックを引きずったものだ。
しかし幾らか歳を重ねた今なら分かる。
あの日、父が何を思ったか。
──将来きっと〈自分ではない男〉に本物を贈られるからこそ、娘におもちゃを与えてはならない。
そこに途轍もなく大きな愛を感じ、同時にどこか切ない気持ちも混ざった。
「お父さんありがとう」
「何が? ぐみちゃん、いきなりどうしたの」
「ううん、別に」
現在大学4年生、ゴールデンウィーク。卒業まで残り僅かな実家暮らしの中、父と酒を酌み交わす夜が増える。
アルコールがもたらすのは、どうやら酔いだけではないようで。
必ずしも結婚が幸せではない現代、だが、安易に買い与えられなかった指輪セットの件については、心から感謝している。

