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ショッピングモールはカラフルなパレットのようで


 長い冬の終わりを覆すように雪が降った翌日。新幹線から在来線に乗り換え、椅子取りゲームに負けたので窓の外を眺めていた。
 と、実家の最寄り駅付近に超大型ショッピングモールが出来ているではないか。
 両親はそれらしきことを何故か話題に出さず、は自らの地元にも拘らず「田舎だ!」と興奮気味に建物を目で追う。


 広大な駐車場が隠れた瞬間、
「◯◯、◯◯。乗り降りの際はボタンを押してください」
という聞き飽きたアナウンスで幾人かの乗客が席を立った。
 私も彼らに続き、電車を降りる。


 さて。ホームからエスカレーターで改札へと下る際にふとスマートフォンで調べてみると、丁度〈オープン1周年記念セール〉の開催期間中であり、これはを誘って買い物に行くべきか、胸が躍った。
 大学進学と共に飛び出して、年末年始にもロクに帰らなかった〈何もない閉鎖的な町〉が一気に面白く思えてくる。


「ただいま」
 駅からバスで20分の実家に着き、今朝積もったガトーショコラの上に振り撒かれたパウダーシュガー程度の雪を庭先で片付けるに呼び掛けたところ、驚いたらしく、びくりと肩を跳ねさせた。
「おう、明歩(あきほ)か。元気そうだな」
 どうして久しぶりに会う親及び親戚は同じようなことを言うのか、無難だからか。


 挨拶もそこそこに、コタツが温まっているらしいので室内に入れられる。母が玄関に駆け付けてくれた。当然の如く蜜柑だの煎餅だのが出され、私は手土産を両親に渡すタイミングを失う。
 しかし折角の機会、あの話題を振る。
「知らぬ間にデカい店出来てたね。もう遊びには行ったの?」
「あれ? せいぜいお友達とフードコートぐらい、お父さんなんか広くて歩けないんじゃない?」


 母がすっくと立ち上がって、薄く開けられた障子の隙間を覗く。父はまだ庭におり、土で汚れて不恰好な雪だるまもどきが自転車の荷台に作られていた(ようだった)。
「あそこ、デパートで売ってる化粧品を買える店があるのよね。見てみたいけど、どうせ高いし」
 障子をサーっと閉めた母が振り返り、柔らかく目尻を下げて「お母さんにはとても」と続けた。


 こうして、口紅のひとつも母親に贈ったことのない私にとっては充分すぎる情報を与えられた後、すぐさま父に車を出してもらい、ショッピングモールに向かう(車内では緩やかな昭和歌謡が流れていて、家族で口ずさみながら)。
 ここに弟が居れば完璧だが、彼は彼で家庭を持っている。


 ショッピングモールに到着し、車を降りると、父は徐にボロボロのスマートフォンをポケットから取り出し、
「ええっと。フ、ロ、ア、ガ、イ、ド」
と独りごちた。
「そんなもの、中に入れば済むでしょ」
 母は肩をすくめ、車と車の間に立ち止まったままの父を置いて歩き始める。
 既に別行動が始まるも、後ほど父より『おとうさんはほんやにいます』とのメッセージが届いた。


 雑貨、春服、アクセサリー、コンタクト、甘い匂い、家具、靴下、時計、帽子、楽器の音色、CD。
 とにかく目が忙しい中、私は例の店に近寄り、遠慮がちな母を誘導する。
「お母さんはね、さっき雑貨屋さんの入り口にずらっと並んでた、ほら、プチプラっていうの?……で、間に合ってるのよ」
「じゃあ。一緒に私の新しいアイシャドウ選んで」
 今更、尻込みされても困り、強引に腕を組む。


 ここは様々なブランドの商品を取り扱う。
 春の限定もしくは新作に迎えられ、桜の香りをイメージしたフレグランスに心ときめく。現実は花を愛でるどころか、ただ花粉症が辛い時期であった。


 さておき、
「仕事用で、ベージュブラウンの4色パレットが欲しいんだよ。どれがいいかな」
落ち着きなく店内をきょろきょろしている母に私が話し掛けたところ、いっそのこと似たものを全部比べてみよう、で話がまとまる。



 たかがベージュブラウン、されどベージュブラウン。奥が深い世界に足を踏み入れ、母娘で手を繋いで道に迷うのも悪くなかろう(父は待たせてしまうけれど)。


 デパートだと店員が声を掛けてきて、気付いたらスキンケア用品まで買っていたこともしばしば。ほぼセルフ販売ならそういった心配もなく、
「ちょっと明歩、テスター触ってみて。マットとラメの中間だわ」
「ほんとだ! お母さん天才、こんなの見つけるなんてさ」
無事にお買い上げ。


「そろそろお腹空かない? 早めに夕飯も食べちゃおう、お父さんを探しに行ってくる。レストランフロアでまた電話してちょうだい」
 結局、母はお出掛け用の鞄くらいで何の化粧品も買わなかったくせに、満足そうな表情を浮かべて走り去っていく。
 なのでひとり残された私が、先程のアイシャドウをふたつ購入した(今夜こっそり母のドレッサーに置くつもりだ、が、喜んでくれるだろうか)。


 レストランフロアで両親と落ち合えば、特別な言葉を交わさずとも自然とオムライスが自慢の店に導かれ、
「やっぱうちの外食と言ったらオムライスだよね!」
などと盛り上がる。
 ふたりのふっくらした笑顔を眺め、私はこのふたりの娘に生まれて良かった、末永く幸せで、どうか健康でありますように、と涙腺が緩んだのだった。