花言葉はソラシド(5.秋桜で終い)
彼女を大学のオリエンテーションで見掛けて、あの周りだけ流れる時が異なり、小鳥を連れて歩いた場所に草花が咲き乱れ、こちらまでそよ風に吹かれるような感じ。
一方的ではあるが「負けた」と思った。
勝負にならないほど圧倒的で、それを頑として認めたくなかった私は親友の座を手に入れる。
幾らか比べられどもサークルの勧誘等で「ふたりともかわいいね」と言われた。
あちらが雲の上の存在なら、親しみやすくいけばあっという間にちやほやされる(しかも、当然ながらコスプレイヤーの中では有名になれた)。
しかし毎度、取り巻きの男と付き合って、片想いをしたことがないと聞き、打ちひしがれる。何かと張り合ってはダメージを受け、卒業後も執拗に付き纏う。
そうしたら、彼が現れた。
仕返しのように私がくっ付けてやり、結果、上手くいかずに今、目の前で憔悴し切った様子の。

新緑の季節に自慢の美しい妻と別れ、そこで時間が止まってしまい、未だに僕は写真及び動画をデータフォルダから消せなかった。
はっきり言えば婚姻届も離婚届も紙切れだが、色鮮やかな思い出がのしかかってくる。
敢えて言葉を直すと。
妻というかひとりの女性に対する、失恋だった。10年以上の想いを自らインターネットで発信してぶち壊し、更に恋愛シミュレーションゲームアプリ〈まいらいふ☆ふぉゆっ!〉のサービス終了が発表されて、心の拠り所を失い、終いには祖父に忘れられ、不幸だらけのどん底に落ちたら抜け出せなくて、つい峰を頼る。
「あんなんでポイとか、こっちは愛されてて羨ましいぐらいなのに。ソラちゃんってやっぱ性格悪いんだね」
されど会ったが最後、行きつけのバーに連れ込まれて、心が狭い、本性は短気だなんだと知ったような口を利く。話題を変える為に今期のアニメは何を視聴しているか、尋ねても軽く受け流され、また元通りになった。
「単純な話。『一緒に居る』の形と『好き』の重みが違うのはしんどい。ブログも儲けたくて、じゃないでしょ。分かるよ、シドくんの気持ち」
小1時間、愚痴を聞かされた末に、ようやく目を合わせて「そのうち、話すつもりでやってたんだよね」と続ける。
僕はスマートフォンでカクテル言葉を調べ、せめてもの願いを込めてダイキリを飲みつつ、こくりと頷く(フローズンは空沢との関係みたい)。
自分には何もない。両親は長らく海外におり、趣味を通じてやっと友人ができたくらい、コミュニケーション能力も乏しいけれど、祖父母に可愛がられて育ち、離婚の背景を祖母に打ち明けると、こう諭された。
「あなたは外見についてとやかく言われたいのかしら。もしも自分が面白おかしく書かれていたらどう? たとえ女優さんのような子でも、美醜は人によるもの。まずデリケートな問題よね、褒めた気で傷付ける恐れもあって」
誰かから持たれる印象や向けられる視線。
悩んでは闘い、僕と結婚すれば解放されるーー訳がなく、寧ろ世間に一挙手一投足を晒す、こちらを疑ったりで、ともかく、火に油を注がれる。
「ああ、そりゃ怒るわ。やっちまった」
とどのつまり、僕と峰は同類だ。
夫、友の顔をして、陰で空沢を精神的に追い詰めた。裏を返せばくだらぬ欲求不満と嫉妬。
相も変わらず文句を垂れる、峰そっちのけで物思いに耽ると、手を重ねられて
「私たちは理解し合えるもん。ね、一晩でいいから」
などとにわかに擦り寄って来られる。
いかにも媚びた口調で、目がとろんとしていた。
「酔っちゃったかな。タクシー呼ぼうか」
初めてあからさまな〈そういった行為〉に誘われ、飛び付く筈が、呆れ返った空沢の表情が頭に浮かび、あくまで僕の中とはいえ、生涯たったひとりを愛し抜くと誓ったので、なるべく角が立たないよう、知らんぷりで逃げる。
おまけに冗談を真に受け、峰からコテンパンにやられる未来も目に見えた。
ところが、彼女はなかなか手を離さず、ぶつくさ言う。
「ホントに好きなのはソラちゃんじゃなくてシドくん自身じゃん。ただでさえカッコ悪いくせに。ここらで勢いに身を任せてみろっつーの。てか、ありがたく思え!」
「ネミちーさんこそ。もうやめよう、これ以上グダられると流石の僕もキレそうだよ。どうせ朝んなったらお互い殆ど覚えてないんだ」
夜空の星が瞬く頃。
強引に店を出て、タクシーに峰を押し込み、僕は歩きで人の群れに沿って、駅へと向かう(次は絶対ないぞ、峰の上から目線が癪に障っても、無下にするには惜しかっただろうか)。
繁華街にはラーメン屋とコンビニエンスストアがやたら多い。だがしかし、地元は歯医者と美容室で溢れている。この差はいかに。
ステッカーがべたべた貼られた自動販売機、ふと立ち止まって酔い覚ましにミネラルウォーターを買った。
「まったく、うるさいな」
気分転換ならぬ散々な本日、最後には幻聴が聞こえる。澄み切ったフルートのような声は、世界一恋しい人の……えっ????
蓋を開けるや否や。ぐりんと振り返り、ペットボトルはへこんで、靴が濡れ、若干、肩を痛めた(でも、構うもんか)。
「たまたま寄ったら。顔合わせるの気まずくて、帰ろうとしたんだけど。あんなに絡まれてた佑の行方が、ちょっぴり心配で」
幾度となく夢に見た空沢がすっと隣に移動してきて、心臓があちこちに跳ね回る。
さっきまでは気にも掛けなかった汗の匂いだとか服装の乱れが不安、なんて、高校生に戻ったかの如く。
「ありがとう。人生めちゃくちゃにさせたヤツすら思い遣るとこ、好き」
「うん」
僕らの生活は終わってしまった。
いずれは彼女にも新しい相手ができる。
「絹、さん。僕と友達になりませんか」
どうか枯れた花に水を。
残酷な優しさにあと少し、浸っていたいから。
「安定のしぶとさ、気持ち悪さ。んー、仕方ない。考えておきます」
取り敢えず今夜は久しぶりに笑ってもらえて、幸せ。
《 了 》

★「大好きも大嫌いも僕にくれよ」をテーマに実は夏頃から書き始めましたが、次々と短編・詩・画像などのアイデアを思いつき、今まではそちらを優先させていました。
まだ作りたいものがたくさんあります。
