50代。母のひと言で、私はまた“弁明する娘”に戻っていた
親との関係は、大人になったからといって、簡単に終わるものではないのかもしれません。
母の前に座った瞬間、私はまた
“説明して許してもらう娘”
に戻っていました。
先日、実母と娘と一緒に、修善寺へ一泊旅行に行ってきました。
旅行全体のことは、すでに記事にも書きました。
楽しい時間もありました。
懐かしい気持ちになる場面もありました。
「ああ、こういう時間も悪くないな」と思う瞬間もありました。
でもその中で、どうしても心に引っかかって離れない一言がありました。
母が何気なく言った一言。
たぶん母にとっては、そこまで深い意味はなかったのかもしれません。
でも私には、その言葉がまっすぐ胸に刺さりました。
そしてその瞬間、私はまた
“弁明する娘”
に戻っていたのです。
母の前で、私はまた娘に戻っていた
長女は、この春から彼と一緒に暮らし始めました。
いわゆる同棲というやつです。
急に決めたわけではありません。
娘とは何度も話しました。
夫とも話し合いました。
親として心配なことも、もちろんありました。
でも、娘の人生を親の価値観だけで決めることはできない。
結果的に、期限は一年と決めました。
家を出るタイミングで、私たち家族と彼とで食事もしました。
完璧な形ではないかもしれません。
でも、私たちなりに、できるだけ丁寧に始めたつもりでした。
ただ、実母にこの話をすることには迷いがありました。
母の世代にとって、同棲という言葉は、簡単に受け入れられるものではないと思ったからです。
実際、母はかなり驚いていました。
それは予想していました。
私は母に、事のいきさつを話しました。
トラブルがあったわけではないこと。
家族で話し合ったこと。
期限を決めていること。
彼とも食事をして、穏やかに始まったこと。
すると母は、
ああ、そうなん。
よかったね。
それが一番やわ。
そう言いました。
でも私は、心のどこかで感じていました。
母は本当は、そう思っていないのかもしれない。
もちろん、これは私の受け取り方です。
母が実際にどう思っていたかは分かりません。
でも、私はそう感じた。
そして、そう感じてしまうだけの関係性が、私と母の間には長くあったのだと思います。
以前の私なら、そもそも娘の同棲を認めなかったかもしれません。
娘のためというより、母に反対されるのが怖かったからです。
私は長い間、自分の選択をするときに、母の意見をとても大きく扱ってきました。
夫の意見よりも、母の意見を優先していたところもあったと思います。
夫に相談しているつもりで、実際には、母との間でほとんど結論が出ていた。
夫に話すときには、もう私の中で答えが決まっていた。
今思えば、それは相談ではなく、
相談という名の事後報告
だったのかもしれません。
今回のことは、母にとっては青天の霹靂だったのかもしれません。
いつも自分に意見を聞いていた私が、
自分の知らないところで、孫の同棲を認めていた。
母からすれば、
なんでそんな大事なことを、私に相談しなかったの。
そんな気持ちもあったのかもしれません。
でも、私が一番引っかかったのは、母の考えそのものではありませんでした。
旅行中の夕食のとき、母がふと言った一言です。
その一言は、他の人が聞けば、ただの驚きに聞こえたかもしれません。
でも私には、
あなたたち親として、それでいいの。
そう聞こえてしまいました。
ここから先は、私がなぜその一言に反応してしまったのか。
そして、母の正解を娘の人生に渡さずに済んだ話です。
親に説明して、納得してもらって、ようやく安心する。
そんな自分に心当たりがある方には、きっと届く話だと思います。
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