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《美術史》ヴィンターハルターと女性たち

こんにちは。Ayaです。
今日は私の大好きなヴィンターハルター(1805~1873)とそのモデルの女性たちについてまとまてみます。

フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター(1805~1873)

19世紀の肖像画家。
当時すでに写真が発明され、肖像画の需要もかつてほどなくなってしまいました。
しかし、ヴィンターハルターはモデルからかけ離れることなく、品のある理想的な姿を描いてくれると、王侯諸侯に愛されました。今回はその代表作とモデルの人物像についてまとめてみます。

オーストリア帝国フランツ・ヨーゼフ皇后エリザベート(1837~1898)

日本でも「シシィ」の愛称で知られる彼女。彼女のイメージを体現している本肖像画もヴィンターハルターの作品です。
姉のお見合いに付き添っていったら、自分が見初められてしまった話は有名ですね。あまりにも自由を愛する彼女は、堅苦しい宮廷になじめず、子供を出産後は旅にでてしまいます。ほとんど不在だったことから、皇后「カイザリーン」ならぬ、旅人「ライザリーン」と呼ばれてしまう始末でした。
ひとり息子ルドルフを非業の死(マイヤーリンク事件)で失うだけでなく、自身もジュネーブにてアナーキストの手で暗殺されてしまいました。享年60歳。
夫フランツ・ヨーゼフは彼女より18年も長生きし、第一次世界大戦中の1916年に崩御しました。ハプスブルク帝国はもう1年だけ存続しますが、実質最後の皇帝とされています。

エリザベート(1837~1898)
身長172cm体重43kgウエスト51cmと驚異的な体形の持ち主だったことのみならず、その維持に執念を燃やした。毎日体重を図り、ジムのような部屋で鍛えるだけでなく、重い靴で散歩して、時には失神してしまうこともあったという。夫フランツ・ヨーゼフは厳格な性格だったが、エリザベートは王族にしては珍しく自由主義者であり、そのことが息子ルドルフに影響を及ぼしたとされる。



実際のエリザベート

ロシア皇帝アレクサンドル2世皇后マリア・アレクサンドロヴナ(1824~1880)

ヘッセン大公女として生まれましたが、母の愛人の子であることは周知の事実でした。
そのため結婚を反対されましたが、アレクサンドルは反対を押し切り、1841年結婚。
あまり体が丈夫ではないマリアでしたが、8人の子供を出産、夫の度重なる浮気に苦しめられながら1880年死去しました。(夫は1か月後には貴賎結婚しています)

マリア・アレクサンドロヴナ(1824~1880)
マリア自身は人見知りが激しく、服装の好みもなく、魅力がない女性とされていたが、
現在ロシアバレエの本場・マリインスキー劇場の名前の由来となった。
実際のマリア

フランス皇帝ナポレオン3世皇后ウジェーニ(1826~1920)

ボナパルト家としては名門王族との結婚が求められていましたが、ナポレオン3世はスペイン貴族出身のウジェーニと結婚しました。当初は家柄が不釣り合い(もっともボナパルト家ももとは辺境の小貴族)として非難を浴びた結婚でしたが、ウジェーニの優雅なファッションは人々の憧れとなりました。
とても知性的だったウジェーニはナポレオン3世から政務の相談を受けることがありましたが、そのうち人々からの反感を買うことになります。
普仏戦争(1870~1871)でフランスが大敗し、第三帝政が崩壊すると、イギリスに亡命。1873年に夫ナポレオン3世を亡くし、1879年にイギリスへの恩返しとしてズールー戦争に従軍していた息子ナポレオン4世も戦死してしまいました。彼女本人は1920年に死去、享年94歳でした。


ウジェーニ(1826~1920)
彼女が流行らせたファッションはクリノリン(スカートを膨らませる)、肩を出すなど本稿のトップ画面『ウジェーニ皇后と女官たち』に描かれている。ルイ16世妃マリー・アントワネットを敬愛し、肖像画や遺品を収集していた。
実際のウジェーニ

イギリス女王ヴィクトリア(1819~1901)

最後に取り上げるのは、イギリス女王ヴィクトリア(1819~1901)。ヴィクトリア朝は63年もの長きにわたり、現在のエリザベス2世に抜かれるまで史上最長の在位を誇り、大英帝国の黄金時代でした。(エリザベス2世にとってはヴィクトリアは高祖母にあたります)
彼女と夫アルバートとの間には4男5女もの子女が生まれ、各国の王室と縁組を行い、ヴィクトリアは『ヨーロッパの祖母』と呼ばれました。しかし、彼女からの遺伝で血友病が各国王室に伝わり、第一次世界大戦は『いとこたちの戦争』といわれることになります。

ヴィクトリア(1819~1901)
ヴィクトリアはわがままで短気な人物だったが、夫のアルバートがうまく操縦していたとさせる。
実際のヴィクトリアと夫アルバート
当時としては異例なことにヴィクトリアからのプロポーズで結婚した(身分の高い者からでないとプロポーズできない)。結婚式で白いウエディングドレスを着用したのは、ヴィクトリアが初めてだった。夫アルバートは献身的に女王を支えたが、42歳で死去。以後、ヴィクトリアは喪に服し続けた。

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