嫌いを大切にしたら、嫌いを乗り越えた話
初対面の人たちと輪組になり、自己紹介をした。
私はある資格取得のためにセミナーに参加していた。
なぜ、このセミナーを受けようと思ったのか?
自己紹介で動機を求められた。
30代の後半、バリデーションという認知症ケアのコミュニケーション技法を真剣に学ぼうとしていた。
バリデーションのテクニックを用いて向き合う中で、石のように黙した人が涙を流す動画を見た。
その衝撃は、私にとって光だった。
コミュニケーションを心に頼りきりだった私に
技術でもあると教えてくれた。
バリデーションワーカーと名のつく第一段階の資格を取得するためには、1〜2ヶ月に1回東京に通い、2日間みっちり勉強し、次回までの間に課題に取り組む。6回のセミナーの終了には1年以上を要した。
通常の仕事をしながら、休みには子供達の用事もあった。長男は高校受験の年で、小学6年の次男は少年野球が佳境であった。
そんな忙しい年にわざわざ自分の勉強をしたいというのは、人から見たらわがままでしかなかっただろう。
私にとっては非常に高額であった授業料の捻出について、夫に相談をして許可を得た。職場には、
復命研修を行い、現場に還元すると大口を叩き、交通費支給と研修日を出勤扱いにしてもらう交渉をして承認された。
あの時の熱意と焦燥の根っこには、うねり狂う
どす黒い感情を、我慢という名前の蓋をして押さえつけることはもう無理だ。という奥底からの悲鳴があった。
私の番が来た。名前、出身地、職種、好きな食べ物(先生からリクエストがあった)、そしてなぜ、
セミナーに参加したか?の段になった。
すごく嫌いなご利用者がいるんです。どうしても
その嫌いから逃れられないんですが、この感情を乗り越える技術を身に付けたくてきました。
私はそう話した。
聞いている人が戸惑っているのがわかった。
それまでの人の動機より、明らかに不穏だった。
笑えないし、拍手もしずらい。
私はペコリと頭を下げて、席についた。
妙に堂々としていたと思う。ここで嘘や気の利いたことが言えるほどであれば、ここにいない。
そう思っていた。
その動機について、先生は声をかけてくれた。
あなたのその嫌いを大事にしてください。
素直に言えることは素晴らしい。
その嫌いを大切にしたまま、相手を受け入れる
ことはできますよ。
私は当時、所属していた特別養護老人ホームで、グループのリーダーをしていた。
80人のお年寄りが3つのグループに分かれ、生活していた。私のグループには28人のご利用者がいた。
その中にWさんという女性がいた。
自分のことだけを見てほしい。という人だった。
同じことを繰り返し、主張が強い。
間違いは認めないし、食事をしてもすぐ忘れた。
夜中に大きな声で、自分だけ食事をしていないと毎日職員を責めた。何かを食べるまで騒ぎ立てた。
風呂には毎日入っていると言い張り、週に2回の入浴を拒否する。このままじゃいられないと強気に誘えば、失礼だと杖を振り上げ、叩かれたこともあった。
周囲の人を思いやることや、順番を譲ることを促しても、一蹴された。
都合の悪いことは全て人のせいにしていた。
アルツハイマー型重度の認知症。病気が彼女をそうさせている。だから、だから。受け入れなければならない。許さなければならない。優しくしなければならない。
沢山のしなければならないが積み上げられたちゃぶ台を、ひっくり返したくなるようなことばかりが続いた。
くそばばあと心で毒づいたことは数えきれない。
何度も、何度も消えてほしいと思い、時に睨みつけたりもした。
Wさんを受け止めて優しく振る舞うことは、月日を重ねて難しくなっていった。
リーダーの私の冷たい態度は、仲間の態度に波及した。優しくされない正当な理由があると錯覚に
導いていた。
そうした冷淡な自分とともにもう1人の私もいた。
Wさんを受け入れられない自分を責めていた。
私の態度がみんなを巻き込んでいる自覚もあった。
介護士は向いていない。やめるべきだ。いつか虐待するかもしれない。一歩手前だった。大きな間違いを起こす前に今、自分からやめるべきだ。
でも、やめられない。お金は必要で、この仕事以外で今の給料はもらえない。
このやりとりを何回繰り返しただろう。それでも
私はいつだってWさんより自分を優先した。
溢れる嫌悪感はWさんへのものでありながら、
自分自身を侵食し、消耗させていた。
バリデーションを学ぶことがこの閉塞を打ち破るのではないか。
感情を超える技術を身につけ、学ぶことで自分を変えたかった。
バリデーションの学びは奥が深く、私が生半可に説明することは憚れる。
うまく全容を語ることもできない。
ここでは、私を最も変えた経験を記したい。
セミナー後の課題では、学んだバリデーションのテクニックを用いながらお年寄りと向き合う動画を録画し、提出することが義務付けられていた。
自分がお年寄りと向き合う姿を客観的に見て気づくことは沢山あった。
先生は言った。
向き合う時は、自分の感情は自分の体から出して横におく。
自分を空っぽの器にして、相手の感情を取り入れる。集中できるのは15分がせいぜい。
その時、その時間だけ、その人に誠実であればいい。
そして、セッション(相手と向き合う時間)が終了したら、相手の感情は全て身体からだして、必ず自分を取り戻す。
自分を疎かにしてはいけない。
自分の正直な気持ちを大切にしなければならない。と。
自分のお年寄りと向き合う姿を録画で確認すると、どんなに空っぽにしたと思っていても、自我のかけらは、私の理想のセッションにお年寄りを誘導しようとしていた。
お年寄りは、私に合わせてくれていた。
理想の着地につきあってくれていることに気づき
唖然とする。
押し付けられていることを大抵の人は知っていて
受け入れていた。
認知症を患う人は、感性が豊かで感情に敏感だった。
私のこんないいケアをしているよ。あなたを受け入れているよという傲慢は全て録画されていた。
あなたが頑張っていることは知っているよ。努力してくれてありがとう。と、私の気持ちを自分を空の器にして受け入れているお年寄りの姿に、心底敵わないと思った。
Wさんとのセッション。
穏やかな導入。会話はスムーズに進む。
途中で、ああ、私はWさんの話を自分から聴かせてと言ったのは初めてだったなと気づく。
話は過去に遡り、また自慢話になるのかと覚悟が
よぎった時に思わぬ方向に転がり出した。
愛されていなかった。
いつも蔑ろにされていた。
大事にされたかった。苦しかった。辛かった。
愛する人に愛されず、心を砕いて苦労をしても
報われることの少なかった人生の断片。
語られる内容は、傲慢で独りよがりなWさんの
鎧が崩れていくような、砂の城がさらさらと形をなくすような話だった。
Wさんの涙と、私のくぐもる声がシンクロする。
録画の中で、私はあれほどまでに嫌悪していた
Wさんの手をさすり、目線を合わせ涙ぐんでいた。
そのセッションをセミナーで見てもらった時に、
共に学んだ仲間達が本当に喜んでくれた。
私とWさんの関係性を心配し、私の苦悩を自分事にして受け入れてくれた仲間の歓喜。
先生が、ちょっと掴んだね。と言ってくれた。
あの時、バリデーションのしっぽに少し触れた気がした。
バリデーションワーカーの資格を取得したとて、
認知症ケアの毎日は戦争で落語で漫才だ。
Wさんとも、あの後平穏ばかりではなく、喧嘩もしたし意地悪もされたし、したこともあった。
ただ、もう嫌いではなかった。
冷淡にただ口をつぐんで仕事をするようなことは少なくなった。
あなたの嫌いを大事にしてください。と言われた
私の嫌いはもうWさんには向いていなかった。
私はWさんを知ってしまったから。
我慢を和らげるのに知識は有効だ。
我慢の濃度を薄くするには理解もいい働きをする。
それでも何より、自分を見つめ大切にする事が、誰かを知り理解することの大事な一歩になることを、学びと仲間と大嫌いだったWさんが教えてくれた。
乗り越えられたよ。
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