君も悪い人でよかった
日曜日の地下鉄は君と居るには少し五月蝿くて、君の繊細な声を聴き漏らさぬよう努めるだけで精一杯だった。私は君と不条理に揉まれる日々を終わらせてしまおうと思った。思考を放棄した君を拐って、駅のホームに誘い出した。死ぬにはいい日だった。車窓から見えた情景は、潤んだ私の眼に乱反射して、宝石のように輝いていて。あれほど美しい情景を私が知ることはもう無いのだろう。確かに愛だったはずだ。そこには愛があった。君は笑って、泣いて、笑った。イヤーワームは聞こえなかった。
夏夜の街には茹だるような暑さは無く、いつか吐瀉物に成り下がるだけの感情の奔流があった。君を案内するのは楽しかった。誰にも言いたくない過去のことを、全て失くせるような気がした。私はどうしようもない高揚感に酔いしれた。この宵は知られる訳にはいかなかった。二人だけの秘密。誰にも触れない場所に君を連れ去って、確かにあの日、二人だけの世界になった。月は綺麗だったし、霧が私達を包んでいた。君は呼吸もままならない私に居場所を与えて、透明な私の輪郭をなぞって。だから次は私が君を救う筈だった。なのに君が優しくするから。
君の暖かさには寂しさがあって、それだけを頼って生きていた。君の隙間を私で埋めたかった。死ぬにはいい日だった。君を置いて帰るのは気が引けたが、君と世界との間に歪が生じないようにするための妥協だった、それが間違いだった。全てを捨て置いて君の現在だけを守ればよかった。未来の事なんて考えるべきではなかった。睡眠を避け殆ど飲まず食わずだった私の頭では、覚悟が足りていなかった。自室の窓から抜け出してでも、隣に居られたらよかった。
早く起きるのは苦ではなかった。寧ろどうにも目が冴えてしまって。胸の奥に融けだした苦味が要因なのは明白だった。確かに君はそこに生きていた。儚くも美しい君に私は秘かに恋をする。世迷い言が熱を孕む。時の流れが私を急かす、急かす。残酷な程に速く過ぎる。私は物資を君に渡し、魔法が解ける前に走り出した。長ったらしく味気ない時間を咬み潰して、足りない物を集める。君の元へ急ぐ。雨は酔いを醒ますには丁度良かった。
少し小さく見える君は、しかし確りとそこに存在した。二人で食べた出来合いの食事は、きっと一番幸せだった。私は食物を君の口へ差し出し、君は私に餌付けをする。君の涙はやわらかく、美しかった。頬が濡れる。私たちは幾度となく抱擁を、接吻を交わす。死ぬにはいい日だった。君は何よりも私の心を動かした。君はやがて覚悟を決める。私はそれを止められない。結末は理解っていたのに。私には一生を支えるだけの力も、自由も無かったから。君をまた私のでない窮屈な檻に閉じ込める。悔しくてたまらなかった。それでも確かに愛していた。今も宿酔は耐え難い程私の中に巣食っていて、眩む。暈む。
雷鳴、空に私は春を見る。その為に礼節を捨てる。力が欲しかった。微睡の続きはまだ訪れない。吐血。劣等感に溺れる。あの日夢見た光を目指して、100年先で逢いましょう。いつかあの頃みたいに恋をしよう。花を盗もう。だからそれまでは、散々淡々と暮らしていくから。大丈夫だよ、まだ。お葬式の遺影に、落ちた花弁を飾って此処を後にする。
Just feel so sad inside,but say good-bye Good-bye...
