最期は枯れさせて死なせるということ
タイトルがセンセーショナルですけど、期待を裏切らず「死生観」の話です。「人が死ぬ」というワードが出てきて、私はそれを淡々と語ります。その手の話が苦手な方はスルーして下さい。
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先週末に、近所のママ友Sさんと高尾山に登ってきました。
もはや高尾山は私にとって「山登り」ではなく「ハイキング」であり、とことんしゃべり倒すという目的で行くので今更レポも何も無いのでごめんなさい。

今回のママ友Sさんは、子どもの野球繋がりで仲良くなった人です。
それにしても「野球ママ」ってフットワークが軽いんですよ。今回「高尾山行き」に声をかけたのはSさんですけど、過去に行った2組も全員野球ママなんです。さすが、子どもの為に毎週末朝早く起きて弁当を作り、試合になると遠足かのごとく皆で応援Tシャツを着て応援に行き、普通の練習の日も集まってママさん達でおしゃべり、そんなのを5年以上続けてたら、フットワークも軽くなるし日光にも強くなりますし、ママさん同士で仲良くもなりますね。
懐かしい、今振り返ってみてもすごく楽しかった思い出です。
そんなSさんは、私より9歳年上でとっても気さくで面白くて話題に尽きない人なんです。

私はSさんに、最近のネタでどうしても誰かに話したかった(noteではちょっと書けない)
「スケキヨで紐パンTバック白レース」
の話をしてSさんから大爆笑を貰いながら、子どものこと、お互いの趣味の事、旦那の愚痴w、ご近所さんの噂話などをしながら終始笑いに包まれていました。
そんな中、Sさんは「実は5月に父を亡くしたんだよね。86歳だった」という話を切り出しました。

この年になるとどんな話題が一番多いかというと「親の介護」というものがトップに上がります。私の頭を悩ませているものの一つであり、私の場合はあまりにもヘビーで面倒くさい話になってしまうので、友人達にはしないようにしています。
そんな自分の話は控えているのに人の話は気になるので、友人達の「親の介護」については積極的に聞くようにしています。
Sさんのお父さんの場合は、3年前まではごく普通に自宅で生活をしていたのだが、癌の悪化で病院に入院した事がきっかけで一気に悪くなり、そのまま歩行などが困難になり老人ホームに入ることになったとの事。約2年間ホームに入っていたが、コロナの影響で一切面談が出来ず、お父さんを入れたまま放ったらかしにしてしまったとの事(そこをSさんは悔やんでいる)。その後、お父さんはホームで転倒して大腿骨を骨折、手術をして一か月入院、ホームに戻ったその日に、誤嚥性嘔吐をしてしまい病院に逆戻り、その時点ですでに多臓器不全のため、医師から今後口から一切ものが食べられないと言われ「胃ろう」か「鼻チューブ」か、「看取り」かの選択を迫られたとの事。
そこでSさんは「看取り」を選択しました。(お母さんも高齢、Sさんには弟がいますが事情がありSさんが決めました)
その時、医師から告げられたのは「自宅に連れて帰れますか?本人も自宅に帰ることを望んでいると思われます。このまま水も与えず、食事も与えなかったら長くても2週間で亡くなります。私の経験上、この状態ならそれ以上は生きられません。人間は枯れさせて死なせるというのが自然の摂理です。どうされますか?」
Sさんは医師からのその言葉で、お父さんを自宅で看取る事を決めたと言ってました。そして自宅に戻った後、3日で亡くなったとの事です。
「眠るように死んでいったよ。枯れさせて死なせるってこういうことなんだなと思った。最期はいい顔してたよ。」

Sさんの話を聞いて、私はどこか少しだけ勇気が湧いたというかホッとしたというか、そんな気持ちになったのです。「人の死をなんだと思ってるんだ、不謹慎だ!」と思われるかもしれないけど、正直そんな風に思ってしまったのです。
私は、ずっと怖かったんです。
両親がこれからどういう死に方をするのかが。
別に両親の死を恐れている訳ではなくて、残酷なようだが別に今死んでもいい覚悟は出来ている。
ただ、自分の選択1つで親の最期が決まるのかと思うと怖くて仕方なかった。苦しんで死んでいくのではないか。長いこと介護をして、介護する側もされる側も、疲弊して罵倒して死んでいくのではないか。
そして、私の頭には15年前の祖父の死ぬ間際の姿が脳裏をよぎる。
病院で体中管で繋がれて、手足を拘束をされ、手にはミトンをはめさせられ、天井を見つめながらうめき声をあげている、祖父の姿が。

「アヤP、時代は変わったよ。死にそうな老人を延命する程の余裕は今の日本にはもう無いよ。尊厳死という方向にシフトチェンジしていってる。時代はもう、確実に変わってきてるよ」
Sさんの言葉を聞き、私は心強くなった。
父と母がこの先どんな最期を迎えるのかは、私にはまだわからない。
正直恐怖が無いと言ったら嘘になる。
きちんと逃げずに看取ることが出来るだろうかという不安もある。
私はSさんに自分の両親のこと、こじれてしまった兄妹の話をした。
するとSさんは、
「アヤPなら大丈夫。アヤPには支えてくれる人がいる。優しい旦那さん(そんなに優しくない)もいるし、頼りになる宗隆(息子のこと)や、かわいいリリーちゃん(娘の仮名)もいる。だから大丈夫だよ。」
そんな風に励ましてくれた。
そして帰り際に、
「アヤP、頑張れ!大丈夫。また何か悩むことがあったら一緒に高尾山登ろう!それまで絶対に元気でいようね。やりたい事やろうよ!」
Sさんと一緒に高尾山を登れて本当によかった。頼もしく励ましてくれる友人がいてくれて、本当に私は恵まれている。
一緒にひいたおみくじは2人とも凶だったけど、元気に生きていきましょうね。

ちなみにここまで書いてなんですが、なんだかんだ言ってうちの高齢の両親は、今日も元気に生きてますw
