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今の自分が整うと、過去の味方が変わる話_親子愛

私が育った環境はどちらか言えば一般的に「足りない?」と
思うことが多かった気がします。
私が生まれ物心つく頃には父と母は離婚寸前でした。


父は家にほとんどおらず
たまにお金を取りに帰って来ていた事を覚えています。
何となく嵐をもって来る人・・・
子どもながらにそんな印象でした。




ほどなくして父と母は離婚。
事業をしていた事もあり、
父が残していった会社と私達を
母は一人で背負って生きてきてくれました。
(彼女は本当に土壇場で強さが開かれる人!!)



プレッシャーも失意も大きかったのだと思います。
離婚後の母は精神的に不安定で、
時に子どもに手が出ることもありました。
子どもながらに大変な状況を理解しており、
とにかく母に笑って欲しい気持ちで一杯だったのを覚えています。



今とは違いまだ社会的に離婚に対して
ネガティブなイメージが強かった時代・・・。



そんな中で母は片親であることに
強いコンプレックスを抱いていたと感じていました。



そういう背景もあり、
「母子家庭」ということは学生時代の私を
奮い立たせる原動力
だった様に感じています。

よく学び

よく遊び

何でも卒なくこなす
(どこから見ても良い子に見える様に・・・)
頑張ってましたね




母が一生懸命働いてくれている
だから私も学生としてやることは
精一杯こなすと決めていました。



大学に入り始めての彼氏ができました。
勉強やバイトもしていたので
彼氏ができると母と過ごす時間が
圧倒的に減っていきました。
大学生なのでいつも帰りは遅く
彼氏の家に泊まることもしばしば。
当時ダイエットをしていたので
今思えば食生活がとても悪かった・・・




私にパニック症状が初めて出たのはそんな頃でした。




今思えば、症状が出たことは
私が心理学やメンタルに興味を持つキッカケだったんですね。



ある時「毒親」というフレーズが出だした時期がありました。
毒親絡みの本を読み、自分が疾患に苦しんでるのを
親のせいにした時期もありました。


でも・・・私にとって自分の親を「毒親」と思うことは
とてもとても苦しいことだと気づいたのです。



だって私は自分の親が大好きなんです。
親子とはいえ、すべてが合う訳ではありません。
合う部分も合わない部分もあります。
単純に違う人間ですからね。
でも、そんな両面をひっくるめて私は母が大好きだったし
何より尊敬していたんです。



薬を断つ期間に自分と向き合った時
過去への捉え方もフラットに整っていきました💡



私に起こることは
私が人生で学びたいことを学ぶために
起こっています。


人生はポジティブな出来事と
ネガティブな出来事が同じだけある。


ネガティブな出来事が無ければ
私達は心の器を広げることが出来ません。
自分の解釈を広く持ち
物事の捉え方を変えていく。


物事の捉え方が変わる時
辛かった過去への感じ方が変わります。

全ては自分の成長の為に起こっている要素
他人のせいにする必要がないのです。

どこまで行っても、自分の内側の話なんです。

そこまで気が付くと
自分の中の被害者意識ももう薄らいでいきました💡


このことに気が付いた時
私は母に心から謝りました。


私:「あの時は本当に傷つけてごめん」

母:「小さい頃あなたを叩いてごめん」

  「荒々しい母親だったよね、ごめん」


私は一度だけ素直に笑いながら


私:「そうだね。何で叩かれるのか分からない時は辛かった~」

私が初めて母に対するネガティブな部分を
真っすぐ認め伝えた瞬間でした。


どこかでずっと

「大変な中で育ててもらったから、感謝しなきゃいけない」

そんな思いが本音を押さえ込んでいたんだと思います。


でも本当に苦しかったことも私の本音です。
自分の本音を認めることを自分が自分に許した瞬間
私はとても楽になりました。

私も母も完璧じゃなくていいんだとわかりました。



あの頃の母の荒々しい力は
残された子どもと
残された会社や従業員を守り抜いて
生活を回していく原動力だったと感じています。
母の持つ素晴らしいパワーの1つです。


そんな母の持つ素晴らしいパワーをはっきり認識できるのは

母の持つ受け入れ難い部分もはっきり認識できているから

だと思います。

どっちもあるからバランスが取れるんです・・・。
(陰と陽)

ただ人間なんです。

そしてそれは私も母も同じこと。

自分にも他人にも無理な期待をしなくなりました。



色んな親がいると思います。


でも私は毒親という言葉は苦手です。


相手のせいにしても
結局なんの解決にもなりません。

相手のせいにしている内は
自分はまだ犠牲者のままなのかなと思います。

ならば私は犠牲者を卒業して
自分の捉え方を成長させる道を選択したい。



母は2023年に亡くなりました。



仕事を引退して1~2年のことでした。
あっさり潔い終わり方がなんとも彼女らしく
周囲は彼女のスピード感に相変わらず
ついていけてなかったな・・・


私は今でも自分の母親を心から愛しているし
親子の縁もさることながら
一人の人間として尊敬しています。


彼女が遺してくれたものは
いつでも私に
「さぁ、これをアンタはどう解釈する?」
お題を投げかけてくれている気もします。



これは私と母の親子の物語です。


みんなそれぞれの物語があると思います。
そんな一人一人の大切な親子の物語
セッションで紐解いてみませんか。


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