物に命を吹き込む意識ー使い切り、感謝してサヨナラ。「黎明」にある「慈しみ」と伝道者・田久保剛さん
知る人ぞ知る「黎明」(れいめい)の著者葦原瑞穂(あしはら みずほ)さん、
そして、葦原瑞穂さんの伝道者 田久保剛(たくぼ たけし)さんについて
長々と真面目に語ろうと思う。
🪶葦原瑞穂(あしはら みずほ)さんとは?
「黎明(れいめい)」の熱い伝道者である田久保剛さんによると、地場調整を主にされていたそうだ。
日常における意識の変化や自己の本質を見つめ、
宇宙とのつながりなど精神世界についての
膨大な解説書「黎明(れいめい)」の著者である。
🪶田久保剛(たくぼ たけし)さん
「黎明」(れいめい)の熱い伝道者であり、
「普遍意識の目覚めへ導くのためのサポート」を
提供しているCT PEAK代表である。
詳しくはこちらを参照
🪶「黎明」(れいめい)を読んだ時に、
一番共感できた、全肯定してもらえたように思えたこと
長年使っているモノがどんどん壊れたり、
もう取り替えようと思う時のこと、
そんな時の内面や現実におきることなどについて
書いたことがある。
掃除と片づけが好きなのですが、
長年使っていたモノを捨てる、処分する時は、
必ず感謝の気持ちをつぶやく。
ゴミ箱に入れる時、粗大ゴミに出す時、
「長い間ありがとう」
「ホントにたすかったよ」
そんな一言をモノに伝える。
大切にしていたり、とても頻繁に使っていたりすると、
まさに「別れの儀式」「サヨナラ・セレモニー」
値段やブランドといったことは全く関係ない。
気に入っていた、
便利で助かっていた、
そんな些細な気持ちでも、
たとえモノに対してでも、
それは「愛情」や「慈しみ」(いつくしみ)
私はそう思っている。
「慈しんで使う」ことで
そのモノに命が宿ると感じている。
だから、大切に使って、命をまっとうさせてあげてから、
サヨナラしたいのだ。
物は人に愛され、その本来の役割を果たすことで生命を表現します。常に手入れをされて大切に扱われたきたものと、単に放って置かれたものとでは、その寿命に大きな差が出ることは説明するまでもありませんが、人間との関りで培われた物の輝きや生命感といったものが、感受性の鋭い人には知覚されるものです。
陶芸家の荒川豊蔵さんは、茶器のように道具として生まれたものは、それがどんなに貴重なものであっても毎日の生活の中で使い、慈しんでやることによって生命を持ってくるものであること、そして大徳寺の喜左衛門井戸茶碗のような名作でも、ほとんど使われずに仕舞われていたものは、死んだ感じになってしまうことを指摘しています。(APEX 創刊号「日常の美」日本楽器製造株式会社ステレオ営業部)
ー知行合一の説得力ー
『黎明』に記されたこの一節を読んだ時、
自分のこれまでのモノへの接し方に、
大きな肯定をもらったような気がした。
ブランドや価格ではなく、自分の手が触れ、
慈しむ気持ちがモノに命を吹き込む。
最後の最後まで使い切り、
感謝と共にサヨナラするあの瞬間に感じる『充足感』
それでいいんだ、そう思えた。
どう「接するか」に命が宿るー
単なるモノの所有ではなく、
それを超えた「接し方」の真理
日常の何気ないことが、実は深い精神活動であり、
丁寧に手入れをする、大切に使うことは、
そのモノ自体と関連する行為への
「祈り」に近いのかもしれない、
そんな風に感じる。
情報が氾濫し、表面的なメソッドが溢れている現代社会で、
「慈しむ」という言葉自体が
もはや別世界の言葉のように感じるかもしれない。
でも、目に見えるモノに限らず、
「何を慈しみ、どう燃焼するか」
それは自分の意識をフルに使う・人生をまっとうすることに
つながるのではないだろうか。
モノを慈しむことと、自分の意識を全力で使うことは、
同じ根っこでつながっていて、
「生き切る」ことになる。
物質としてのモノだけでなく、
知識や感情を仕舞い込んだり、
出し惜しみせず、
日常の中で思う存分使い、表現することが、
人生を、命を慈しみ、自分を燃やして生き切ること、
そして、それは「豊かに生きること」ー
そんな風に思う。
~|田久保剛《たくぼ たけし》さんについて~
様々な活動をされていて、
数年前にオンライントークイベントに何度か参加したことがある。
「この方のブログを読んでみて。
きっと探していることが見つかるかも」
ある日、知人が田久保さんのブログURLを送ってくれたことが
きっかけだった。
その日からブログを読み漁る毎日ー
読めば読むほど、
「分かるー!私もそう!」
共感が溢れてきた。
いつでも、何にでも全力!
いつでも、何にでも本気!
とことんやる!
違和感を見逃せない!
絶対にブレない!
熱い!
私の共感が最高レベルになったのは、
「あしたのジョー」
田久保さんのプロフィール欄に書いてあった一文、
「好きな漫画は「あしたのジョー」。
今でも「あしたのジョー2」のDVDは繰り返し観て、
自分の在り方のバイブルにしている」
何を隠そう、私も子供の頃から
「あしたのジョー」は憧れ。
あんな生き方がしたい、そう思っていた。
そんな田久保さんは
葦原瑞穂(あしはら みずほ)さんの専門家であり、伝道者。
生前にお会いしたこともあるそうで、
葦原瑞穂(あしはら みずほ)研究家と言った方がピッタリかもしれない。
物質世界で生きる私たちは、見えるものや数字、他者の目、マニュアル、ラッピングなど外側にばかり意識を向けてしまいがちだ。
それらがムダだとは言い切れない。
とても役に立つ場面が、日々の中でたくさんあるのも事実だ。
ただ、それだけを追い求め続けることで、幸福を実感できるだろうか。
全てが溢れている、飽和状態の現代で、
「生きている」ことを実感できるだろうか。
目には見えないものにも意識を向けることが、
「自分にとっての幸福」
「自分として生きる実感」につながり、
「豊かで充ち足りる」ことへ導かれるのではないか、
変容の年 2026年に、そんなふうに思った。
ー目には見えない内側が目覚め、
輝く季節を迎える、2026年にー
ーおわりー
~最後まで読んでくださった方へ~
心よりありがとうございました😊
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