お山参詣✧♡⑤高照神社
高山稲荷のエピソードをもう一つ思い出した。
母の家を片付けていた時に、十和田の工業高校に勤務していた。そこで私は図書委員会担当で、何週間かに一度、昼休みに図書委員と受付をしていた。
私が当番の時にいつもやってくる調子のいい少年。
授業で教えている関係でもなく、いつも彼とただ、おしゃべりをする。彼は本は読んだことが無いといい、色んな話をしてくるので、私はとにかく、読書の素晴らしさと効用について力説していた。
私は初め、彼のことを、本も読まず適当な仕事をする少年?と思っていたが、どうでもいい話をし尽くした二人は、次第に不思議な話をするようになる。
ある暑い日、自分の数少ない霊体験の話をした。
去年、よく読まれた記事のベスト3に入った話である。
モヒよろ光ったら 👇
簡単に言うとお盆前に恐山を訪れ、調子に乗って、温泉に入り、ごっそり霊を自分の家に連れ帰って大変な体験をした話である。
その話をしたら、彼は、
「先生、そんなところに行ったら、絶対、水辺には近寄っちゃいけないんだよ!俺も父さんと神社に行くことはあるけれど、そんな時は絶対水辺には近寄らない。帰りには、温泉にさえ行かないよ」
と、言う。
え、そういうものなんだ。そしてそれは君の家の教えなの?
また、十和田湖のほとりにある十和田神社は、厳かで、霊感の無い自分でもちょっとゾッとするという話をしたら、彼は、
「俺は、鳥居の前に、なんかいるのが見えて十和田神社には入れなかった」
と言う。
ええ?君って見える人だったの?
「ちょっとだけね。最近、高山稲荷にも呼ばれているんだ。
ばあちゃんと子供の頃に行った神社だけどさ」
えええ?高山稲荷!?
しかも神社に呼ばれるってことがあるの?
それってどういう風に呼ばれるの?
まさか、津軽地方の反対側で、私がその時は一度も訪れたことのない高山稲荷の話が少年から出てくるとは思わなかった。
興味津々だが、5校時の予鈴が鳴った。今日はここまで。
次の日、彼に会うとまた不思議なことを言う。
「俺さ、先生とこういう話するのもう止めるよ。
誰かとこういう話をすると、鳥の死骸を立て続けに見たり、そういう話を人とするなって言う合図が入るんだ」
「ええ?ごめんね、凄く面白かったけどさ、何かが君にヤメロっていうなら、そういう話は振らないようにするね」
もっともっと彼から不思議な話を聞きたかったけど、目に見えない世界のものが、やめろと言っているなら、従うしかない。
不思議な少年だった。
彼は自分が卒業する時に、手紙を添えて、青や紫の綺麗なフラワーアレンジメントをくれた。お母さんが花屋さんに勤めているそうだ。
授業も無く、進路指導もしていない彼からのプレゼントに、大いに驚いた。先生、びっくりしたべ、とにやにや。
勉強が出来ないから八戸市から十和田市の学校まで来たけどという風を装っていたが、やる気の無いふざけた少年ではなく、とても粋なはからいをする面白い少年であったのだ( ゚Д゚)
昼休みに図書室で、目に見えない世界について語り合った秘密の関係のふたり。
教師には、時々そんな宝物のような思いがけない出会いがある。
しかし、高山稲荷はなぜ、彼を呼んでいたのだろう?
聞けなかった今では謎は深まるばかりだ。
人生60年も生きて居ると思い出ばかりで、なかなか旅行記に辿り着かないのが書いていて面白いなあ(←開き直り)
(´∀`*)ウフフ
次に向かったのは、岩木山神社に近い高照神社。
この神社にも、一つの重要な思い出がある。
近所に、素敵な居酒屋があった。マスターは、50代で、自分の理想の居酒屋を自宅に作った。大好きな居酒屋である八戸のばんやをお手本に。

我々夫婦は働き盛りの40~50代に「N川の近く」という名のその店に、よく行った。
なにしろ、家から歩いて5分のところにある。初めは月イチだったのが、週イチ、と次第に回数が増えた。
料理上手な美人女将と、旨い酒を集めることに目が無い店主。落ち着いて静かな大人の居酒屋。Eijyoさん、行かない手はないですよねw
授業料を払って日本各地の美味しいお酒を勉強した。十四代、飛露喜、東一、美丈夫、獺祭、くどき上手、吟、醸し人九平次、神亀、義侠、田酒etc、名だたる名酒が揃っていたのだ。
同じく常連のT教授は、マスターの高校の同級生。東北大学の建築学科を出て、図面を描くのが仕事。
下北のレンガ造りの水源地公園のダムや、三内丸山遺跡等、T教授が関わって守った青森県の文化財は多い。
そのT教授の不思議な体験談。高照神社にて。
仕事をしていると、1人、若い女の人が表れて、
「殿様がまんじゅうを食べたがっておられます」
と言って立ち去った。
T先生は、いつも黙ってお酒を飲んでいる方で、いろいろなことを知っているが、「わかりません!」が口癖で余計なことはあまり言わない。
我々も、そんな先生に根掘り葉掘り聞くことはせず、その女性がどんな風体だったのかとか、どんな雰囲気の人だったのかとかあまり尋ねなかった。
その建物は、受付があって、必ず人のいる受付を通るようになって、先生が作業していた奥の建物へと進む。作業が終わって、奥から出てきたT先生は、さっき、こういう若い女の人が来たけどね?と話すと、受付の人たちは、いいえ、誰も来ていませんと顔を見合わせたという。
じゃ?あの女の人は一体誰?
しかも、殿様が饅頭食べたいって?
わざわざそのために、出現した?
この不思議な話に、居酒屋では大いに盛り上がった。
そして、殿様が食べたい饅頭は、きっと弘前の大阪屋の薯蕷饅頭だろうという話題になった。マスターが元の仕事は経営コンサルタントで、大阪屋にスーパーへの出店をお願いした時に「世が世であれば、我々のお菓子は、殿様しか口にできなかった」と言って断られた話を面白おかしく話していたのだ。確かに、昔から、津軽の商売は殿様商売と言われたし、津軽の殿様御用達の和菓子屋と言えば大阪屋に違いない。
もっと長いバージョンはこちら。
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高照神社には、私は5度目か。この旅の中で、珍しくよく来ている方だ。T教授夫妻と、大阪屋の饅頭を供えに来たし、その後も、母と饅頭を供えに来た。
殿、饅頭は何度食べてもいいですよね💛

高山稲荷と違い、訪れる人も少なく、きらびやかな観光地ではない。
しかし、独特の建築の、重厚な雰囲気が漂う神社である。

奥に奥に、分け入っていく。
背の高い樹木が鬱蒼として、夏でもひんやりとした空気。
ちょっとここは怖いぐらいだ。

一番奥はビニールシートが見える。津軽の大雪で、建物の一部が倒壊したとニュースで観た。

独特の建築に思う。
高照神社は、やはりT教授の思い出と共にある。
いつか、殿様にお饅頭を届けなければなりませんね、と居酒屋で事あるごとに話し、ついに実現した数年後、あっけなく旅立ってしまわれた。
殿様にお饅頭をあげたから、気に入られて鬼籍に入ったのでは?なんて考えてしまう。
しかし、そうなら、お殿様饅頭食べたいプロジェクトを積極的に立ち上げた私も気に入られていたはずだ。
精力的に図面を書いていたT教授は、今世で、すべき仕事をしてしまい、私はまだまだこの世の中に使命が残っているのだろう。

殿様も饅頭がお好きだったようだが、T教授も、甘いあんこの御菓子が大好きで、黒帯と2人、10円饅頭を100個積み上げてプレゼントしたことがある。
独り者のT教授は、毎日のように居酒屋に来ていたが、必ず頼むのが、大好物のさんま刺し。これも黒帯と2人でさんまを1年で137本食べた記念の旗をイラストで描いてプレゼントした。
T教授やマスターは我々の20歳年上で、色々な話は、八戸の歴史に満ちて面白かった。T教授は長男で、未成年の時からお膳に1本お銚子がついていて、それが酒呑みになった原因とかw。
奥さまを早くに亡くされて、独りだったT教授が、この居酒屋で着物の似合う女性と出会い、皆から新婚さんとからかわれていた。居酒屋友の会で、トルコやエジプトなど海外に旅したこともある。マスターは、
「黒帯さんが退職するまでは頑張るよ」と言っていた店を言葉通り、2020年に閉めた。好きだった店が無くなるのは、一種の世界の終わりであった。
突然、蘇ってきた記憶に、今は全くそれを忘れて新しい世界に生きている自分に驚く。
今はnote界✨
次第に、岩木山に近づいていく一行の一日はまだまだ終わらない。
大きいねぶたは後からが、津軽人のお約束なのよ✧♡
(こころの声:時空を超えて、脱線しすぎだろw)
