赤毛のアン『で』語り合おう②✧♡
赤毛のアンシリーズを次々と三冊読んだ。
④アンの幸福
⑤アンの夢の家
⑥アンの愛の家庭
④「アンの幸福」

ギルバートと愛を誓い合ったアンは大学を卒業したが、ギルバートが医者になるための大学に通学中なので、結婚まで学校の先生として働く話。
勤めた途端、アンが学校長というのは、驚くが、大学に行く女性や教師として勤める人々が少ない時代の話なのだろう。学校も学年がまたがり、1~2クラスしかなくて、校長と副校長がいるぐらいの、今でいう学年主任と学級担任がいるぐらい?と想像しながら本を読んだ。
モンゴメリーのアンのシリーズの語り口が好きだから、ただ面白かったが、登場人物のレベッカ・デューがとても気に入った。
アンの下宿の使用人の女性。現実主義者だけど、アンには一目置いている愛すべきキャラクター。やっかいな性格のようにも思えるが、女主人もすべて、レベッカ・デューの性格を知り過ぎていて、自分たちの思う方向に彼女を操ってしまう軽快さが心に残る。愛すべきレベッカ・デュー💛
アンは、この巻で、町の有力者一族に嫌われて大変な思いをしたり、いろいろな家族の問題に首をつっこんで、解決したり、教師以外のこともいろいろやっているが、アンと言う他者がいることにより、各家族の閉塞した関係が崩されて、それぞれ幸せな方向に行くことが、読んでいてとても楽しい。
アンの凄いところは、どんなに嫌な態度をされても、その人は実は寂しいのではないかしら?と見抜いて、手を差し伸べてしまう所だ。
私なら、嫌な人には関わらないでおこうと素通りする。
この人間性の違い!なんかもう、次元が違って、尊い。
また、現実は、そんな風にうまくいくとは限らないが、家族が、家族の問題について家族だけで話し合うのは、意外にきつい事ではないかと思う。
そこに、カウンセラーとか、教師とか、公平に判断をくだせる第三者がいる方が、スムーズに話ができる場合があるのではないかと思った。
家族だけに、怒りっぽい父に、母がいつも委縮して言いたいことも言えないとか、個性の芽を摘まれている子供がいたり、家族ならではの不均衡がある場合もあると思いだしたのだ。
しかもそんな話を高校教師時代、PTAの講話で聴いた。
単身赴任の下北時代。私は恐山近くの高校教師。
講師は、恐山の総代「南直哉」さん。住職でありながら作家でもある。

つまりかっこいい💖
講演会の前に著書を読み、ファンになっていたので、校長室に紛れ込み(←なんというずうずうしさw)校長、教頭と共にお話を聞き、著書にサインを頂いた。
講演では、彼の知人の住職が経験したある家族の話をしてくださって、家族ほど、間に人を立てて、話をして下さいと仰っていたのが印象的だった。
私の怪しい記憶で書く。
ある家族が、自分の家の子供を預かってほしいとある住職にお願いに来た。うちの子供が全く言うことを聞かず、とんでもない不良だから、まともにしてほしいという依頼だった。住職は、別にうちにいてもそれは治るかわかりませんよと断りをいれ、その子供をしばらく預かることにした。
その女の子は、そのお寺では、淡々と写経したり、お手伝いをして、規則正しく、素直に過ごしていた。
しばらく時が立ち、彼女をそこに預けた母親が様子を見にやってきたのだが、子供は住職の奥さんの服のすそをいつも引っ張って歩いていて、自分の母親にはガンとして会おうとしない。
彼女は住職たちと暮らして初めて、人間らしい、自分の生理の後始末まで教えてもらうような生活をしたのだと言う。お金だけを置いていつも家にいない、親とは違っていたのだ。
彼女の家の両親は、とても金持ちだったが、彼女に、親として、そんなことも教えていなかったのである。だから、子供である彼女は、何も教えてくれなかった自分の両親に、自分はスポイルされて育ったと、とてつもない怒りを感じていたのだ。
この話を例にとり、南直哉氏は、血のつながった親子ほど、間に他人を入れて話をしてくださいという話をしていた。それほど、家族の問題は難しく、家族だけで解決するのは難しいことがある。
この話を幸運にも聴けたお母さんたちが助かればいいなと思った。
家族にしか、その家族の問題はわからないのではなく、家族だから、盲点になって、わからないのかもしれない。私は、その話を聴いて、本当にそうかもしれないと感じたのだ。
アンが、自分が教師をして暮らす街のいろいろな家族の問題を解決して幸せや喜びを届けるのを見て、この生き方は、実際には難しいだろうが、小林正観さんの「喜ばれる」っていう話みたいだと、アンを尊敬したのである。
⑤アンの夢の家

2人の生活が始まる、2人の新居、夢の家が舞台。
幸せに満ちた2人の新婚生活が楽しいし、魅力的な登場人物が次々出てきて、とても面白い巻だった。
それにしてもアンは、下宿する家や、自分が住む建物に愛されるような直観を感じるところが面白い。
職業人から一転して、普通の主婦として自分とギルバートの愛の巣を守るアンの姿だが、マリラ・カスバートに育てられただけに、その主婦業は完璧である。美人で想像力が豊かで魅力的、さらに、主婦としても立派って、アン、どんだけ~?と羨ましさを禁じ得ない。しかも結婚相手はあの素敵なギルバートだ( ゚Д゚)(←そこじゃないだろ)
不幸な人生を送る美女や、魅力的な船長などいろいろドラマチックな素敵なキャラクターが出てくる巻である。
しかし、私の一番のお気に入りは、ミス・コーネリア💖
あまりにも面白過ぎて、この巻だけ付箋を山ほど貼ってしまった。
ミス・コーネリアの口ぐせ。
男のやりそうなことじゃありませんか! 男のやりそうなしょうもないことが、彼女の口から次々と出てくる。結婚後、妻を顧みないとか、怠け者、居間で首つり自殺、会議を重ねて何も変わらない等、面白おかしく語られる。
これが、こんなに面白くて仕方がないのは、もともと、女が男をディスりたい気持ちを持っているせいか?
いや、ちがう( ´艸`)(← 一応、否定しますw)
モンゴメリー時代の女性は、共働きではなく、きっとどんな男と結婚して一生を終えるかは、「女の幸福は男次第」と言う時代だったのではないだろうか。当時の女性のたちの代弁者として、ミス・コーネリアは存在するのである。そんな彼女が、「男のやりそうなことじゃありませんか!」とアンに語る時、当時の女性の気持ちに共感して、現代の女の私の溜飲も下がって笑えてくるのだ( ´艸`)
読者の皆さんにこの面白さが伝わるか謎だが、せっかく、付箋を貼ったので、スコシ彼女のセリフを引用してみよう。
「どうしてそんなに男の人をきらっておいでなんですか、ミス・ブライアント」
「そんな、きらってなどいませんよ。きらうだけの価値もありません。見下している、ということでしょうか。おたくのご主人は、すきになれると思いますよ。最初のままでいればですが。」
「ところでアン、わたしは女は女同士、たがいに力を合わせて守り合わなくてはならないと思っているんですよ。主もご承知のとおり、女というのは男相手に、たえしのばなければならないんですから。女同士、争うべきではないのです」
「あなたは婦人参政権に、賛成なんでしょうね、ミス・コーネリア?」ギルバートがいった。
「どうしても選挙権がほしいなんて、いってませんよ、ほんとうに。」ミス・コーネリアがばかにしたようにいった。「男のあとしまつをするのがどんなにたいへんか、わたしにはわかっています。それでもそのうち、男たちは世の中をめちゃくちゃにして、にっちもさっちもいかなくなったら、よろこんでわたしら女に選挙権をくれて、自分たちのひき起こしたやっかいごとを肩がわりさせるでしょう。それが男たちの腹のうちです。女が辛抱づよくてよかったですよ、ほんとうに!」
アンはにっこりした。ミス・コーネリアがフォア・ウィンズの男たちについて話すときは、話半分にきいておかなくてはならないのがわかっていたのだ。そうでないと、男はだれも、最低のならず者やごくつぶしばかりで、女房たちは、掛け値なしの奴隷か殉教者のようなめにあっているのだと、思い込んでしまいかねないからだ。
モンゴメリーって、ユーモア作家( ´艸`)。
こんなに男たちをディスっているのに、ミス・コーネリアの話をギルバートやジム船長は笑いをこらえていつも聴いている。
順序が逆になったが、アンとミス・コーネリアの初対面から、その可笑しさは始まっている。
「お茶の用意をなさるのなら、そのあいだの話し相手を、若先生にたのんでくださってはいかがでしょうかね。わたしがうかがってからずっと、わたしの話をきいて、笑いをかみ殺しながら、診療室のソファーでころげまわっておいでだから。」
「どうしておわかりになったんですか?」
アンは、ミス・コーネリアが超人的な目で見すかしたのにびっくりして、礼儀上そんなことはないというのも忘れて、さけんでしまった。
「庭に入ってきたとき、若先生があなたのおとなりにすわっているのが見えましたし、男の人のやりそうなことはわかってますからね。」ミス・コーネリアがいいかえした。
初対面から、ミス・コーネリアのことを、アンと一緒に大好きになった。
アーチストチャイルドクラブのメンバーで、この物語の登場人物を演じ分けるとしたら(←どんな妄想だw)ミモザさんはミス・ラベンダーみたいな感じがしたり、M夫人は、リンド夫人かしら?と本人が言っていたが、私は、是非、ミス・コーネリアがいい!噂話をして、あきれたように、
男のやりそうなことじゃありませんか!と、言ってみたい!神様も演劇だったら大目にみてくれるだろう。
ミス・コーネリアの面白い台詞に28枚も付箋を貼っていた。付箋を外しながら一つ一つ、1人で味わった。
この第5巻目は、特に、お気に入りだ。
⑥アンの愛の家庭

この巻では、アンの子供たちに次々にスポットライトがあたる。
それぞれの子供たちの事件、悩み、アンはちゃんと子供たちを観察していて、1人1人に対応していく。ふと、アンの教育者人生は、そのためにあったのでは?なんて思えるほどだ。
姉に子供が出来た時に、我が母親が大活躍していたことを思い出した。その全精力を注ぎ、キメ細やかに対応する姿を見て、母の教育人生は、孫育てのためにあったのでは、と微笑ましく思ったのである。
それにしても親の心配は尽きないものだ。ある意味、子供が自立して家庭を持っても、一生、自分の子供は気になるだろうな、と子供はいないが、成人しても、母に心配をかけたことを思い出した。
この本ではわずか三カ所にしか付箋を貼っていない。
一つ目の付箋。久しぶりにアボンリーに戻って、幼馴染のダイアナと会うアン。アンはダイアナに昔のアンのように想像力豊かに話しかける。
「子どもがいるから責任があるんだなんて気持ちはすてて、ばかばかしいことをいっぱいやりましょう。リンドのおばさんは心の底ではひそかに、わたしのことをいまでもまだ、そういう少女だと思っているのよ。いつもいつも分別くさいなんて、ちっともおもしろくないじゃないの、ダイアナ。」
「なんてアンらしいことをいうんでしょう!私もそうしたいわ。でも……。」
「`でも‘はなしよ。わかっているのよ、『だれが夕飯のしたくをするの?』なんて考えているんでしょ。」
わかるぅ~、この台詞!大概の家では女の人が、食事の支度担当だ。
2人とも、小さな子供たちのお母さんなのだもの!
この物語は、赤毛のアンを好きだった女の子達とも一緒に、アンがどんどん大人になってともに、過ごしてくれるのが魅力かもしれない。
そう、大人の大変さも、赤毛のアンらしく、楽しく、快活に乗り越える。6巻まで読んできて、赤毛のアンが女の人たちに絶対の支持を受けているのがわかるような気がする、とにわかファンは思う。
ダイアナはこれから結婚式に出席するドレスを着てつかの間、アンに再会しているシーン。明日の午後は互いの家族からお暇をもらって、2人で夕方まで、昔よくいった場所をたずねてまわる約束をしているのだ。
「そのドレス、とてもすてきよ。」
「フレッドが、結婚式のために、どうしても新調しろといってきかなかったの。納屋を新しく建てたばかりだから、わたしはそんな余裕はないと思ったんだけれど、フレッドが、ほかの人たちがせいいっぱい着飾っていくというのに、自分の妻を、招かれても出席できないようなかっこうでやるわけにはいかないっていうの。男のいいそうなことじゃない?」
あれ?ダイアナ、その台詞は( ゚Д゚)!
「まあ、ダイアナのその言い方、グレンのミセス・エリオット(元ミス・コーネリア)そっくり。」
アンがきびしいことをいった。「気をつけたほうがいいわ。男が一人もいないような世界に住みたいとでもいうつもり?」「そんなの、ひどいでしょうね。」ダイアナもみとめた。
うわっはっはっは( ´艸`)
そうだ!私もイケメンのいない世界に住みたくはない自称少女漫画家だ。
男のやりそうなことじゃありませんか! って言うのは、ミス・コーネリアを演じる時だけ!
アン、あなたは正しい💖
アンが大家族で住む家に炉辺荘(イングルサイド)と名前を付けるのが素敵だ。いかにも暖炉の火が赤々と燃えている暖かそうな名前。
そういえばアンがいつも建物にまで愛されるのは、住む場所にいつも素敵な名前をつけて愛おしんでいるからではないだろうか。
自分の家にもなにか名前があってもいいと金毛のあ(やの)んは思った。よし、私も何か名前を付けてみよう( ´艸`)
美人のヤマボウシ荘。美人はヤマボウシのこと。
ここ1週間、ヤマボウシの落ち葉ばかり履いていた。美人の落ち葉のグラデーションがまた美しい。

退職して気が付いたことは、我が家にヤマボウシと沙羅双樹があるが、いかにも落ち葉がご近所の駐車場に、吹き飛んでいることだ。
働いている時はちっとも気が付かなった、今まで、ごめんなさいねとあんはぺろりと舌を出して謝った。
今年は、1日、2回、落ち葉を集めて掃いていたのと、お願いだから、近所に飛んで行かずに、うちのデッキに大人しく葉を落としてちょうだい、私が全部、拾ってあげるからねと木に話しかけた。
美人は、お行儀よく、言うことを聞いてくれている。

美人の落ち葉も美人なのよ。
こんな色のセーターやオーバーが欲しいくらいの素敵なグラデ。
神様はどんな天才のデザイナーかしら?
寒そうな大地に暖色の衣をたくさんかぶせて暖かそうにするのも、とっても気が利いてる。
暖色のシャワーを浴びながら道を歩く人間だって、体感が暖かく感じるものね。
神さまのやりそうなことじゃありませんか💖これは口ぐせにしてもいいわね、と金毛のあんは思った。

美人のヤマボウシ荘に住む金毛のあんは、今日も葉っぱを掃いている。
さあ、もうすぐ、アンの全集を読破しよう✧♡
