見出し画像

赤毛のアン『で』語り合おう③✧♡

⑦虹の谷のアン


 私の大のお気に入りのミス・コーネリアが出てくるのが嬉しい。
 すでに、結婚してして、ミス・コーネリアではないのだが、その名前で呼ぶ人の方が多い、という物語の設定w。
 わかるわかる~💛

 永遠にミス・コーネリアにの呼び名でいて!

 アンの子供たちのお気に入りの場所。
 虹の谷という名前をつけた遊び場。
 そこに新しく牧師館に赴任してきた牧師の子供たちが遊び場にやって来て、アンの子供たちと交流を持つ。

 モンゴメリーは、なんでこういう面白いストーリーを思いつくのかしら?

 アンの子供たちだけを描くのではなく、牧師の子供たちが主人公、と言った体だ。そこから描かれるアンの子供たちの恵まれた生活や性格の素敵さもあるし、牧師館の子供たちのお手伝いさんにめぐまれず、世話してくれるお母さんも早死にしていて、牧師は、本の想像の中にいつも住んでいるといった状態なのに、それぞれ活発で思いやりに溢れ、いい子供たちだ。

「あそこのお母さん、いい感じですきよ」
 ウナがそういって、小さなため息をついた。(中略)
「あのお母さんは、ほかの人とはちがっているんだってさ。」ジュリーがいった。
「いつまでたっても大きくならないからだって、エリオットのおばさん(ミス・コーネリア)がいってたわ。」フェイスがいった。
「エリオットのおばさんより、大きいじゃないか。」
「そう、そうよ。でも、心の中のことなのーエリオットのおばさんにいわせると、ブライスのおくさんは、心の中ではいつまでたっても、小さな少女のまんまなんですって。」

牧師館の子供たちがアンのことを噂する

 アンは健在だ( ´艸`)
 みな、アンのそういうところが大好きなのだ。

 いろんな登場人物が色を添え、花を添えていく。
 この小説を読んでいると、料理が出来て、掃除ができることって、とっても素敵なことのように思える( ´艸`)

 牧師館の子供たちは、いつも繕いが不完全で、古ぼけた服を着ていて、不味い料理を食べさせられている。

 アンの子供たちは、素敵なお母さんに見守られ、スーザンの作る美味しい料理を食べて、きちんとしている、なんと恵まれた子供たちだろうか。

 もっと、牧師館の子供たちよりも恵まれないメアリーというみなしごも出てくるけど、彼女の生活能力は高い。引き取られたところから逃げ出した彼女は牧師館の子供たちに見つけられ助けられ、いつの間にか、牧師館の子供たちの服を繕い、掃除を完ぺきにこなす。

 いいなあ、芸が身を助ける!
 
 いろいろな出来事が交錯して起きながら、みなが少しずつ成長していく。アンの息子のウォルターは、アンと同じ夢見がちな少年だが、好きな女の子の名誉を守るためにケンカをする、という体験もする。

 お母さんのアンに自分の喧嘩の顛末を話して手当てしてもらったウォルターが言う。

「どこのお母さんもみんな、お母さんみたいにすてきなの?」ウォルターはお母さんに抱きついてきいた。「ぼく、お母さんのためなら、よろこんで戦うよ。」
 ミス・コーネリアと(←モンゴメリー自身が、もう、ミス・コーネリアと書いているではないか( ´艸`))スーザンが居間で待っていた。アンが階下に降りて行ってウォルターの話をすると、2人はよろこんだ。とくにスーザンは大よろこびだった。
「ウォルターがりっぱに戦ってくれて、ほんとうにうれしいですよ。先生おくさん、このことがあのつまらない詩心を、たたきだしてくれたかもしれませんね。(後略)」

うまらない詩心?スーザン、言い過ぎじゃ( ´艸`)

 繊細で夢見がちなウォルターが喧嘩で大活躍したのもギャップ萌えだけれど、ウォルターの可愛い台詞、そして、お手伝いのスーザンおばさんの台詞が笑っちゃう。

 アン一族の夢見がちな想像力は「つまらない詩心をたたきだしてくれたかもしれませんね」なんて言われたりするんだ( ´艸`)

 1冊1冊が面白いのに、ついつい、感想書く前に読み進めてしまって、なんとなく初めの方が記憶の彼方にある。
 それを反省して1冊読んだら、感想をメモすることにした。
 
 記事を読んでくれる方もきっとその方が楽だw

 物語のラストは、子供時代の終わりと、戦争の気配で、終わっているのが印象的だった。
 ああ、NHKの連ドラが昔が舞台の時は、必ず、ヒロインたちを戦争が襲うのが、当たり前で、いやなことだなあと毎回、思っているけれど、ついに、赤毛のアンの世界にも戦争がやって来るんだ(´;ω;`)ウゥゥ。

 

 戦争、反対!
 WAR IS OVER!


ジョン・レノンがそう歌った1969年の写真。人類はどこまで、愚か?

 このクリスマスソングの意味を全く知らずに聴いていた。

 どんだけ愚か?

 私✧♡