昨日よりも今日の自分が良くなるように
特に望んで今になったわけじゃない。キャリアを積みたいがために1人でいるわけでもないし、結婚したくないわけでもない。
ただいつも、いかなる時も、どんな時も昨日よりも良い自分でと思って努力をしてきた。勿論、法律、実務もであるし、人間関係についてもである。なぜなら、ここで頑張らないと、昨日まで頑張ってきた私が可哀想じゃんと思ったから。そして行き着いたのが今だから、失ったものがあったとしても今の自分は昔よりもずっと生きやすくて、誇らしい。
⋯⋯⋯⋯
管理職で入った現職。最初に待ち受けていたのは会議から外すことだった。何度も外してくるメンバーや部長に言っても状況は改善しない。私の企画や成果は、私に陰でご意見伺いをしていた同時期入社の体格が良いおじさんの手柄になっていった。
「私の指摘で、私の企画です。」
そう言えばおじさん達が言う。
「あやとの思い込み。」
だと。個別連絡の証拠のメールを送る。返ってきた言葉は、
「次からは何も発言しないで。」
だった。
外されても、私は会議には勝手に参加し、主張をした。会議を聞いて正確な書面を仕上げ、成果を出し続けた。受け入れてくれない相手には、私ができることを証明し続けなければならないのだから。そのうち、営業部や担当弁護士から直接、
「あやとさんで」
とお声がかかるようになっていった。
私がチームに入ることを、今でも部のメンバーは認めない。しかし、入れざるを得なくなっては来ている。担当制も相まって、会議外しへの言い訳はハラスメントに該当し始めたことも一因だろう。
「あやとさんでお願いします。」
積み上げてきた実績は少しずつ選ばれ、認められるようになっていった。
⋯⋯⋯⋯
外されたから辞めるのは簡単だろう。辞めるのはいつでもできる。だから人は簡単に言う。
「辞めたら?」
「別れたら?」
そして妥当と思えるその言葉に洗脳されて行き着く先はどこだろう。下へ下へ転がっていき、地面に頭を打った時、気が付くのかもしれない。やるべきは、逃げるのではなく自分は出来る人間だと証明し続けることだったと。
既存の輪の中に入るのは難しい。しかしそれでも人は1人で生きてはいけないから、どこかに所属し、居場所を作らなければならない。よって、不快なことも嫌な人にも何処かでは手を打たなければならない。それは職場に限らず、家庭もそうかも知れない。
何もしない夫が、イクメンアピールするというのはよく聞く話なのだから。
⋯⋯⋯⋯
辞めるという選択肢を取らない中で、30代で管理職になった私は、人よりも早いから、狙ったと言われはする。しかし、管理職を目標にやってきたからではない。長年学んだ教養を、知らない巨漢のおじさんの手柄にされる、それは頑張って来た私があまりにも可哀想だったから、証明し続け闘ってきた結果に過ぎない。
私の教養を盗って上昇したい悪意を持つ人は上にも下にも居る。個別チャットで「教えてくれ」と回答を求め、教養を抜き取ろうと近づいてくる人は、居なくならない。しかしそれはどこに行ってもあることだろう。だから、私は大勢の前で自分の意見を主張するようにした。私の能力を証明するために。
⋯⋯⋯⋯
多くの友人が次々に家庭に入ることと引き換えに、キャリアを終えた30代の現在地。私も家庭に入りたいと思う日もあるが、それでも頑張ってきた今までを手放すことは出来なかった。
確たる目標はない。組織で偉くなりたいとか、仕切りたいとか。ただ、いつでも、どんな時も昨日よりも良い自分でいたい。例え言葉が通じない相手を前にしても、自分の勝利を遠慮することはしたくない。具体的な目標をもっているわけではないから、譲らないことの結果がどこに行くか分からない。ただ毎日をこれから先も今のように築いていきたい。
困難や理不尽にぶつかった時、昨日よりも良い自分であるかを問い続ける、それが今の私にとって30代のキャリアである。
いいなと思ったら応援しよう!
とても嬉しいので、嬉しいことに使わせて下さい(^^)