灰色の死神 第0話『プロローグ』
生きる意味を失った。
歩き出す希望を失った。
それでも、この抜け殻となった躯を引き摺り動かすのは、生き残ってしまったという責任があるからだ。
そう、ただ俺は、責任のままに戦い続けるだけ。
………この命が燃え尽きて灰になるまで。
埃っぽさと、土煙の混ざった臭いに、微かな硝煙の香りが残るこの酒場は、今は離れたかつての戦場をありありと思い出させる。
あの時、慣れたはずだった恐怖が、一瞬のうちに呼び起こされそうになるが、目を瞑り、深呼吸をして、埃まみれのグラスに入ったウイスキーを飲み干すことで、なんとか抑え込む。
そんな様子を見かねたのか、腕と頭に汚い包帯を巻いた男が、隣の席にドカリと座る。
戦場で見かけたことがある気がするが、名前はよく覚えていない。
恐らく、最近前線へやってきて、すぐに怪我をしてさげられたのだろう。
俺と同じ時期にいたのであれば、名前くらいは覚えているはずだし、一つ俺たちと決定的に違うのは、漂う悲壮感の差だろうか。
そんな奴が口を開けば、大体白けた内容になるのは想像に難くないので、少し嫌な顔をして見せるが、こいつはかなり空気が読めないらしく、場に似つかわしくない、少々朗らかすぎる調子で話しかけてきた。
「なぁ、あんた、あの噂聞いたか?」
「……噂?なんのことだ。」
「あんた耳が遅いねぇ。最近よく聞く、灰色の死神についてだよ。」
「あぁ、あれか。……知ってるさ、嫌というほどな。」
「おいおい、まさか、あれと遭遇したのか!?」
「いや、遭遇はしていない。遠目で見てただけだ。……バケモンだったよ。うちの精鋭たちが、たった一機に壊滅させられる様を見るのは、…はっきり言って悪夢のようだった。」
「悪夢ねぇ、そんなに凄かったのか?灰色の死神は。」
「あぁ、凄いなんてもんじゃない。うちのフレームアーマメント部隊5機が、なす術もなくやられたんだ。どんな最新技術を使ったのか、はたまた手品みたいな罠だったのか、全く想像ができなかった。…データを撮る前にやられる、そんな状況が他でも続いていたらしい。…最新のAIが積まれた、自立型兵器だって話もあるが、AI如きに遅れをとる部隊じゃなかったはずだしな。……まぁどちらにしろ、もう俺には関係ないことだ。」
そう、兵役期間も終わり、帰郷する俺には関係ないこと。
グラスを持った手が震えるのを、もう一つの手で必死に抑えながら、言い聞かすように、俺には関係ないと繰り返す。
そんな俺の様子を見て、隣の男は少し憐れみの目を向けるが、そんな雰囲気を感じたのは一瞬で、まるで獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
「そうか、そんなに強いのか、灰色の死神は。………楽しみだなぁ。すぐに会えるといいんだが。」
「はぁ?何言ってんだお前、俺の話聴いてなかったのか?」
「いやいや、聴いてたさ。聴いた上で期待以上の匂いがしたから楽しみだって言ったんだよ。…あんたはもう会いたくないのか?灰色の死神に。」
「会いたくないに決まってるだろ!頭おかしいんじゃないのか?!お前!」
そんな激昂する俺の様子を見て、この狂人は腕と頭に巻いた包帯を、くるくると巻き剥がしながら、ニヤリと笑う。
包帯の下には怪我などは一切なく、きれいな肌が露わになる。
「あぁ、それは昔から言われるんだ。ま、いい情報ありがとうな。帰ったら残りの人生楽しめよ?俺はあっちを楽しんでくる。」
男は、今だに仲間たちが奮闘しているであろう前線の方を指差し、飄々と席を立つと、ひらひらと手を後手に振りながら去っていく。
男の首には、無骨なデバイスがあり、あれは新型フレームアーマメント乗りの証だ。
俺に話しかけてきた男は、恐れ多くも、現代の戦場の花形となるエリートだったらしい。
あんな男が味方にいるのならば、少しは安心してもいいのだろうか。
空になったグラスを見つめ、手で弄びながら、そんなことを思うのであった。
