湯けむりの中で気づいた。友達は一生モノ。健康も一生モノ。
「20歳過ぎてからの時間、めっちゃ早くない?」
「気づいたらもう28とかさ。怖ぇわ。」
夜の温泉で、中学からの幼馴染と肩まで浸かりながら話した時のこと。
俺らは同じサッカー部で、放課後はボール蹴って、バカやって、走って、まだまだ体力なんて無限だと思ってた。
…それが今はどうだ?
ちょっと走っただけで膝がガクッときたり
徹夜したら2日くらい引きずったり
視力落ちすぎてスマホが敵に見え始めたり
肩と腰は謎のストライキ起こすし
それを笑いながらも、内心「老化か…?」と震えてる。
■ 健康は「急に失われるもの」という現実
幼馴染は今、歯学部の学生。
歯科の研修で実習をやっているらしい。
そこで彼が1番感じていること。
「失ってから気づく人が多すぎる」
歯なんて痛くなったら歯医者行けばいい、と思ってたけど
虫歯を削れば削るほど、もう元には戻らない。
最終的に歯を失って、入れ歯になったり
インプラントで何十万もかかったり
見た目、食事、発音まで影響する。
歯はマジで「資産」。
それを聞いて、風呂の湯気の中で
グッと口を閉じてしまった。
■ 視力も同じ。スマホに人生削られてる
気づけば1.5だった視力が
0.3とかになってて笑えない。
スマホ、PC、ブルーライト
寝る前の動画、SNS
コンタクトつけっぱなし
全部未来の視界を奪う行為。
視力も一度落ちたら戻りにくい。
目が見えなきゃサッカーも映画もゲームもできない。
それなのに適当に扱ってきた自覚がある。
だから彼は言った。
「視力と歯はな、人生のクオリティを決める。」
…重いけど、正しい。
■ 湯上がりのあいつの言葉が忘れられない
風呂を出て、牛乳を飲みながら幼馴染が言った。
「俺さ、金がなくても絶対に友達から金借りねぇ。
でも…温泉と飯だけは奢ってくれや」
謎理論すぎて笑ったけど
その裏に、多分不安がある。
研修が始まって
あと1〜2年で社会に飛び込んで
責任とか人生とか一気に押し寄せてきて。
ビビってるんだろうなと感じた。
でもな、こうやって風呂入って
くだらないことで爆笑できて
未来の話して不安も語れる関係って
とんでもない財産だと思った。
■ 予防は「未来の自分」への応援
予防って地味で面倒。
派手な成果もすぐ出ない。
でも気づいた。
予防は、未来の自分に渡すプレゼントなんだ。
・歯磨きの質を上げる
・フロスを習慣にする
・定期検診に行く
・画面を見る時間を区切る
・睡眠を削らない
・ストレッチする
・湯船に浸かる
こういう積み重ねが
30代、40代、その先の自分を救ってくれる。
そしてまた
こんなふうに友達と笑って温泉に入れる。
■ 俺らはまだまだ走れる。
中学サッカー部の俺らは
「体力と健康は当たり前」だった。
でも今は違う。
当たり前じゃない。
無限じゃない。
だからこそ守る価値がある。
友達は一生モノ。健康もまた一生モノ。
未来の俺らが
「ちゃんと予防してて良かった」
って言えるように。
今日も歯磨きして、目と体をいたわって
よく寝て、また笑おうぜ。
