【掌編小説】蝉生る
(以前noteにて発表した俳句をもとに、小説にしたものです)
子供の頃のアルバムを見ていて、そのうちの一枚に目が止まった。
小学校の校門前。当時の担任の先生を中央に、私が左に立っている。右には、野球帽をかぶった少年がひとり。
阪神タイガースの白い帽子。はにかんだ表情。背は私と同じくらいだ。
これは、誰だろう? ほかの写真を探してみると、懐かしい顔がつぎつぎと現れた。だが、その少年は見つからない。
スマホで撮影して当時の友人にSNS経由で送ってみた。この少年、誰だか思い出せないのだが、と。
すると、すぐに電話がかかってきた。前置きもなしに、どういうつもりだと難詰してくる。
経緯を説明し、なんとか納得させると、
「――こんな偶然て、あるんだな」溜息をつく気配があった。
聞けば、写真の彼が急死したと連絡を受けた直後に、私から画像を受けとったのだという。
写真は、たまたまいっしょに写ったにすぎなかったようだ。
彼と私には結局、ほぼ接点がなかった。いちども同じクラスになったことがないし、だいいち、私は中学にあがるとき別な街に引っ越している。
彼の葬儀の日、その夏初めて蝉が鳴いたという。私はその日から、本格的にアルバムの整理をし始めた。
蝉生る日はアルバムの整理せよ
今日の一句
河童忌も九十九度あくび出づ
季語:河童忌(晩夏)
芥川の命日。雅号は「我鬼」ですが、最近ネットでは餓鬼とするまちがいをよく見かけます。
時代の流れでしょうか。芥川の句集にのっているのは77句と言いますから、生涯残す句の数は100くらいがいいのかななんて最近、考えますね。
多作多捨、達人は100作りひとつ残すのがふつう、なんて聞きます。
ではでは今日もお元気で。
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